『紅白歌合戦』乗っ取り作戦大成功! ドラマを見ていない視聴者にも感動を届けたクドカン『あまちゃん』

いつしか『紅白』は全編を見る番組ではなくなっていた。ところが2013年大晦日は違った。宮藤官九郎の台本が日本中に感動を伝えた連続テレビ小説『あまちゃん』のコーナーが出来るというので注目して見ていた。
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良い意味でも悪い意味でも国民の"善意"がぎっしり詰まったNHK『紅白歌合戦』。

幼い子どもから高齢者まで楽しめるという、この時代には相当に無理なコンセプトが毎年、世代間の断絶を無理矢理ノリづけしたような「痛さ」になっていて見るのがつらかった。大物の演歌歌手の後ろでAKBが作り笑顔で手拍子しているという図は痛々しく、また白々しく、見ている側もどこか笑顔を強制されているような気分に陥った。

いつしか『紅白』は全編を見る番組ではなくなっていた。

ところが2013年大晦日は違った。

宮藤官九郎の台本が日本中に感動を伝えた連続テレビ小説『あまちゃん』のコーナーが出来るというので注目して見ていた。

『あまちゃん』は、劇中歌の「潮騒のメモリー」が大ヒットしたにもかかわらず、ドラマで歌った主役の能年玲奈も、母親役の小泉今日子も、母親が若い時代に影武者の役になった薬師丸ひろ子も、その名前は「出場歌手」の中にはなかったからだ。

「能年玲奈ら出演者が「応援団」として登場する程度だったら、絶対にNHKに抗議しなきゃ・・・」

ヤフーニュース(個人)でも、『紅白』は30分くらい時間を割いて『あまちゃん』コーナーをしっかりやってほしい、と内心無理だろうと思いながらも要望を訴えた。

『あまちゃん』ファンとしてどうなるのだろうとモヤモヤを抱きつつ、次第に年の瀬が近づいていった。

大晦日の数日前に番組内に『あまちゃん』コーナーが出来るという発表があり、ドラマの台本を書いた宮藤官九郎がコーナーの台本も書くという情報が流れた。

「これは面白い放送になるかも・・・?」

そんな思いで『紅白』の本番を見た。

『あまちゃん』が『紅白』の善意押し付けの雰囲気にのまれてしまったら嫌だなあと不安が半分。

でもクドカンだったら良い意味で予想を裏切って面白くしてくれるはずとという期待も半分。

ドキドキしながら夜7時15分の『紅白』の放送を待った。

『あまちゃん』ワールドは全開だった。

まず冒頭で「あまちゃんスペシャルビッグバンド」による演奏で「あまちゃん」のオープニングテーマが混じった「64回だヨ!紅白歌合戦!」が流れる。作曲はもちろん『あまちゃん』の大友良英。

能年玲奈が「岩手県北三陸市から来ました、海女のアキちゃんこと、天野アキでがんす」とドラマそのままのナマった言葉で司会者とかけ合う。

そうなのだ。

能年玲奈としてではなく、「天野アキ」というドラマの中の人物として出演しているのだ。

しゃべり下手でトークに難ありと言われる能年だが、劇中人物としてはドラマを演じているのと同じ感覚で話ができるらしい。

ドラマの中の人物として登場したのは小泉今日子ら他の『あまちゃん』出演者も同じだった。

小泉今日子は「歌手」としての紅白出場を固く辞退したという報道があったが、おそらく「潮騒のメロディー」がヒットしたとしても、それはあくまでドラマの力だから、という歌手、女優としてのプライドがそれを許さなかったのだろう。

だが、「ドラマの出演者」として、『紅白』の中のドラマ『あまちゃん』に出る、というのなら女優として異議はない。

これはおそらく薬師丸ひろ子も同様だったろう。

番組内のドラマへの出演、というアイデアはクドカンのアイデアだろうが、これは出演者たちを登場させることにもつながり、NHK関係者もほっとしただろうと思う。

ドラマで出てきた「北三陸駅」の前から生中継が入る。副駅長の吉田正義がテレビカメラに興奮しながらマイクを握りしめてレポートする。まるで田舎の駅員を演じていた。

駅舎の中に入っていくと、安部ちゃんが「まめぶ汁」を作っていて、眼鏡ババアも騒音ババアもストーブさんも勉さんも駅長もスナック「梨明日」に集まっていた。もちろん、アキの母親の天野春子も。それぞれがテレビの生中継のカメラを意識して舞い上がっている。

