6月中旬、沖縄政界のある関係者が、「新風会は消滅します」と言い切った。
新風会とは、2014年夏、辺野古移設反対を表明していた翁長雄志那覇市長(当時)に知事選出馬を要請し、自民党から除名などの処分を受けた元自民党那覇市議会議員グループである。言わば、翁長氏の親衛隊であった。
所属議員12名を擁し、那覇市議会の最大会派であったが、その後、副知事(安慶田氏)や県議選への転進(2名とも落選)の他、脱落者も相次ぎ、現在では5名のみである。
さらに7月9日に迫る那覇市議選でも、苦戦が伝えられている。5名の候補者しか立てられず、そのうちの1人は知事の次男、翁長雄治氏である。
彼に票が集中して同会の他候補の票を奪い、新風会の当選者は2~3名に止まるとの予測がある。そのような事態に陥れば、新風会の存続そのものが危うくなる。
翁長氏は、那覇市議2期、那覇市長4期などを含め、30年近くにわたって那覇市を拠点に政治活動を展開してきた。那覇市こそ、翁長知事の最大の支持基盤のはずである。その同知事を直接支えてきた新風会がこれほど凋落したのはなぜか。
2014年、新風会が翁長那覇市長(当時)に知事選出馬を要請した際に、革新系も同調し、辺野古反対派を結集した「オール沖縄」の中心に同氏が据わった。
「オール沖縄」関係者は保革の違いを乗り越えようと、「腹八分、腹六分」、「イデオロギーではなくアイデンティティ」を訴えた。「オール沖縄」運動は沖縄の政治を根本から変えるのではないか、と予感した県民の間に熱気が生まれ、知事選では「辺野古阻止」を掲げた翁長候補が圧勝した。
しかし、同床異夢の寄せ集め集団である「オール沖縄」の協調体制の維持は困難を極めた。この体制の一翼を担った新風会は元自民党員からなる伝統的な保守勢力であり、日米安保条約の廃棄を綱領とする共産党とはイデオロギー的にも政策的にも対局に位置する。翁長知事体制が成立した当初から、保革連携の継続性を危ぶむ声があった。
保革のバランスを取るはずの翁長知事は、辺野古移設を推進してきた過去があり、革新系が抱く「結局は辺野古移設を容認するのではないか」との疑心暗鬼を振り払うために、国との対決路線を打ち出さざるを得なかった。
一方、選挙戦においては、翁長氏は自民党から排除され、公明党の協力も失い、沖縄県全体をカバーする自前の選挙マシーンを持たなかった。その結果、抜群の組織力を持つ共産党に依存することになり、共産党との連携を重視せざるを得なかった。
だが、共産党は「空気を読まない党」とも称され、同じ革新陣営に属する政党ですら、時に反発する。自らの主張を断固貫く「ぶれない」体質を持つ。
保守系の新風会やその支援者の間に共産党への違和感が鬱積していったのは当然の成り行きだった。共産党との協力関係への反発から後援会が解散し、選挙活動を組織できなくなり、引退に追い込まれた新風会市議もいる。
新風会の弱体化と歩調を合わせるように、最近、「オール沖縄」の保守系を支えてきた経済人の間に、翁長知事から距離を取る動きが見られる。
今年3月に発足した鶴保沖縄担当大臣の沖縄後援会や、副知事を辞任した安慶田氏が5月に設立したシンクタンク「沖縄経済懇談会」などはその例である。両者とも、県知事を経由せずに本土政府とのパイプを直接築き、沖縄経済界に有利な予算措置の獲得を目ざしていると推測される。
このような経済人の動向に、翁長体制の弱体化を望む首相官邸や沖縄政界の思惑を勘ぐる声もある。その正否は別として、共産党と同調し、中央政府との対決路線に走る翁長知事に対して、「オール沖縄」系経済人が懸念を深めているのは確かである。
7月9日の那覇市議選で新風会が敗北すれば、「オール沖縄」内での保守系の存在感が一挙に薄れ、共産党の比重が増す。そして共産党の影響力の増大は、保守派を知事から遠ざけ、保守派の支持を失った知事はますます共産党に依存する「悪循環」に陥りかねない。
保守を自認し、日米安保条約の支持を公言する同知事としては不本意な状況だが、他に政治的に生き残る道を見出すのは容易ではない。
那覇市議選で、翁長知事が自らの支持票を新風会の全候補者に的確に割り振り、新風会の危機を救えるかどうか。翁長氏の指導力・調整力が試されている。