■話題が豊富な2014年
2014年というのは、実に話題が豊富な年だった。印象的で記憶に残るニュースが目白押しだった。実際他の情報ソースを見ても、今年は10大ニュースに関わる記事は明らかに例年より豊富だ。昨年末も10大ニュースをまとめてみようと取組んだのだが、あまりコメントしたくなるようなニュースが集まらず、忙しかったこともあって見送ってしまったことを思い出す。それに比べると本年は、10件に絞るのに苦労する感じだ。
しかも、自分がこれはと思ったニュースを並べてみると、例年以上にそこにストーリーの繋がりが見えてくる。せっかくなので、今年は単なる10大ニュースではなく、『10大潮流』と銘打って、いくつかの関連するニュースをまとめてその背後にあるストーリーのほうに着目してみたい。
1. 人工知能元年/進むデジタル革命
本年、年明け早々に、 Googleがイギリスのディープマインド・テクノロジーズという創業3年目の人工知能関連のベンチャー企業をフェイスブックやバイドゥ等との競争に勝って、推定4億ドル以上で買収した、というニュースが飛び込んできた。このニュースの背景を調べてみると、近年、人工知能、中でもディープ・ラーニングという自ら学習して進化する人工知能の分野の研究開発や研究者獲得合戦が起きていること、そして、この人工知能が驚異的なポテンシャルを持っていて、近い将来人間の仕事を奪ってしまうどころか、果ては人間を追い越してしまうのではないかという議論がかなり真面目に交わされるようになっているということがわかってくる。理論物理学者のスティーヴン・ホーキングや、宇宙開発や電気自動車の起業で知られるイーロン・マスクなどの、超のつく有名人が、人工知能が将来人間の脅威となる危険な存在であることを予言して話題になった。
しかも、人工知能だけではなく、3Dプリンター、ロボット、AR技術等、デジタル技術を中心に、関連技術も驚くほど進化している。『デジタル革命』というのは、若干手垢がついた誤解を招き易い言い方だが、そう表現するしかない、複合的かつ爆発的な技術進化が起きているし、これからさらに飛躍的に進化しようとしている。それをひしひしと感じた一年だった。
2. 格差問題がクローズアップ
『富めるものが富めば、貧しい者にも富が滴り落ちる』とする、トリクルダウン理論は、グローバリズムを是認する『自由主義』の理論的支柱ともなってきたが、どうやらそれは幻であったことが明らかになりつつある。つい先日(12月9日)も、 OECDはその報告書で、トリクルダウンをオフィシャルに否定し、所得格差が経済成長を損なっていると指摘している。米国でも、日本でも、所得格差は拡大する一方で、先進国における中間層の没落が世界的な問題として扱われるようになってきた。格差の構造を分析した、フランスの経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』*1は、本年4月に英語版が出版されると世界的なベストセラーとなった(12月には日本語の翻訳本が出版された)。
3.『覇権国家ゼロ状態』は近い?
ベルリンの壁崩壊に象徴される、共産主義陣営崩壊後の世界は、米国が唯一の覇権国であり、9.11後のテロとの戦い、リーマンショック等、その覇権を揺るがす大事件があって相対的なパワーはダウンしたものの、それでも世界共通になりうる指導的な理念が他に見つからないこともあって、米国のリーダーシップを軸に資本主義や民主主義が次第に世界に広がっていくとのコンセンサスは、少なくとも先進国では漠然とではあれ共有されてきたと考える。
だが、もしかするとそれは、もはや過去の幻想になろうとしているのではないか。2014年は、NATOの拡大に脅威を感じてウクライナに進行したロシア、イスラム国の建国、従来では考えられなかったタイでの強権的なクーデター、香港のデモ、あやうく住民投票で大英帝国を離脱しかかったスコットランド等、従来の世界の秩序がゆらぎ、各国がバラバラに行動し始める、いわゆる『覇権国家ゼロ状態』が垣間見えた年だった。
4. 日本のサイエンスの権威の失墜(相次ぐ不祥事)
この一年メディアを最も騒がせたのは、一連のSTAP(スタップ)細胞関連の事件であったと言っても過言ではないだろう。本件は、小保方晴子氏という希代のパーフォーマーにどうしても目がいきがちになるが、理化学研究所という、過去ノーベル賞受賞者を何人も出し、国際的にも評価が高い組織のガバナンスがおかしくなっていることが白日の下にさらされたことにこそ重要な意味がある。
一方、日本の医学界の最高峰、東京大学医学部もこのところ何かがおかしい。白血病治療薬の臨床研究での製薬企業との癒着、アルツハイマー病研究の国家プロジェクトでの研究者のデータ改ざん、現役教授が過去に他大学で関わった臨床研究での逮捕者等、これまた従来では考えられなかったような事件が相次いだ。
5. 再生医療分野はテイクオフ前夜か?