そこに鈴鹿ひろ美がなぜか店に入ってくる。

そこでみんながワーワーやって、一度目の「中継」は終わり。

そして、何曲か歌があった後で、お待ちかねの『あまちゃん』コーナーの歌の登場。

まずはアメ女学園とGMT(天野アキも入っている)のスペシャルユニットによる「暦の上ではディセンバー」。

「来年の恋なんて鬼が笑うわ」という歌詞の途中で、天野アキが「ウニ!」と叫ぶ。

そしていよいよ「潮騒のメモリー」になるが、天野アキの相方である足立ユイは、北三陸のスナック「梨明日」にいたはず・・・。

アキが呼ぶと、「すぐ行くから待っていて!」と駆け出すユイ。

いつものオープニング曲とモニターに「第157回 おら紅白でるど!」という『あまちゃん』のタイトル映像が流れる。このあたりの演出が憎い。ちなみにそれが「あまちゃん」本編に頻繁に登場したパラパラ漫画の映像になり、電車とタクシーの絵が流れ、最後は空を飛んでいく。そして、実物のタクシーがNHKの玄関に到着する。(ちなみにパラパラ漫画の絵を描いた鉄拳が登場するコーナーがあったが、前のコーナーが押して肝心の紙芝居をちゃんと見せられずにニュースでぶつ切りになった。)ユイが飛び降りてスタジオへ駆けていく。運転するのはアキの父の黒川正宗だ。だがお約束のように警備員に制止される。

スタジオではアキとユイの2人「潮騒のメモリーズ」による「潮騒のメモリー」が始まる。

ドラマの中で一度は東京でアイドルになったアキと違って、ユイにとっては本物のアイドルとして立つ初めての舞台だ。

ドラマ本編ではかなわなかったユイの「夢」がかなった瞬間だ。

ドラマで果たせなかったことで視聴者がずっとモヤモヤしていたユイの夢が番外編でかなう。

なんと心憎いことか。

ドラマと番外編である『紅白』を二重写しで見た視聴者も多かっただろう。

アキとユイの後は、小泉今日子演じる天野春子が2番を歌う。

そして終わったと思ったら、着物姿の薬師丸ひろ子演じる鈴鹿ひろ美が歌う。

それも、ドラマ同様に「アイ・ミス・ユー」の歌詞から歌い始め、歌詞もドラマ同様に「三代前からのマーメイド」。

『あまちゃん』ファンにはたまらない。

その後で「地元に帰ろう」をみんなで合唱。眼鏡ババアもステージに。

歌い終わったところで、天野アキが会場を指差して「ヒビキ!」と叫ぶ。

何と審査員席の後ろに、アイドルオタクのヒビキ一郎がカメラを構えていたのだ。

なんという波瀾万丈のクドカン演出だろう。

眼鏡ババアやヒビキなどの脇役陣の個性まで光らせて、『あまちゃん』ワールドは復活した。

最後まで笑えた。

『あまちゃん』に関して言えば、12月30日の「総集編」(10時間場バージョン)と31日の『紅白』での「あまちゃん」コーナーで多くの視聴者は満足したと思う。

『あまちゃん』で燃え上がった心がちゃんと成仏した、といえるかもしれない。

ここまでちゃんと見ている側の気持ちを考えてくれるなんて「NHKもなかなかやるな」と感じた視聴者は多いことだろう。

また、ドラマ『あまちゃん』を見ていなくて、初めて小泉今日子演じる天野春子や師丸ひろ子演じる鈴鹿ひろ美の歌声で「潮騒のメモリー」を初めて聞いたという視聴者もいることだろう。そんな出会い方もあって良い。大晦日になって出会えて良かったですね。「潮騒のメモリー」は、ドラマがなくとも2013年を代表する曲だったのだから。

途中で赤組の司会者・綾瀬はるかのトチリもあった。また被災地・福島の学校を訪問した体験を思い出しながら「花は咲く」を歌うシーンでは歌う前の前説を話しているうちに涙で話せなくなってしまうというハプニングもあった。あのリアルな時間。AKB48の大島優子の引退宣言というのもあり、北島三郎の「最後の紅白」というセレモニーもあったけれど、それがなくても十分に生放送のドキドキ感があった。

詰め込み過ぎの感はなく、最後まで楽しめる内容だった。

私の周囲でも「久しぶりに紅白が面白かった」「最後まで食らいついて見てしまった」という声が絶えない。

視聴率も期待できるのでは?

とにかく「あまちゃん」番外編の生放送はこうあってほしいと願ったような形で見ることができて満足だった。

唯一の心残りは、太巻とミズタクが不在だったことくらいか。

クドカンとNHKの制作スタッフの「サービス精神」の賜物といえる。

視聴者の心が望むことをちゃんと把握すること。

今のテレビが本当に必要としているものだと思う。

「あまちゃん」に湧いた2013年がようやく終わった。

でもまた、しばらくは「あまロス」に悩まされそうだ。