英国時間で12月24日、英国政府が科学者アラン・チューリングに与えた死後恩赦が正式に確定しました。
アラン・チューリングは1912年ロンドン生まれ、1954年没 (41歳)。天才的な数学者として多方面で業績を挙げ、第二次大戦中にはドイツの有名なエニグマ暗号を破り連合国側の勝利に貢献し、また創成期のコンピューターに数学的側面から大きな影響を与え「計算機科学の父」と称される人物です。
今回の恩赦は、チューリングが1952年に有罪判決を受けた " gross indecency "、要するに同性愛行為に対するもの。当時の英国では同性愛が窃盗や殺人のような犯罪として扱われており、チューリングは有罪判決ののち投獄か薬物「治療」かの選択を迫られ、いわゆるホルモン療法による化学的去勢措置を受けていました。
(当時も今もイギリスでいちいちホモセクシュアルを捕まえていたら国が成立しませんが、チューリングは知り合ったばかりの19歳の青年を自宅に招いたあと、その青年の知り合いから窃盗被害を受けて通報したことから、裁判の過程でことが公になり有罪判決につながった経緯があります。有力な後ろ盾がなかったことも影響しているかもしれません。刑法の該当部分が改正されたのは1967年)。
チューリングは約1年間の化学的去勢措置を受けた後、1954年に自宅で青酸中毒で亡くなっています。そもそも自宅に危険な薬物があったのは趣味で化学実験をしていたためですが、青酸中毒による死については、好きだった白雪姫の物語になぞらえて林檎に青酸化合物を含ませ就寝前に口にした自殺とも、純粋に事故だとも、母親や親族を思って事故だと解釈できる状況を作ってからの周到な自殺ともいわれており、いまだ解明されていません。
戦時中の暗号解読センターでの活躍は秘匿され死後20年近くを経るまで一般に知られていませんでしたが、本領の数学、計算機科学については書ききれないほどの業績を残しており、計算機科学分野で世界最高の賞と呼ばれるACMチューリング賞は彼の名を冠しています。
功績はたとえば、実際のコンピュータが存在しない時代に、計算する機械の理論と限界を明らかにしたチューリングマシン、アルゴリズムの概念の定式化、人工知能への理論的考察から生まれた思考実験であるチューリングテストなど。
このように多大な業績を残した人物であることと、当時は合法だったとはいえひどい差別の犠牲者であったことから没後も名誉回復の試みは続いており、著名人による恩赦嘆願や、署名キャンペーン等が繰り返されていました。
2009年には政府から正式な謝罪があり、当時のブラウン首相はチューリングが受けた「恐ろしい扱い」は「まったくの不正義」であり、英国政府およびチューリングのおかげで生き延びたすべての人々を代表して謝罪すると述べています。が、この時点では単なる謝罪で、有罪とした判決そのものは当時は合法であり時間は巻き戻せないとして謝ったのみ。
そののち2012年には英国貴族院に正式な恩赦の法案が提出され、2013年12月24日を以って、エリザベス2世女王の名をもって正式に恩赦が発効しました。通常の恩赦は対象が実際には無実であったこと、さらに遺族など名誉回復に大きな利害のある人物からの求めでなければ与えられませんが、チューリングの恩赦はどちらにも該当せず、非常に珍しい例となります。
今回のような恩赦の正式な名称は " Royal Prerogative of Mercy "。国王大権による恩赦とでもいった意味で、戦後にはわずか3名にしか適用されていません。(Wikipediaから辿って調べました)。
キャメロン首相による声明は、
"Alan Turing was a remarkable man who played a key role in saving this country in World War Two by cracking the German Enigma code.
His action saved countless lives. He also left a remarkable national legacy through his substantial scientific achievements, often being referred to as the father of modern computing."
「アラン・チューリングは傑出した人物であり、ドイツのエニグマ暗号を解読したことで、第二次世界大戦においてこの国を救うため重要な役目を果たしました。
チューリングの貢献は無数の人々の命を救いました。かれはまた、現代的コンピューティングの父とも称される多大な科学的業績を通じて、この国に大きな遺産を残しました。」
当の本人は60年近く前に死んでいるうえに、天才科学者でも国を救った英雄でもないただの同性愛者全員を恩赦したわけでも謝罪したわけでもありませんが、「業績に免じて許す」ではなく「差別による不正な扱いだった」と改めて政府が認めたことには意義があります。クリスマスイブにふさわしい良いニュースです。
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(この記事は、12月24日のEngadget日本版「英国政府、アラン・チューリングに没後59年目の恩赦。計算機科学の父」から転載しました)