「『広告ブロック』時代に、メディアは何ができるのか?」で紹介した「広告ブロック」ソフトを巡る波紋は、さらに広がりを見せている。
米国の「IAB(インタラクティブ広告協会)」は、訴訟や「広告ブロック」ユーザーのブロックなど、強硬策も検討中と報じられている。
その一方で、メディアウオッチャーのマシュー・イングラムさんやジェフ・ジャービスさんらは、これは音楽業界のファイル共有ソフトへの対抗策と同じだとし、ユーザーとの「信頼」づくりこそ現実的な解決策だと説く。
間近に迫るアップルの「広告ブロック」導入を控えて、関心は確実に高まっているようだ。
●訴訟か、ユーザーのブロックか
広告ニュースの「アドエイジ」が4日付の記事で、「広告ブロック」をめぐり、米IABが対応策を検討中、と報じている。
記事によると、IABはすでに対応策の検討会を7月初めと8月末に開催。
記事の中で、WPPデジタル社長、デイビッド・ムーアさんは、「トップランクの100サイトが、ある日同時に『広告ブロック』利用者にはコンテンツを表示できないようにする」との案が出たが、効果には疑問符もついた、と紹介している。
さらにムーアさんは、こう述べて訴訟の可能性も検討中をであることを明らかにしている。
(「広告ブロック」は)ウェブサイトを構成するすべてのピクセルを表示させるという、サイトの機能を阻害している。おそらく、こういったことを禁じる法律があるはずだ。
ただ、訴訟だけでなく、技術的対応も模索しているようだ。
例えば、「広告ブロック」利用の大きな理由に、広告によってページ表示が遅くなるという問題がある。IABのテックラボでは、この問題の技術的な解決策に取り組んでいるという。
また、8月の会議では、ページフェアやシークレットメディアといった、「広告ブロック」対策をビジネスとしている企業を呼び、技術的に対抗する手立てについても検討したという。
●2億人のユーザー、220億ドルの逸失利益
以前の記事でも紹介したが、「広告ブロック」に改めて注目が集まってる一つのきっかけが、ページフェアとアドビが共同で8月に発表した調査結果だ。
それによると、「広告ブロック」の世界的な利用者は、この1年で4割増の約2億人になり、それによって失われているはずの広告収入は約220億ドル(約2.7兆円)にのぼるという。
「広告ブロック」に対する法廷闘争は、すでにドイツで展開されている。根拠としているのはドイツの競争制限禁止法だ。
大手メディア各社が、「広告ブロック」が競争制限に当たるとして、人気ソフト「アドブロック・プラス」を提供するドイツのメーカー「アイオー」を相手取った訴訟を相次いで起こしている。
ただ、今年4月には「ツァイト・オンライン」と「ハンデルスブラット」の新聞2社が敗訴。
5月にもドイツのテレビグループ大手の「RTL」と「プロジーベンSAT1」がやはり敗訴した。
ユーザーが自由意思でインストールしているソフトは、競争制限禁止法違反には当たらない、との判断だ。
大手新聞グループ「アクセル・シュプリンガー」による裁判がなお係争中だが分が悪そうだ。
●音楽業界の戦略
フォーチュンのテックライター、マシュー・イングラムさんは、IABの検討策がかつての音楽業界とダブって見えるという。
この戦略は、ファイル共有ソフトが問題化した時の音楽業界のとった方策とうり二つだ:つまり、立場に固執し、変化に抵抗、そしてあらゆる人々を訴える。
さらに訴訟戦略については、ドイツの裁判所と同様の考え方を示す。
(広告ブロックのような)ソフトをインストールするユーザーは、見たくないコンテンツのブロックのために、自分の意思でそうしている。いかなるメディアも、ユーザーに何かを強いる権利はない。訴訟戦略は、そういった事実に逆行するものだ。
広告の現状にこそ問題がある――イングラムさんはそう強調する。
広告の現状、特にモバイルは、読者を遠ざけるために、あるいは苛立たせるためにデザインされているようだ。ユーザーとのエンゲージメントが求められている業界で、これは奇妙な戦略に見える。ポップアップの多用や、インタースティシャル(すきま)広告、閉じることができない広告やその他のギミック(広告表示のためのジャバスクリプトや行動追跡のためのクッキーはもちろん)は、サービスというよりも、ユーザーに対する総力戦のように見える。
●関係をつくる
ニューヨーク市立大学ジャーナリズムスクール教授で著名ブロガーのジェフ・ジャービスさんは、「ニューヨーク・オブザーバー」への寄稿で、ユーザーとの「信頼の関係づくり」こそ重要だと訴える。
歯に衣きせない物言いで知られるジャービスさんの、少々刺激的なタイトルが、その論点を言い尽くしている。「広告は、苛立たしく、割り込んでくる、うそつきの、詐欺的な、そしてなによりくそったれな存在であってはならない」
そしてタイトルはこう続く。「広告と、それが支えるメディアの未来は、リアルな関係構築にかかっている」
ジャービスさんは、広告の現状の問題点を「ほとんどいつも的外れ」「耐え難いほどの繰り返し」「データとAIをもってしても間抜け」「プライバシー侵害」など10項目にわたって列挙。
その解決法を提言する。
・ブランドとテクノロジー企業:顧客のデータ収集だけでなく、それを顧客に対してオープンにし、顧客がコントロールし、修正することを認め、データの利用目的とその理由を明確に説明し、顧客が受ける利益を示すべきなのだ――例えば、適切な情報を提供できるようになる、と。合意にもとづくデータ取引と徹底的な透明性を通じて、信頼を築き上げるべきなのだ。
・消費者:広告主とメディアから適切な情報を受け取り、無意味なノイズを避けるためには、広告ブロックやクッキーブロックによって顔の見えない匿名に隠れているのは得策ではない。自分が誰か、欲しいものは何かを明らかにする必要が出てくるだろう。
・メディア:メディア自身が関係性のビジネスを学ばないことには、この転換期に広告主に提供できるものは何もなくなってしまう。マーケティング業界が目を覚まし、力を伸ばし、メディア抜きで先へと進んでしまう重大なリスクがある。
そして、メディア環境の変化をこう位置づけている。
「広告ブロック」時代から得られるリアルな教訓とは、顧客が最終的な本当の主導権を握ったということだ。
これは、その通りだろう。
(2015年9月5日「新聞紙学的」より転載)