台風30号(国際名:ハイヤン、現地名:ヨランダ)が、8日午前にフィリピン中部へ上陸した。事前予測は最大風速87m、最大瞬間風速98m。2005年にアメリカで発生したハリケーン・カトリーナに匹敵する「観測史上最大規模の台風となるのではないか」と想定されていた。
フィリピン中部では10月15日、マグニチュード7.1の大地震が発生したばかり。その直後、各地で復旧作業を続けていた最中の巨大台風到来である。アキノ大統領は「真の危険が差し迫っている」と国民に警告、政府は警戒を強めていた。また、フィリピンへの日本人渡航者は昨今急増しており、2009年32万人、10年35万人、11年37万人、12年41万人と上昇傾向、13年も前年同月比8~10%増となっている。偶然、筆者もフィリピン・セブに居合わせていたため、現地の状況をお伝えしたい。
まず、台風前夜の11月7日昼、政府から各法人に「避難警告」が発せられた。そして同日18時頃、それは「避難命令」へと切り替わった。翌8日における営業活動を禁ずる内容だ。これにより、大型モールやオフィス、学校など、セブのほぼ全ての施設が業務活動を停止した。日本人を含め、セブには語学留学目的の滞在者が多い。沿岸に位置する語学学校の多くは7日から臨時休校となり、モノをロープで縛り付けるなど、入念な事前対策を行っていた。
台風がその脅威を振るい始めたのは8日10時前後。セブ市内ほぼ全域が停電・断水となったのも、この頃である。水道は電気でポンプを動かしているため、停電となれば断水も免れない。なお、今回は水道管の破裂を恐れた政府の判断で、早朝から意図的に断水されていた地域もあったという。
貯水タンクや自家発電設備がある大型ビルを除き、セブ市内では停電・断水が1日中続いた。筆者が滞在するセブ中心部のビジネスタウン・ITパーク内では歩行者が見当たらず、各ビルの自家発電の作動音だけが不気味に響き渡り、街はゴーストタウンと化していた。しかし、8日18時過ぎになると、セブ中心部から徐々に生活インフラが復旧し始めた。
ITパーク周辺に長期滞在中の田澤玲子(仮名・27歳)は「6日にスーパーへ訪れると、ロウソクやライトが非常に売れており、各家庭が自主的に備えをしているのが判りました。7日16時頃になると、既に肉・魚などは置かれておらず、アヤラ(セブ最大級の巨大モール)の食料雑貨店も閉まり始めました。8日は一日中ビルに滞在し、早めに食事の準備を済ませ、生活用水を蓄えておきました。結果的には、ほぼ普段通りの生活を送れましたが、やはり市内がどんな状況で、明日以降スーパーや食料品店がどの程度機能するかが心配です」と語る。
日系最大規模の語学学校・QQイングリッシュには8日早朝から、留学生約100名、任意の一部講師・その家族約70名が避難していた。理事長の藤岡頼光は、台風が過ぎ去った後の心境をこう話す。
「今は『ほっ』としています。と言いますのも、当初の情報から『壊滅的なダメージ』を想定していましたが、『思っていたよりもひどくない状況』で済みました。台風直撃が判明した時点で、我々は1週間分の飲み水として4ガロン150ボトル、更に1週間分の食料を確保しました。また、停電時には自家発電を4〜5日間できるだけの燃料も備蓄しました。1週間無事に過ごせば、必ず各国からの救援物資が届きます。ただ、今回の台風通過後の状況を見るに、市内の生活インフラも直ぐに復旧するでしょう。台風がセブから少し北へ逸れたおかげですが、その分、フィリピン有数のリゾート地・ボラカイの状況が心配ですね」
同校へ避難中のフィリピン人と話してみると、予想以上に落ち着いていた。13年前、セブは台風直撃により生活インフラが2カ月停止した経験がある。しかも、セブはフィリピンの首都マニラと異なり、台風が通過すること自体が珍しい。冷静になれている理由を尋ねてみると、詳細な情報を各個人が持っていたことが強く影響していた。フィリピン国内は元々、英語、タガログ語、セブアノ語など、多種多様な言語が飛び交っている。だが現在では、各個人が各々求める言語での情報メディアが存在し、貧困層も含め、ほぼ全ての住民が詳しい情報を事前に入手していた。
藤岡は「10月の大地震がある意味、良い教訓になっていた。我々が災害時にどういう態度を取るか、彼らもイメージが出来ていた。また、ITパーク内の各企業は、普段から政府より避難訓練を義務づけられていますので、これも事前準備として良かったですね」と語った。大手メーカーに勤務しており、同校への留学1週間目の安達晃三(32歳)は「大地震発生時のQQの対応を、話に聞いていました。今回の台風到来時も、トップ自ら説明に立たれており、本気で対応されているのを感じました。家族・友人からは色々と心配の連絡を受けていましたが、安心して避難生活を送ることができました」と話す。
9日早朝、ITパーク周辺では、所々で吹き飛んだ戸板や倒れた樹木を目にした。iCenterの店内からは商品が姿を消し、ドアは厳重に施錠されていた。しかし、「水浸しで歩けない」という状況ではなく、タクシーも動き出し、スターバックスやセブンイレブンは営業を再開している。セブ中心部に関して言えば、住民は普段の生活を取り戻し始めている。