あなたは、自分が捨てたごみの行き先を知っていますか?
「人間がつくる社会は、遊園地みたいなもの」
そう語るのは、プロSUPレーサーでオーシャンアスリートの金子ケニーさん。人に都合よくつくられた、この世の中で環境問題を自分ごと化することは難しい。だけど、美しい海は刻一刻とプラスチックに汚されている――。
夏はビーチで海水浴を思いっきり楽しみ、晩ごはんに魚を美味しくいただく。そんな日常を守るには、どうしたらいいのか? ケニーさんに話を聞きました。
魚よりも、プラごみのほうが釣れる。
―私は昔から海が大好きで、よくビーチに遊びに行きます。だから、お会いできるのを楽しみにしていました。ケニーさんはSUPの選手として活躍されているんですよね?
2013年からSUP(スタンドアップパドル。ボードの上に立ち、パドルを漕いで水面を進んでいくスポーツ)選手として活動していて、今はレースに出つつ選手の育成をしています。また、より多くの人に海に出てほしいという思いから、SUPブランド「Kokua」を立ち上げて、ボードをつくったりもしていますね。
―葉山を拠点に活動されているそうですね。日本の海が好きなんですか?
そうですね、葉山の海は素晴らしいです。また、ちょうど先々週に東北の気仙沼や大島にも行ったんです。ものすごく綺麗でした。日本には「海外のどこに行っても、こんなに綺麗なところはないだろうな」って場所がたくさんあります。
―海を見ていて、変化を感じることはありますか? 日本はプラ容器包装の廃棄量が世界2位と言われますし、海洋汚染が深刻化しているとも聞きます。
ハッキリと言うと、「正直ヤバいな」と常に体感しています。このままいくと、すべての海と魚がプラスチックだらけになって、自分たちの体もプラスチックに侵されてしまうんじゃないかと。
5歳の娘とよくビーチに行くのですが、「プラスチックがあったよ」と言ってごみを手渡してくるんです。私は茅ヶ崎育ちですが、自分が子どものころにプラごみが浜辺にあった記憶はない。だから、それが衝撃的で……。
それに海に出れば、風に吹かれて流されるプラごみを毎日見かけます。遠くから見ると綺麗な海も、沖まで行くと結構な量のごみが浮いているんです。
またSUPをしながら釣りをすると、魚よりもプラごみのほうが釣れます。漁師の人たちも「網にプラごみがたくさん入ってくる」とおっしゃっていました。100年後にはどうなってしまうのだろうと思いますね。
人の社会は、遊園地みたいなもの。
―私の好きな言葉に「自然は先祖から継承したのではなくて、私たちの子孫から借りているのです」というネイティブアメリカンの格言があります。美しい海を残していくには、どうすればいいと思いますか?
私もそのフレーズがすごく好きで、まさにその通りだと思います。やはり、自分たちは永遠にこの地球にいるわけではない。先祖が体感してきた自然をそのまま継承できたらいいけど、それは現実的ではない。だから「せめて自分が見てきた自然は残したい」と思っています。
そのために、日々のアクションを大切にしています。たとえばレジ袋を断ったり、マイボトルを持参したり。常にプラスチックを消費しないように心がけています。ただ、絶対にNOということでもない。プラスチックが必要なときもあります。
たとえば、エコバッグを忘れてレジ袋を使ってしまった。そんなときは、次に海へ出たときにいつもよりごみを拾う。それくらいの感じでいいと思うんです。やはり強制的になると、人はやる気をなくしてしまうので。
それに、意識の高い人から「こうしたほうがいい」と言われても、他人ごとに感じてしまうのが今の世の人たちだと思います。たとえば、ニュースで「人が死んだ」と報道されても、みんな涙ひとつ流さないような。それが現代社会だと思うんです。
―たしかに、自分の日々の生活と社会のさまざまな問題は結びつきづらいですよね。想像力が及ばないというか……。プラスチック問題にしても、いまいちピンと来ないと感じる人は少なくないと思います。
それは、社会の構造とも関わっていると思うんです。たとえば、一度捨てたごみはもう二度と目撃しないですよね? 人間がつくる社会は本当に都合がよくて、遊園地みたいなものだと思っています。
捨てたごみはどこかで処分されて、埋め立てられていたりします。だけど一般の人は、そういう景色を絶対に見ないようにつくられているわけです。
私はいつも「海では嘘をつけない」と言います。たとえば、実力のない人が見栄を張って荒れた海に出たら、怪我をすることがあるし、命を落とすことだってある。それと同じで、海は現代社会の悪いところを隠せないんです。
陸で捨てたもののほとんどが海に流れ着くと言われますが、本当にその通りです。だけど、ずっと遊園地のような環境に居続けると、汚いものを目撃せずに時が過ぎ去っていく。だからSUPを通じて、一人でも多くの人が海に出て、現実を体感してもらうきっかけをつくりたいと思っています。
小さな行動の積み重ねが、潮目を変える。
プラスチックの破壊力は強大で、問題は深刻です。だけど「潮の流れ」と同じで、ひとたび大きな力が加われば、それも変わると思います。
たとえば最近は環境に配慮したウエットスーツがあるので、私はそうしたスーツも着るようにしています。また、普段の生活に欠かせないパソコンでもリサイクルプラスチックを使った製品が出ている。
とくにパソコンは耐久性や耐熱性といったハードルが高いと思うので、再生プラスチックを使えることに驚きました。こういった製品を選ぶ選択肢があるのは、うれしいこと。それに、これを会話の入り口にして、周りの人にもプラスチック問題や地球環境のことを伝えることができるし、考えるきっかけにもなると思います。
こうした動きは、プラスチック問題の流れを変えるきっかけとして素晴らしい。私たちにサステナブルな選択肢を与えてくれる仕組みが、各業界でどんどん起きてほしいですね。
―サステナブルな製品をきっかけに、潮目が変わるといいですよね。
海も潮が満ちた状態から引くまでは、実はそれほど動かないんです。だけど、ひとたび動き始めると、ものすごく流れが速くなっていく。
同じように、最初は「これで変わるのかな?」と不安になることもあるかもしれません。けれど行動を続けていけば、絶対にいろいろな人たちが影響されて流れも変わるはず。そうして、世の中がどんなふうに変わっていくのか、楽しみで仕方ありません。
*
筆者は取材の後日、葉山のビーチに遊びに行きました。
ピカピカの日差しのもと、青く美しい海を眺めながら砂浜に寝転がる。体が熱くなってきたら、海に入って泳いでみる。水はちょっと冷たいけれど、ぷかぷか浮くのが気持ちいい。そして夜には美味しい魚を食べて、お酒が進む――。
そんなありふれた日常を、100年後を生きる人たちは経験できるのかな? そんなふうによく考えます。
整えられた都市で日々仕事に追われていると、刻一刻と海がプラスチックに汚染されていることを忘れてしまいがちです。だけど、たまには自然に触れてみることで「あ、ヤバい」と思えるかもしれない。
そうやって私たちの意識や行動を変えていく。プラスチック消費を控えたり、必要なときはリサイクル素材を選んだり。一つひとつの小さな行動が積み重なれば、潮目は大きく変わる。そうして社会が変わったとき、私たちの子孫が海を楽しむ未来が訪れる。そう思います。
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写真:tomohiro takeshita
取材・文:midori ohashi