航空業界大手のボーイングとエアバスが、そろって小型航空機メーカーを買収した理由。 (森山祐樹 中小企業診断士)

日本のMRJ、ホンダジェットをはじめ、中国、ロシアでも市場への参入を虎視眈々と狙う動きは今後も続くとみられる。
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Terminal 2 del aeropuerto de Heathrow - Amanda Lewis via Getty Images

2018年7月、アメリカの大手航空機メーカー・ボーイング社がブラジルの小型航空機メーカーのエンブラエル社を買収することになった。

ボーイングと双璧を成すエアバス社も、カナダの小型航空機メーカーのボンバルディア社を買収。世界の航空機メーカーは2強体制の維持に成功した。この結果、航空機の破壊的イノベーションが期待された小型旅客機メーカー2社は、業界の巨人に飲み込まれることになった。

■航空機市場

世界の航空機市場には、2017年末時点でジェット旅客機が22,337機運航されている。この内のおよそ50%が座席数120-169席の細胴機であり、ボーイングで言えば737型機、エアバスのA320が代表的な機種である。一方、広胴機(座席数170席以上)と呼ばれる中・大型機市場のシェアはおよそ20%である。その内、エアバスA380等の超大型機は全体の2%にも満たない(参照 民間航空機に関する市場予測データ 一般社団法人日本航空機開発協会)。

しかしながら、航空機の市場においては、大型機は小型機価格の数倍(例:737-700:8,500万ドル、777-9:42,500ドル)にもなり、これまで大手2社は中・大型機の開発・製造に注力していた。一方、ボンバルディア社とエンブラエル社は、比較的低価格の細胴機からリージョナルジェット機に重きを置き、中・大型機メーカー2社との競争を避け、独自の小型機市場を築き上げてきた。

航空機需要の今後の予測に目を向けると、世界経済の成長により、世界全体の輸送需要は年平均4.5%増加し、ジェット旅客機数全体においては、2037年78%増加すると予想されている。増加する旅客機の内訳としては、100席以下のリージョナルジェット機は微増、100-229席の細胴機は現行対比178%、230席以上の広胴機は234%に増加すると見込まれている。

■小型機市場に期待された破壊的イノベーション

ボーイングとエアバスの2社は、価格が高く、利益が見込める中・大型機に注力し、その市場で顧客である航空会社の高く厳しい要求を満たし続けてきた。大型機は機内のスペースがあるため、ファースト・ビジネス・プレミアムエコノミークラスなど特殊な座席の設置に対応できる。

加えて、機内にラウンジスペース、ギャレーによる調理機能、長距離フライトに対応するためのクルーバンク(乗務員、客室乗務員が休むためのスペース)、搭載する荷物に合わせた様々な収納機能等。飛行性能に目を向けると、太平洋や大西洋を横断できる航続距離を確保するなど、大型機の用途に対応した機能の付加は多岐に渡る。それゆえ、これらの機能を実現するためのサプライヤーネットワークの開拓、育成、関係強化にも多分のコストをかけてきた。

一方、前述の通り小型機は大型機ほど複雑な機能を持たないため、価格も安く、サプライヤー管理にかかるコストも安価である。小型航空機メーカー2社は、大手2社が取り扱わない(=魅力的ではない)小型機市場へ参入し、利益の出にくいこの市場で生き残りを図った。

低価格でも可能な航空機の製造ノウハウをこの市場で蓄積し、サプライヤーとの関係を築き、販売先である航空会社とのネットワークを拡大させることで成長を実現してきた。加えてアジアを中心とした人口増加と短距離路線の需要拡大に合わせ、これまでノウハウと利益を蓄積させた小型機メーカーの2社は、将来的には大手の牙城を崩す破壊的イノベーションの担い手として、世界の第3極となることが期待されていた。

欧米で産声を上げ、瞬く間に世界へ広がったLCCモデルにより、原油価格の高騰も背景に、小型航空機市場は活況を迎えた。これにより、ボーイング、エアバス社も小型機市場に目を向け、比較的低額な機種を投入することで、一部の市場でエンブラエル社やボンバルディア社との競争が激化した。

■ボーイングとエアバスの思惑

大手2社のボーイングとエアバスは、価格・利益率の低い小型機市場を当初は重視せず、要求の厳しい中・大型機の開発に注力し激しい競争を繰り広げていた。ボーイングが747、777で大型機市場を支配していたが、エアバスは、開発に10年の歳月とおよそ100億ドルとも言われる開発費用をかけた超大型機A380を2000年代に投入した。A380の座席数は、最大で800席(全てエコノミークラス座席とした場合)にも及ぶ。その巨大な機体には個室でシャワー、ベッドを擁したホテルの1室のようなサービス展開を実現。更なる機能付加の競争が予想された。

しかし、アジアを中心に拡大する航空需要を背景に、短距離を主な市場とするLCCの隆盛や原油価格の高騰により、機材を運航する航空会社はこれまでの大型機から燃費の良い中・小型航空機へシフトし始めた。そのため、ボーイング、エアバスの2社にとっても小型機市場が魅力的に見え始めたのである。

上記に加え、小型機メーカーのエンブラエルとボンバルディアも、拡大する航空需要を取り込もうと、既存の航空会社に対し、100-200席クラスの機材を中心とした攻勢を強めた。これまで大手2社がターゲットとしていた市場と競合せずに存在していたため、大手のテリトリーを犯し、虎の尾を踏むこととなった。

また、大手2社が自社開発で小型機の開発を更に進めるのではなく、買収という選択肢を選ぶ理由がもう1つ存在する。昨今、航空機メーカーの一次サプライヤーは、M&Aを繰り返し、最終製造メーカーである大手2社に匹敵する規模に成長している。そのため、航空機メーカーの巨人といえども、その交渉力が急速に低下し、パワーバランスが崩れつつあった。(例:米United Technologies社がすでに巨大な存在であった米Rockwell Collinsを約2兆5千億円で買収し、売上高およそ7兆円の巨大サプライヤーが誕生。ボーイング売上高はおよそ10兆円(2017)、エアバス売上高はおよそ8兆6千億円(2017))

そのため、ボーイングとエアバスは、早急な取引の交渉力の拡大を図るためにも、小型機の開発を自社で1から行うのではなく、買収という形で自社の製品ラインナップの拡大が必要であった。

■破壊的イノベーションの今後

結果的に、航空機の小型機市場に芽生えた破壊的イノベーションの輝きは、市場に君臨する巨人に敗れる形となった。エンブラエルやボンバルディアが、虎の尾を避け、LCC等により拡大する魅力的な市場を放棄し、更なるリージョナル市場をターゲットとしていたら異なる結果や新たな破壊的イノベーションが生まれていたであろうか。

航空機産業は、その必要部品が数百万点にも及ぶ裾野が広い魅力的な業界である。また、自国の安全保障や通商政策に力をもたらす重要な産業でもある。そのため、日本のMRJ、ホンダジェットをはじめ、中国、ロシアでも市場への参入を虎視眈々と狙う動きは今後も続くとみられる。

既存市場の巨人に対し、どのような戦略で自社の存在を世界に示すのか、次世代の航空機市場の破壊的イノベーションとして、また新たな可能性を秘めたプレーヤーが現れる日が来ることを願っている。

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森山祐樹 中小企業診断士

【プロフィール】

優れた戦略を追い求め、戦略に秘められたトレードオフによる競争優位性を解き明かす中小企業診断士。ベンチャー企業の戦略構築支援を中心に活動を行う。