昨日(6月16日)、東京電力が設置した「福島第一原子力発電所事故に係る通報・報告に関する第三者検証委員会」の検証報告書が公表され、委員全員による委員会の記者会見が行われた。
3人の委員の一人が、舛添要一東京都知事の「第三者調査」で厳しい批判を浴びた元東京地検特捜部副部長の佐々木善三弁護士(現役時代のあだ名が「マムシの善三」)だ。
委員長の田中康久弁護士は、元仙台高裁長官。このような方を委員長に担ぐ場合、委員長は、調査結果に大所高所から「お墨付き」を与える立場で、実質的な調査は、別の調査担当弁護士が総括するのが通例だ。
今回の「第三者検証委員会」の調査も、佐々木善三氏が総括したとみて間違いないであろう。記者会見でも、重要な事実関係についての質問には、佐々木氏が答えていた。
問題は、その調査結果の内容である。
そこには、舛添氏の「第三者調査」と同様に、極めて重大な問題がある。
報告書では、当時の清水正孝社長が「首相官邸からの指示」として広報担当者に伝えていたことに関して、
清水社長が官邸側から、対外的に『炉心溶融』を認めることについては、慎重な対応をするようにとの要請を受けたと理解していたものと推認される。
と書かれている。表現としては、「清水社長の理解」についての「推認」だが、その後、
この点につき、当第三者検証委員会は、重要な調査・検証事項の一つと捉え、清水社長や同行者らから徹底したヒアリングを行ったが、官邸の誰から、具体的にどのような指示ないし要請を受けたかを解明するには至らなかった
と書かれていることからすると、「官邸からの指示ないし要請はあった」と「推認」されるが、「官邸の誰がどのように指示したかが特定できなかった」という趣旨であることは明らかである。
実際に、この検証委員会報告書公表についての報道では、「官邸からの指示」が重く扱われている(日経新聞6月17日朝刊「指示、官邸の意向か」「官邸の圧力未解明」等)。
そして、報告書では、その後の記述で、
重要な事柄をマスコミ発表する際には 事前に官邸や保安院の了解を得る必要があり、対外的に「炉心溶融」を肯定する発言を差し控えるべきとの認識が、東電社内で広く共有されていた可能性が濃厚である。
本件事故当時の原災マニュアルに「炉心溶融」の判定基準が記載されていたことを知っていた社員もいたが、技術委員会において「炉心溶融」 や「メルトダウン」の定義・判定基準が問題となっているという事実を知らず、また、原子炉の物理的現象を示す言葉としての「炉心溶融」に定義がないこと から、技術委員会への対応が社内において問題視されることもなかった。
平成23年3月18日、新潟県知事に対する東電社員らの説明の際に、「炉心溶融」を否定する内容と受け止められる説明を行ったものと判断し得る。しかし、前記のとおり、当該社員らが、意識的又は意図的にそのような説明を行ったものとは認められなかった。
東電が技術委員会に対して、「炉心溶融の用語の定義がない」 旨誤った説明をしていたことは明らかである。その説明が不正確かつ不十分 なものであったことは明らかであるが、それが故意ないし意図的になされたものとまでは認められない。
などと、述べている。
東電側には、「炉心溶融」の隠ぺいの意図はなく、技術委員会への対応は不適切だったが、それも原災マニュアルの判定基準を知らなかっただけで悪意ではない、東電の側ではなく、「炉心溶融」という言葉を使わないように指示した当時の(民主党政権の)「官邸」が悪かったのだという、思い切り「東電寄り」の認定を行っているのである。
「第三者委員会」として、独立かつ中立的な立場で行われた調査とは思えない。
そもそも、東電が「炉心溶融」という用語を意図的に避けていた疑惑が生じた発端は、3月14日夜の記者会見に臨んでいた武藤副社長が、その席上、東電の広報担当社員から、『炉心溶融』などと記載された手書きのメモを渡され、「官邸から、これとこの言葉は使わないように」との耳打ちをされたことが記者会見のテレビ映像に残されていることだった。
報告書は、テレビ映像に残された「手書きのメモを示しながらの耳打ち」と、それを行った広報担当社員が、その指示を清水社長から直接受けたと説明していることを根拠に、「官邸の指示ないし了承」を「推認」している。
つまり、客観的に明らかな「記者会見での耳打ち」の事実、つまり、調査の前提事実だけで、「官邸からの指示」という依頼者の東電にとって有利な事実を認定しているのであるが、この「記者会見での耳打ち」を「官邸からの指示」に結びつけることには、いくつかの重大な疑問がある。
第一に、「官邸からの指示」について、清水社長に対しては、複数回のヒアリングを実施し、同社長に説明を求めたが、同社長の記憶が薄れている様子であり、明確な事実を確認できなかった。
