菩薩の組織の5つの特徴―あすか会議2013(仏教と経営 特別編2)

今回は前回に続き、コンサルティングファーム出身で、ビジネスにおけるマネジメントの経験も豊富な「未来の住職塾」講師である井出悦郎とともに、思索した「菩薩の組織の5つの特徴」を皆さんと共有できればと思います。
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約2500年の歴史を持つ仏教。その教えは衆生を救い、寺院という組織は、人を養い、祖先を祀り、人々の集うコミュニティ、そして文化の発信地として、長い歴史をつくり上げてきた。最古の組織ともいえる仏教。そのサステイナビリティ(持続可能性)は、果たしてどのようなマネジメントに裏付けられてきたのか。企業経営との共通点はあるのか――。過日、世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズにも選出された松本紹圭氏による「仏教と経営」。前回と今回の2回にわたり特別編として「あすか会議2013」でのご講演内容を、ご自身の著述によりお届けする。

前回、日本的リーダーシップの源流は「智慧」と「慈悲」を実践する菩薩道の探求にあると考察し、また、このような菩薩が集まったらどのような組織を作るだろうかと考える中に、日本的経営の理想型が見えてくるかもしれない、との持論をご紹介いたしました。

今回はこれに続き、コンサルティングファーム出身で、ビジネスにおけるマネジメントの経験も豊富なもう一人の「未来の住職塾」講師である井出悦郎とともに、思索した「菩薩の組織の5つの特徴」を皆さんと共有できればと思います。私たちが見渡したのは、多数の「お寺」事例ですが、企業経営につながる部分も多いのではないかと考えています。

特徴1:ご縁を大切にする

現代的な企業は短期的な視野で取引先を切ったり、変えたりしてしまいますが、下請けいじめをしていると、いざという時に助けてもらえなくなります。その点、お寺は檀家やその他のステークホルダーがすべてご縁の中で共に生きているという考え方に立ち、極めて長い視点で物事を考えます。縁起の思想に基づき、何代もさかのぼってご縁を大切にする共生モデルが基本となっています。

縁起観から生まれる日本人の心情を分かりやすくあらわしたのが、「おかげさま」という言葉でしょう。見た目につながりは見えなくても、目に見えないところで私を支えてくれているすべての存在に感謝する言葉です。

企業活動においても、ヒト・モノ・カネ・情報、すべては目に見えない網の目で間違いなくつながっており、計り知れない無数の他からの恵みによって成り立っています。そして同時に、いかに小さくともあらゆる企業活動は世界と何かしらの関係性を持っています。ご縁のおかげさまによる「預かりもの」としての企業経営が、菩薩の組織のあり方ではないでしょうか。

特徴2:「みんなの組織」を創る

先ほどの特徴1ともつながりますが、菩薩の平等な目線によって、「みんなの組織」が生まれることになるでしょう。提供者・受益者の論理を超えて、一人ひとりが提供者でもあり、受益者でもあるという考え方。お寺で言えば、住職が「俺が、俺が」と出過ぎず、ゆるやかにグリップしている状態です。企業においては、ポーターのCreating Shared Valueを元々やっているとも言えるでしょうか。

ちなみに残念ながらお寺の世界では、今まではお寺の住職のオーナーシップ感覚が強すぎたところがあります。それがゆえに、「檀家なんだからこれくらいして当たり前だ」という高圧的な傲慢さ、あるいは「お檀家の方にこんなことしていただくのはもったいない」という、檀家を消費者として見るような謙虚な傲慢さが生まれます。今どきの住職さんたちは世襲の方が多いので、生まれも育ちも自分のルーツもアイデンティティもすべてお寺だから、仕方がないところはあります。しかし、その執着は、乗り越えるためにこそある。住職も今こそ菩薩になるべき、と私は思っています。

特徴3:優れた「聖」を活用する

菩薩という存在は、完成された仏になる前の段階であり、修行中の身です。修行者の心構えとして、修行の途上にある自己の未熟さや限界を素直に認め、自分より先を歩む人たちと、敬意を持ってお付き合いをすることが大切です。

最近では実力者が企業から飛び出してフリーランスでやる人も多いと聞きますが、菩薩の心を持ってすれば、そういう人たちと対立するのではなく、そのような異分子に居場所や出番を提供することで、信頼を供与し、新しい価値の創造をサポートすることができます。

お寺においても、何か新たな取り組みをしたいアーティストや様々な才能のある人に、お寺という場を貸してあげることで、社会的な信用を供与してあげるというのはとても大きな役割だと思います。企業においても、大企業であればあるほど菩薩の心をもって、新しい産業創出に積極的に信用を供与していただきたいものです。

特徴4:フレームワークを「方便」と見る

MBAで学ぶような各種フレームワークは欧米的な分析志向が強く、ともすればフレームワークのためのフレームワークのような思考に陥りがちです。フレームワークそのものはあくまでも課題解決のための「方便」に過ぎませんから、それを過度にありがたがったりしてはいけません。

ものごとを直観的に把握する菩薩の智慧の内実は、言語では表せないものです。MBAにおける各種フレームワークも、相対化して見る視点を必ず持つことが必要でしょう。菩薩の智慧から見れば、すべては「空(くう)」であり、仮のものにすぎません。自らの思考の限界を知り、それを超えていく方法を身につけることで、菩薩の組織は常に柔軟に自らを作り替えていきます。

特徴5:教えの「こころ」を受け継ぐ

菩薩は修行者であり、実践を重ねる存在です。ある時点である人が完成した真理への道も、時代環境が変わればそれに合わせて変化の必要が生まれてきます。仏道においてはブッダ自身が、自分の教えは人が川を渡る筏に過ぎないと言っているように、かたちを守るのではなく、実践によりその本質を受け継ぐようにと示しています。

スティーブ・ジョブズなき後、生前のジョブズが言ったことだけをやるアップルなら、イノベーションは起きません。柔軟に、創造力をはたらかせ、その道における「こころ」を受け継がなければ意味がない。力のある老舗企業に見られる特徴でもありますが、菩薩の集う組織においては、伝統と革新が共存しています。

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以上、住職という仕事から、日本的リーダーシップの源流、そして、経営フレームワークとしての「仏道」を見てきました。

試論ですのでまだまだ論旨も大づかみであり、足りない論点もたくさんありますが、経営者の方にとって仏教から深い学びがあることに気がついていただけると嬉しいです。今後、さらに探求を重ね、大乗精神を軸とした日本的経営の価値観を海外に発信できるよう、磨いていきたいと思います。