渡辺直美さんのニューヨーク留学から考える『留学の成果』 (若松 千枝加 留学ジャーナリスト)

渡辺さんが留学で手に入れた成果のひとつは「自分の良さとかやりたいことは口に出さないとわかってもらえない(ことがわかったこと)」のようだ。
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2015年12月22日のZAKZAK記事によると、お笑い芸人の渡辺直美さんが今年ニューヨークへ短期留学したきっかけと留学の成果について、次のように答えている。

- きっかけはオリエンタルラジオの中田敦彦さんからの「短所より長所を伸ばせ」とのアドバイス。

- 自分の長所だと思う表現力を学びたくなった。

- 留学で分かったのは、自分の良さとかやりたいことは口に出さないとわかってもらえないこと。

渡辺さんが留学で手に入れた成果のひとつは「自分の良さとかやりたいことは口に出さないとわかってもらえない(ことがわかったこと)」のようだ。留学によって手に入る成果には『目に見える成果』と『目に見えない成果』がある。渡辺直美さんの語った成果は、『目に見えない成果』に分類されるであろう。本稿では、『目に見える成果』と『見えない成果』という軸で、留学の成果について考察してみたい。

■ 目に見える成果

留学する人全員が明確な目的をもっているとは限らないが、大半の人は目的がないと留学決断に至らない。「英語力を上げたい」「資格を手に入れたい」「大学を卒業したい」「職人としてレベルアップしたい」「海外で働く経験をしたい」など『目に見える成果』を挙げる人が多い。

『目に見える成果』は、伸びたTOEFLスコアや、学歴という形でデータが残される。履歴書に書くことができるし、就職活動にも活かせる。フランスでシェフ修行した経験も、カナダでツアーガイドをした経験も、具体的に文字に表せるからキャリアに転化させやすい。

■ 目に見えない成果

一方、留学には『目に見えない成果』もある。「打たれ強くなった」「知らない人とのコミュニケーションができるようになった」「トラブルが起きても冷静でいられるようになった」「日本を客観的にみられるようになった」「親に感謝するようになった」・・・などである。

『目に見えない成果』は、副産物としてもたらされることが多い。「打たれ強くなった」という成果を得られた人は、慣れない環境で日々驚くことが起きたり、思うように伸びない実力に地団駄を踏んだりしている間に気が付いたら打たれ強くなっているものである。

『目に見えない成果』は、文字にしづらい。履歴書には書けないし、面接でアピールするのも難しい。

しかし、帰国した留学生たちのほとんどは『目に見える成果』よりも『目に見えない成果』のほうに、より高い充実感を得ている。これはなにも留学ばかりでなくスポーツでも受験でも同様であろうが『目に見える成果』を手に入れる過程で『目に見えない成果』は嬉しいおまけとしてついてくる。ときとして、このおまけはその後の人生を支える大きな支柱となる場合もある。

■ 『目に見えない成果』が将来に及ぼす影響

1人の30代女性の話をしよう。彼女は25歳のときにニュージーランドへワーキングホリデーに行った。目的は「英語力の向上」と「旅行」。いつか旅行に関わる仕事をしたいと思っていた。

彼女はまず1か月間、語学学校に通った。もっと長く通いたかったが、資金に余裕はない。1か月で卒業し、その後はアルバイトをするつもりでいた。

残念ながら、なかなかアルバイトは見つからなかった。当たり前だ。もともと高くもなかった英語力をたった1か月の語学留学で飛躍的に伸ばせたわけではない。拠点としていたクライストチャーチ市内では、面接にすらこぎつけられなかった。

日々、手元の資金はなくなっていく。このままでは予定を大幅に切り上げて早く帰国せざるを得なくなる。ニュージーランド中を旅したかったのに。地元の人と働く経験をしてみたかったのに。焦りと、擦り減っていく自信と、低い語学力への劣等感で泣いてばかりいたが、彼女はある夜ひとつだけ決心をした。「よし、恥をかいてから帰ろう。」と。