また、清水社長に同行した小森常務らのヒアリングの結果からも、明確な事実を確認するには至らなかった、としているが、清水社長は、震災の2日後の3月13日に記者会見を行って以降、姿を見せなくなり、めまいや高血圧で入院するなどして、公の場に姿を見せたのは事故から1ヶ月目の4月11日だった。
つまり、清水社長が行った福島原発事故への対応は、極めて僅かなものでしかない。そのような清水社長が、「炉心溶融」という言葉を使わないように官邸から指示を受けたのだとすれば、それは強烈に印象に残っているはずだ。
「記憶が薄れる」などということはありえない。重大な原発事故を起こした企業の経営トップでありながら、長期にわたり公の場に現れないなど無責任極まりない対応を行った清水社長の説明は、到底鵜呑みにすることはできないはずだ。
第二に、この時広報担当者は、なぜ、武藤副社長に手書きのメモを渡す際に、わざわざ、マイクに音声が残るような「耳打ち」を行ったのであろうか。
もし、本当に官邸側からそのような指示があったとすれば、そのようなことは、むしろ、絶対に秘匿しようとするのが通常のはずだ。それを、手書きのメモで伝えるだけではなく、わざわざ声に出して「官邸からの指示」のことを伝えるだろうか。
なぜ、そのような無神経な「耳打ち」が行われたのか、そのような武藤副社長への伝え方も清水社長が意図的に指示したのではないかという疑問もある。
これらからすると、「炉心溶融」という言葉を避けるというのは、清水社長自身の意向で、それを官邸側に責任を押し付けるために、「官邸からの指示」の事実を「創作」した疑いもないとは言えない。その点も含めて、十分な事実解明を行わなければ、「官邸からの指示」など「推認」できないはずだ。
私も、原発事故に関連する企業不祥事に関して、第三者委員会委員長として調査検討を行い、報告書を取りまとめたことがある。福島原発事故が発生した2011年に表面化した、玄海原発再稼働をめぐる県民説明会に対して九州電力社員が組織的に行った「やらせメール」問題に関して九州電力が設置した第三者委員会だった。
この問題では、第三者委員会の中間報告書で、古川康佐賀県知事が九電幹部と会談した際の発言が発端となって、組織的な「やらせメール」の送付が行われたことを認定した。
その会談での発言については会談に同席した九電幹部のメモがあり、しかも、委員長の私が直接、古川知事に発言の外形的事実を確認し、古川知事は、自ら記者会見を開いて、その事実を認めていた(ただし、「再稼働賛成の投稿を求めたのは『真意』ではなかった」としていた。)。
それでも、その古川知事発言を第三者委員会報告書に記載することについて九州電力側が反発し、報告書公表後、第三者委員会との対立が生じた。(拙著【第三者委員会は企業を変えられるか】毎日新聞社)
古川知事の側の「真意」がどうであれ、九州電力側に知事発言が伝わり、それが発端となって組織的な「やらせメール」が送信されたことは客観的事実なのであるから、それを、問題行為の動機・背景に関する重要な事実として調査結果に含めるのは当然だろう。
しかし、そのような不祥事の当事者の企業にとって外部者の行動・発言を、当該組織が設置した第三者委員会で認定する際は、それ自体が、その外部者に影響を与える可能性があり、特に相手が政治家の場合は、重大な政治的影響を生じさせる可能性があるので、事実認定を慎重に行わないといけない。だからこそ、古川知事への確認、佐賀県職員からのヒアリング等も行い、慎重に事実認定を行った。
それと比較すると、今回の東京電力の第三者委員会のやり方は、あまりに粗雑だ。
そもそも、知事発言について九電幹部のメモという客観的証拠があり、知事も認めていた九電「やらせメール」とは異なり、「清水社長から広報担当者への指示」という間接的な事実があるだけで、「官邸からの指示」に関する直接的証拠は全くない。
このような証拠関係で「官邸からの指示」を「推認」するというのは、それによって、依頼者の東京電力に有利な認定を行おうという意図がなければ考えられない。
舛添氏の問題で、あれだけ厳しい批判を受けた佐々木弁護士が、その「第三者調査」も大きな原因となって都知事辞任に追い込まれた直後に、別の問題の「第三者調査」について、同様に依頼者寄りの事実認定を行い、平然と記者会見で説明していることには、驚きを禁じ得ない。
長谷川豊氏のブログ【最悪の幕引きとなった舛添狂奏曲】でも、舛添氏を担いだ都議会与党は、次の都知事候補のことなどで騒いだりせず、舛添氏の問題についての責任を感じて、1回お休みをしたらどうかと述べているが、それは、第三者調査で厳しい批判を受けた佐々木善三氏についてもいえることだろう。
このような「第三者調査」をのさばらせておいたのでは、弁護士の第三者調査そのものへの信頼が著しく損なわれてしまうことになりかねない。
(2016年6月17日「郷原信郎が斬る」より転載)