「たくさん泣いて、それ以上に笑うの」難病ALSの夫と見つけた家族のかたち

「僕はもう話せないかもしれない。だから毎日、ビデオダイアリーをつける。まだ見ぬ君へ。僕からの贈り物だ」
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「僕はもう話せないかも。だから毎日、ビデオダイアリーをつける。まだ見ぬ君へ。僕からの贈り物だ」

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(c)2016 Dear Rivers, LLC

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(c)2016 Dear Rivers, LLC

全身の筋力が弱まっていく難病「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」を宣告された元NFLのスター選手、スティーヴ・グリーソンさんと家族のありのままの日々を描いたドキュメンタリー映画「ギフト 僕がきみに残せるもの」が8月19日、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷他にて公開された。

本作は、ALS患者の音声合成機器が保険適用となった"スティーヴ・グリーソン法"の設立に尽力した栄光の物語だけでなく、グリーソンさんを支える家族の現実も隠すことなく描き出す。

夫のALS宣告、そしてお腹に宿った新しい命。妻のミシェル・ヴァリスコさんは、どんな思いで夫や息子と向き合ったのか。難病の家族とともに暮らすとはどういうことか。来日したミシェルさんに聞いた。

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(c)Kaori Sasagawa

——グリーソンさんの物語ですが、家族や家族を支える社会も描かれています。私は妻のミシェルさんがキーパーソンだったと思います。夫の病気と妊娠は、ほぼ同時にわかったことだったのでしょうか。

そうです。私たちは長い間、妊娠したいと思って不妊治療を受けていました。1月に、彼がALSと診断されて、2月に妊娠がわかったので、まあ1カ月くらいの間に起こったことです。

——その時、どう思いましたか?

当時は、診断されたんですが、まだ夫に肉体的な変化が出ていたわけではなかったのです。家族を持とうと長年努力していたので、本当に「妊娠してますよ」と言われたときは、ALSのことを忘れていて、完全に喜びしかなくて「人生最良の日」でした。

——映画にもあった「看病が大変でも、必ず産むわ」には迷いはなかった?

正直なところ、ALSがどういう病気なのか、その時はまだよくわかっていなかったのです。もしかしたら、どこか自分の中で、最悪のことが起こったって認めてなかった部分があったのかもしれませんが、自分の意識では全く迷いはありませんでした。

——グリーソンさんが子供にビデオダイアリーを撮り始めたきっかけは?

最初は、私の妊娠が発覚する前から、彼が自分で撮っていたんです。多分これから大きなことが起こるんだろうと思ったんだと思います。

妊娠がわかってからは、もう毎日撮りました。これから病気でどのくらい生きられるかわからない。赤ちゃんが生まれたときに抱っこできるのかも全然わからない。だから毎日300秒、つまり5分間、彼か私がカメラを回して、カメラに向かって赤ちゃんに向けて話しかけることを始めました。

——どんなことを将来の子供に向かって語りかけたのでしょうか?

どうやって石を水に投げるか、といったことや、その日感じたこと、あるいは初恋について話していましたが、だんだんセックスやドラッグ、宗教といったことも話すようになりました。

最初は思いつくままに話していたんですが、しばらくして、こんなことを話そうと決めてから話すようにしました。

——ミシェルさんが、体の大きな力持ちの男友達(ブレア・ケイシーさん)を介護仲間に巻き込んだのは、すごく大事なことだったと思います。彼を選んだの理由は?

ブレアは、彼の親と私の親が友達だったこともあり、私がベビーシッターをしたことがありました。映画にはありませんが、彼に(介護を)頼む何年か前、スティーヴが膝の手術をしたときに、ブレアに頼ったことがあって、彼がポジティブで肉体的に強い人だとわかっていました。

スティーヴが倒れたとき、(自分で)引き上げるのにものすごく時間がかかってしまったけれど、ブレアだったらすぐに引き上げられます。スーパー人間なので、完璧だと思ってお願いしました。

——「手伝わないと、蹴るわよ」はすごいです。躊躇とか、彼に迷惑がかかるとかは考えなかったですか?