決心してから最初の行動は、卒業した語学学校へ行き職務経歴書の書き方を教えてもらいたいと言ったことだ。すでに卒業している学校で本来教わる権利などないのだが、運よく学校はオフシーズン。スタッフの手伝いを条件に、職務経歴書の書き方を教えてもらえた。学校のパソコンとプリンターを使って100枚余りの職務経歴書をプリントアウトした。

その100枚を手に持ち、彼女は人口1200人のド田舎の町へ行った。スキー場を擁するその小さな街は、スキーシーズンの間は爆発的に賑わうと聞いていたからだ。

観光局で宿泊リストをもらい、B&Bやバックパッカーに片っ端から「仕事が欲しい」と飛び込んで歩いた。どこの宿もすでにそのシーズンのスタッフ採用は終えていたため門前払いだったが、たった一軒「料理はできるか?」と聞いてきた宿があった。

母親の手伝いくらいしかしたことはなかったが"Yes"と思わず答えた。予定していたスタッフが家庭の事情で従事できなくなったその宿に、折よく彼女が飛び込んできた格好だ。住み込み3食付、ハウスキーピング兼シェフ見習い兼レセプション業務。遊び暇もなく働くことになったが、ローカルのスタッフと宿泊客にもまれるその仕事で彼女は多くのものを手に入れた。

『目に見える成果』としては「英語力」「経歴」「お金(そこで貯めたバイト代で、彼女はNZ中を旅することができた)」である。『目に見えない成果』は想像するしかないが、翌年彼女は同じ宿から正式に仕事のオファーが入った。違う国でも経験を積みたいと言って断り、その後他国でキャリアチェンジを経ながら歩んでいると聞いている。

ニュージーランドで「よし、恥をかいてやろう」と思った瞬間に、彼女の何かが変わったことは間違いない。きっと、どこの国でも、何度かつぶやいたことだろう。

「よし、恥をかいてやろう」の一言を手に入れたこと。『目に見える成果』ではないし、客観的な評価は無理だ。しかし、この一言を手に入れた彼女と手に入れる前の彼女は、明らかに違うはずだ。

■渡辺直美さんが成果をこれから活かす道

話を渡辺直美さんに戻そう。

英語力やダンス技術といった『目に見える成果』を渡辺さんがどの程度手に入れたかはわからない。一方で、「自分の良さとかやりたいことは口に出さないとわかってもらえない。」との認識は『目に見えない成果』だ。

ここからの分析は私見だから、渡辺さんご自身には異論があるかもしれない。しかし、渡辺さんの『目に見えない成果』は大きな花を咲かせるきっかけになるのではという期待を込めて勝手な意見を書かせていただく。

もしかしたら、渡辺さんは今まで、人から求められる役割を精一杯パフォームしてきたのかもしれない。誰もが知るビヨンセの物まねや大柄な体格を活かした自虐ネタ、ときに下ネタを交えたキャラとのミスマッチ。これらは、演出側の期待を渡辺さんが理解し、即座に応えるという聡明さを表してきた。

しかし「やりたいことは口に出さないとわかってもらえない」ことを実感した今後の渡辺さんには、自分企画の自己表現がもっと増えてくるかもしれない。すでに女優として活躍の場を広げているが、渡辺さんにその意志があるならば、従来のキャラクターに加えた新しい個性が見える舞台や映画、たとえばホラー作品やシリアスな時代劇などで見られる日が来るかもしれない。すでに彼女は前述のインタビューで、海外でライブ中心に活動を広げたいとも語っている。

■ 『目に見えない成果』の評価方法

留学帰国者は『目に見えない成果』を分かってもらえないと嘆くことなく、行動力やプレゼン能力などに転化していく力を持ってもらいたいと思う。

一方で、留学帰国者を採用する予定の企業には何らかの形で『目に見えない成果』を評価してもらえたらいいとも思う。留学を思い立ち、なぜ留学するのだろうと自問自答し、そのために安定した日常を捨て、煩雑な留学手続きをするだけで人は二歩も三歩も前に進んでいる。自力で資金を貯めるためには計画性や節制も必要だったことだろう。いまどき留学くらい当たり前だと思いこまずに、目の前の履歴書をご覧いただけたら嬉しい。

《参考記事》

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若松 千枝加 留学ジャーナリスト