“みんな”って誰だ? 「個の時代」の先にある、第三の“みんな”

単純な横並び意識も、肩肘の張った差別化意識も、時代にフィットしないものになっている。
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皆さんこんにちは。酒井崇匡です。私は普段、博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)で研究員をしています。生活総研は1981年に広告会社の博報堂が設立した機関で、37年に渡って生活者の意識や価値観の変化について研究を行っています。

今、生活総研では「今の時代の"みんな"とは何だろう、一体誰のことなんだろう?」というテーマで研究活動を進めています。いわば、現代の新しい大衆論です。

大衆論と聞いて、「人がどんどん個人化している今の時代に、そんなのあるの?」と思われた方もいらっしゃると思います。確かに、博報堂が行っている広告ビジネスでも、従来のように単一のメッセージを広く浸透させるのは難しくなったと言われてもう随分経ちました。

また、近年はデータマーケティングの進歩によって、一人ひとりの嗜好やその時の状況に応じて最適な情報や広告を出し分けられるようになりました。スマホで同じSNS、同じニュースアプリを見ていても、接触している情報はバラバラ、というのはもう当たり前です。

しかし私たちは、そんな時代だからこそ、"みんな"(衆)というものをもう一度フラットに、新しく捉え直す必要があると考えています。(これから数回に渡って、様々な研究員が研究活動の一端を紹介していく予定です。)

ハッシュタグが生む新たな"人並み"意識

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Getty Images

私たちがこの研究を始めた理由の一つ。それは、今の時代ならではの新しい"みんな"が現れ始めているのではと考えたからです。

例えば均質的なファッションをしてしまう「量産型女子大生」という現象が数年前から話題になっています。似通った髪型や服装をして、何となく安心している若者は多い。Instagramのファッション投稿が"人並み"を知るツールとして量産化に一役買っているのでは?とも言われています。

Instagramでは他にも、「#プレママ」、「#プレ花嫁」といったハッシュタグを通じて、妊娠中や結婚式前の女性が「みんなはどうしてるか?」を、不特定多数で共有し合っています。

これまで顕在化しにくかった様々なタイミングやシチュエーションにおける"みんな"がSNS上で可視化されはじめています。これは、新たな"人並み"意識を生んでいるのではないでしょうか。

拡大解釈される、見せかけの"みんな"

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Andrea Borile / EyeEm via Getty Images

一方で、一見すると世の中全体にいるように思えるけれど、実態が伴っていない"みんな"も存在します。

ネット炎上は「世の中のみんなから叩かれている」ように見える一方で、実はそうではないということが明らかになっています。

田中辰雄さんと山口真一さんの著書『ネット炎上の研究』の調査によると、SNSなどへの書き込みを通じて炎上に参加した経験のある人は、ネット利用者全体の1.5%ほどであるという結果が出ています。そのうち1年以内の"炎上現役参加者"に限ると0.5%程度しか存在しないそうです。

弊所でも今年7月にネット上で同様の調査を実施したところ、炎上参加経験者は約3.3%と前述の調査よりわずかに高い程度。

(また、炎上している当事者を擁護した経験がある人が3.1%も存在するという、意外な結果も出てきました。)

一部の声が世の中に大きな影響を及ぼす場合があるものの、実は「見せかけの"みんな"」だったということもあるわけです。

「みんな日本人」は本当か?

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Getty Images

これまで一つの属性だけが存在していたところに、別の属性の大きな集団、いわばアナザー・マスが形成される場合もあります。

例えば、私は今、新宿区に住んでいるのですが、ここ数年で街に住む外国人の方の比率がどんどんと増加しているのを肌で感じています。事実、NHKの調べによると、新宿区の新成人の約半数は外国籍の方々です。

これは新宿区に限ったことではなく、日本全体で見てもあてはまる動きです。OECD統計によると、2015年における日本の移住外国人数(有効ビザを保有する90日以上在留予定者の人数)は約40万人で、世界で4位。人口比でいえば、移民の国・アメリカを超える数の外国人が移住している国になっています。

来年4月以降は新たな在留資格が創設され、日本で働く外国人は更に増加すると予測されています。

言い方を変えれば、「みんな日本人」というこれまでの社会の前提がなくなりつつある、ということです。これまでも、「みんな家族で暮らす」、あるいは「みんな結婚する」という前提が単身化や未婚化によってなくなってきましたが、国籍にもそれが及んでいるのです。

買い物から消えつつある"個性"