どんな手伝いでも欲しいという状態だったので。毎日家に他の人が来るのは奇妙なことかもしれませんが、当時の私は本当に精神的にも肉体的にも参っていたので、「なんでもいいから誰でもいいから助けて」という気持ちでした。

——夫の体が動かなかったり症状が悪化するなかで、つらい思いもあったと思います。どうやって自分のことをケアしていましたか。

自分のケアはしませんでした。ブレアと私は、スティーヴの介護をするという重荷を背負った訳で、私にとっては夫と息子のリバースがOKであること、ブレアにとってはスティーヴに気持ちよく過ごしてもらうことが目標でした。

とりあえず、お互いにからかいあってたくさん笑うことで、どうにか乗り越えていました。私たちは、たくさん泣きますが、それ以上に笑っています。

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誰かを助けることに集中して何にも考えない方が楽なこともありますよね。とりあえず目の前のことをこなしていく方が楽だったりもする。スティーヴがハッピーで幸せであることが、最高で最終の目的でした。

その後、それでは続かなくて精神的にも肉体的にも燃え尽きちゃったんですが、長い間、ずっとそれでやっていました。

——ALSについて伺います。最新のテクノロジーを用いることで病気との向き合い方も変わると思います。テクノロジーをうまく用いて病気と共存することについてどう感じていますか?

スティーヴはよく、「治療薬が見つかるまで、テクノロジーが治療薬になる」と言っていました。今現在、治療薬はないので、いろんなテクノロジーを使って、例えば、車椅子や、痰を出す機械や、呼吸器だったり。目を使って文字入力できる機械があるんですが、そういうテクノロジーがあれば、どうにか生活できています。

私たちの「チーム・グリーソン基金」でも、もっと生きたいという人に必要なテクノロジーを提供したり、テクノロジーが入手できる状態にする助けをしたりしたいと思っています。

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(c)2016 Dear Rivers, LLC

——スティーヴさんは、自分の病気に向き合うだけでなく、社会の課題とも向きあいALS患者の音声合成機器が保険適用となる"スティーヴ・グリーソン法"の成立にも尽力されました。夫はどんな存在ですか?

もちろん、私は彼を非常に誇りに思います。でも彼の周りにはチームがいて、実際に動いてくれたのはチームのみんななので、チームのこともすごく誇りに思っています。いろんなサポートを得られて、他の人を助けることができるのを非常に幸運に思っています。

——映画には、スティーヴさんが外で人々に向かってALSのキャンペーンを訴える英雄のようなシーンと、扉の中に入ると便を漏らしてしまう現実の両方が描かれています。

輝かしくない大変な部分の方が映画では大事だと思いました。あの病気と戦っていくうえで、彼が持っているヒーローのような部分は、ほとんどの患者は持っていないわけです。

彼の英雄的な部分は、いろんなソーシャルメディアで取り上げられていますが、この映画の素晴らしいのは、彼の脆い部分を前面に出していることだと思います。

——お子さんは今いくつになりましたか? 生まれたときから父は病気を抱えていますが、どう受け入れていますか?

リバースは今、5歳です。もしかしたら元気だったお父さんの病状が悪くなっていく方が大変なのかもしれませんが、彼にとっては、生まれた時からお父さんはALSで、車椅子に乗っているので、そういうものだと思っていると思います。

幸いなことに、介護スタッフに若くて元気のいい子たちがいるので、遊んだりするのは彼らがやってくれるんです。将来どうなるかはわかりませんが、今のところ普通に育っています。

——お子さんと一緒にビデオを見ることはあるのでしょうか?

今は見せていません。今はスティーヴが自分で話せるので、将来的には見ることになると思いますが、スティーヴが直接話しかけられる間は、見る必要はないと思います。

——ミシェルさんにとって、家族とはどんな存在ですか?

今のところ、私にとって家族というのは拡大家族なんです。核となる家族はスティーヴとリバースですが、いつも誰かがいます。24時間ケアで、夜も介護する人が1〜2人いるので、3人ぼっちということはないんです。

オープン・ドア主義ですので、近所の人たちや子どもたちも来ますし、私の家族やサポートしてくれる人がいつも来ます。いつも誰かが周りにいてサポートしてくれるのはありがたいことです。ときには、ちょっとひとりになりたいときもあるんですけど(笑)。

——ひとりになりたい時はどうしてますか?

絵を描いたりすることもありますし、家にいるとひとりになれないので、外に出ていますね。自分のケアをするために、エクササイズしたり友人と過ごしたりすることもあります。家にいるとできないので、外に出ます。遠く日本に来たりして(笑)。

——映画が日本で公開されることについて、どう思いますか。

とても素晴らしいことだと思います。どの国でも、理解が深まる、みんなが意識してくれる、ということが本当に大事だと思います。この病気は、誰でもいつでもかかるかもしれない病気なんです。

スティーヴが診断されたときに、ネットで色々調べましたが、当時は高齢者がかかるものとされていました。でも若い人もかかります。原因も不明です。先日も17歳の女の子がALSになったと報じられていました。

もしかしたら、日本のIPS細胞の研究者の方が、新しい治療薬を発見してくださるかもしれません。そういった研究を進めるためにも、みんなの理解が深まることが大事だと思います。

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