今、国会で、安保法制をめぐって、アジア型議会ドラマといえる光景が繰り広げられています。アジアの議会はなぜ、多くが判を押したようにそうなるのでしょうか。与党議員のなかには、参院平和安全法制特別委員会の鴻池委員長が、ふっと漏らしたように、法案の修正が望ましいと本音では思っていても 内閣と執行部に逆らえません。また下手をすると消滅、あるいはオール泡沫政党化の危機すら抱えている野党は、存在感を国民に印象づけるためとしか思えないパーフォーマンスを繰り広げています。
以前、安倍内閣の支持率が危険水域を割ることもありえると書いたことがあります。その時は、首相判断による新国立競技場の白紙撤回で安倍内閣は見事にその危機を乗り越えました。
しかし安倍内閣は再び危機が迫ってきています。今揉めている安保法制だけが原因ではありません。それよりも景気動向の悪化です。
さて、安全保障問題は、日米安保があったから平和だったという見方もあれば、日米安保でリスクを抱えながらよくも平和でいつづけられたのは憲法9条があったからとう見方もあり、絶対にこうでなければならないという方程式はありません。
しかし米国という産軍共同体の影響力が強く、またつねに戦争している難しい国をパートナーにしているからこそ、政権が変わるたびに無原則に方針が変わるというのは避けたいところです。
安保法制によって、日米が一体化すれば中国への抑止力が高まるという間違った期待をもっている人もいるのでしょうが、安保法制で国会が荒れている間にも、米国のラスベガス、ロスアンジェルス間の高速鉄道は、日本ではなく、中国の企業に決まりました。習近平訪米の最大のおみやげになります。日本には高い兵器を売りつけ、中国からは鉄道を買う、そんなしたたかさを持っているのがアメリカなのです。
安全保障や国際貢献の問題は、国民の幅広い合意を得て、ひとつの新しい哲学を自らが生み出す。それが、これからの不安定化する世界のなかで生き残っていくためには大切になってくると思います。
憲法改正が重要な通過点になるのでしょうが、残念ながら、安倍内閣はその道を閉ざしてしまいました。憲法解釈を恣意的に変え、また法案そのものも抽象的すぎるために、法案の解釈ですら、今回の国会審議中に総理と防衛大臣との解釈の違い、また総理自らの見解が揺れ動くといった事態が起こっていることは、なにか新国立競技場やエンブレム騒動と同じレベルで安全保障が扱われてしまっているのではないかという印象を受けます。
今の内閣は、選挙で選ばれ国民から支持され、正当性があるといっても、日本の場合は安全保障が選挙の争点になることはなく、安全保障政策まで支持されているのかは怪しいのです。また逆に野党の安全保障政策に対する姿勢や中味も問われません。
いっそ、徴兵制度を導入すれば、国民の安全保障への知識や意識も深まり、政権の暴走に歯止めも効くのかもしれませんが、安倍総理が兵役を「苦役」とし、憲法違反になるとして、その可能性を捨てました。確かに海上自衛隊に入って、遠洋航海すればスマホが通じなくなったり、陸上自衛隊で真夏に戦車に乗っても冷房装置がないので「苦役」なんでしょうか。
徴兵制は、国民の合意がなければ成り立ちません。 日本だけでなく先進国では必然性も現実性もないだけです。 ご存知のようにドイツは東西冷戦の最前線であったこと、また再びナチスの暴走が起こることを防ぐために、市民の監視が必要ということで、長らく徴兵制を敷いていました。スイスや北欧の国にも徴兵制があります。
しかし日本の場合は軍事的には必要性はないでしょうし、またその予算もなく、日本にとってもっとも高くなってくるリスクといえばテロであり、その備えでいえば、まずは警察力の増強なのかもしれません。
さて、安保法制問題をめぐって、国会で騒動が起こっている間に、中国経済の減速で世界は揺れ動き始めています。韓国経済はすでに失速がひどく、この先が心配されています。中国経済が減速すると、韓国や資源国よりは影響がはるかにすくないとはいっても、日本にとっての最大の貿易相手国で無傷では済みません。しかも、日本のシフト先のASEANは中国を主要な輸出先としているのでそちらにも波及します。
というか、もしアベノミクスが成功していて日本が力強い景気回復をしていればそんな影響も吹き飛ばせるのでしょうが、輸出が落ち込み始め、どうもGDPも2四半期期連続でマイナス成長となる懸念がでてきています。
日本の場合は、比較的大きな国内市場を抱えていること、まだまだ生産性をあげていくのりしろが大きいことを考えれば、国内市場の活性化と産業力を高める政策が望まれるのですが、安倍内閣は、いまのところ、安保法制に足をとられ、これといった手が打てて いません。
野党が演じた「強行採決」、そして国会デモが続き、さらに二期連続のマイナス成長となると、安倍内閣の足元も揺らいでくることは避けられそうにありません。支持率が急落すれば、党内の不満も表面化してくることも考えられます。
当面は、アメリカが中国からの資本の逃避を促す利上げを行うのか、あるいは中国経済の減速による世界経済の景気後退を恐れて利上げをやめるのかが焦点ですが、安倍内閣はどのような経済のテコ入れ策を行うのでしょうね。
もう円安・株高効果も消えるころです。消費税のマイナンバーをつかった還付などという、利権と天下り先ができるだけの筋の悪い制度はさすがに断念したようですが、もう一歩踏み込んで、一定の所得を下回った世帯や個人に、実質消費税ゼロ、あるいは半分となるような思い切った現金給付でも行えば、国内消費市場も活性化するのではないでしょうか。すくなくとも、それを打ち出すだけで支持率が回復してきそうです。
安保法制は数の論理で成立しても、経済はそうはいきません。ほんとうの力量が問われてきます。さて起死回生の手を打てるのか、なすすべもなく経済が減速し、内閣が失速するのか、安倍内閣に残さえている時間の余裕は少ないのではないかと思います。
(2015年9月18日「大西 宏のマーケティング・エッセンス」より転載)