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Getty Images/EyeEm

日々の買い物の仕方についても変化が起こっています。これまで、人が何を買うかはその人の個性を垣間見れるものでしたが、どうもそう言いにくくなっているようです。

家計調査によると、支出に占める割合が近年、増加しているのは通信費や教育費、保険医療費などです。特にスマホなどのデバイスの普及で、通信費の占める割合は大きく増加しました。

一方で、衣料費や教養・娯楽費、交際費、こづかい費の割合は軒並み減少。買い物に個性が出る領域に回るお金が少なくなっているのです。

また、定額制(サブスクリプションモデル)が様々な分野に展開されるようになると、その都度、商品を選び、価格を見て判断するという買い物行動自体がなくなっていく可能性も出てくるでしょう。

AI・アルゴリズムが最強の"みんな"を生む?

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Getty Images

テクノロジーが、"みんな"の捉え方に及ぼす影響も無視できません。

SNSやEコマース、Web広告などのアルゴリズムは、生活者一人ひとりの行動履歴から、それぞれの人に最適な"人並み"や"流行"を見せるようになりました。みんなが見ている"みんな"が実は個別バラバラに提示されている。

情報があふれる環境の中で、自分好みの情報だけを自動的にフィルタリングしてくれるアルゴリズムは生活者にとっても有益です。一方で、米大統領選ではそれが世論操作や扇動に使われたのではないか、という指摘も存在します。

「第三の"みんな"」という感覚

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praetorianphoto via Getty Images

2000年代に入り、生活者を取り巻く環境は大きく変化しました。

長いデフレ不況の中で世帯所得は低迷する一方、商品やコンテンツは多様化し、ネットの普及によって情報量も爆発的に増加しました。また、未婚化や単身世帯化も同時に進行しました。そのようなモノ、情報、ライフスタイルの多様化を受けて、今は「個」の時代だと言われています。

では、人々は"みんな"の事など意識せずにバラバラに行動しているだけなのでしょうか。

確かに、これまで信じられてきた「普通はみんなこうだろう」、「◯◯するのがみんなの常識だ」という前提がなくなり、見直さなければいけないことも増えつつあります。

しかし、だからといって"みんな(衆)"という概念が全く消滅したわけではなく、形を変えているだけなのではないでしょうか。SNSなどの新しいメディアによって、新たな"みんな"の括り方が生まれていたりもするからです。

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Emily Kimes / EyeEm via Getty Images

そして、これは私個人の全く直感的な仮説なのですが、「第三の"みんな"」とでも言うべき感覚が今、人々の間に生まれているのではないか? とも思うのです。

戦後の高度成長期には、「同じものを一緒に揃えていく」という、横並びだからこそ安心を生む"みんな"の感覚がありました。これを「第一の"みんな"」と呼んでみましょう。

ある程度モノが普及すると、「普通の人とは違うものを選ぶ」ことで個性を演出したくなります。そこで、差別化の対象としての"みんな"という感覚が生まれました。これが「第二の"みんな"」です。

しかし、情報がリアルタイムで共有され、一方で生き方は多様化し、更に全く新しいテクノロジーが浸透つつある現在。単純な横並び意識も、肩肘の張った差別化意識も、時代にフィットしないものになっているのではないでしょうか。

もっとバランスの取れた「第三の"みんな"」とでも言うべき感覚が生まれているのではないか?

そういう感覚を持つことが、みんなバラバラだと言われる時代の中で、安心と自立という相反しがちなものを両立させる鍵になるのではないか?

そんな風に考えているのです。

今後の連載では、私たちが日々進めている「みんなって誰だ?」というテーマに関連する様々な研究結果をご紹介していきます。

今モヤモヤと頭に浮かんでいる「第三の"みんな"」とは、一体何なのか。私もその答えをみなさんと一緒に見つけていけたらと思っています。皆さんのご意見をお待ちしております。

(執筆:酒井崇匡/博報堂生活総合研究所・編集:南麻理江/ハフポスト日本版)

執筆を担当した研究員

酒井崇匡

博報堂 生活総合研究所 上席研究員

2005年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、教育、通信、外食、自動車、エンターテインメントなど諸分野でのブランディング、商品開発、コミュニケーションプラニングに従事。2012年より博報堂生活総合研究所に所属し、日本およびアジア圏における生活者のライフスタイル、価値観変化の研究に従事。専門分野はバイタルデータや遺伝情報など生体情報の可視化が生活者に与える変化の研究。著書に『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)がある。

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