本年9月、理化学研究所と先端医療センター病院のチームがiPS細胞を用いた世界初の移植手術に成功した。STAP細胞の一連の事件の影響もあってか、広報も大変謙虚で慎重だが、これは素晴らしい成果に思える。京都大学の山中伸弥教授が2007年にヒトiPS細胞の作製に成功してから7年、実際に患者に移植できる段階に到達し、iPS細胞を使った再生医療がとうとう現実のものになった。すでに、パーキンソン病や血小板減少症、重症心不全でも準備が進んでいるという。過度な期待は禁物だが、遺伝子解析技術等を含めて、医療技術の進化が臨界点を超えて急激な進化を始めるのではないかという期待感は高まっている。
6. イスラム国の衝撃
本年6月、突如、『イスラム国』なる独立国が樹立されて、世界に衝撃を与えた。しかも、ネットメディアを効果的に利用して、非常に残忍な処刑の様子まで世界中に流すような宣伝手法は、ネットメディアの利用がこんなところにまで普及し浸透していることを世に知らしめた。
さらには、参加者の半数は外国人で、欧米人も多数参加しており(欧米からも3000人と言われ、フランスが700人、イギリスが500人、ドイツが400人に上っている模様)、日本からも大学生が参加しようとしていた。仕事につけず将来への希望が持てなかったり、貧富の差が広がることによる不満が蔓延するようになると、問題の原因が西欧の文明や価値観にあるとする主張に西欧化された社会内にも反応する者が出て来ることは想定内だが、まさかこのような形で現れて来るとは、さすがに驚きの念を禁じ得ない。
7. サイバーテロ(ソニー・ハック事件)の波紋
11月24日(現地時間)、ソニー・ピクチャーズエンターテインメントが配給する、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第一書記の暗殺計画を描いたコメディー映画(ザ・インタビュー)に対して、ソニーを標的にした大規模なハッキング事件が起きた。さらに、そのハッキングに関与した『平和の守護者』と称するグループからネット上に脅迫めいた警告文(この映画を上映する劇場にテロ攻撃を行うことを宣言)が送りつけられて来た。これを受けて、米国の大手劇場チェーン4社が上映中止を決め、一旦はソニーは公開を断念した。
だが、米国政府としては、テロ攻撃が有効であるという事例を残すわけにはいかない。FBIは今回の事件について犯人を北朝鮮と名指しし、オバマ大統領は報復措置を約束すると同時に、映画公開を中止すべきではないと呼びかけ、実際に報復攻撃を行った。映画も公開された大ヒットしている。犯人についても、中国関与説、内部犯行説など様々な憶測が飛び交っていて、いまだに本件の余波はおさまっていない。
結果はどうあれ、米国企業が比較的簡単にサイバー攻撃に屈する事例となってしまったことは確かだ。同様の事例は手を替え品を替え、今後激増する懸念がある。
8.『解釈』で変わる憲法
今年は憲法に関わる非常に大きな出来事があった年というべきだろう。憲法の解釈変更による集団的自衛権の行使容認である。従来は、集団的自衛権の行使の容認には憲法改正が必要との判断だったのが、解釈を変えて、現行の憲法でも行使可能ということになった。これを容認するなら、憲法改正をしなければできないことの境界線は、内閣が変わる毎に閣議決定による『解釈』次第で如何様にも変わっていくことになる。実際の世界情勢を勘案して、集団自衛権を認めるのが妥当と判断するかどうかはここでは問わないが、戦後のレジーム/安全保障政策がはっきりと転機を迎えたことは間違いない。
9.『ミネイロンの悲劇』の意味するところ
今年は4年に1度のワールドカップイヤーだった。残念ながら、日本代表が期待された成果を達成できなかったこともあり、今ではあまり振り返ろうとする人も少ないのが実情かもしれない。だが、『ミネイロンの悲劇』と呼ばれた開催国ブラジルの惨敗(ドイツが7-1で完勝)は、サッカーという一競技の枠を超えて、非常に象徴的な意味があった。
高度に科学化/情報化/データ化され、偶然性が介在する余地を失くすことを勝利への最適解とするドイツサッカーが主流になることで、強者がデータと科学的な分析で徹底的に武装し、弱者を容赦なく叩く、という風潮を助長する恐れがあるとの懸念をいち早く表明した東京外国語大学大学院教授の今福龍太氏の言説は、私も非常に感じるところがあり早々にブログ記事を書いた。
10. 今年も『恒例』の異常気象
もはや異常より、『普通』のほうが珍しいくらいだ。今年も、大雪、5月に多発した真夏日、噴火、超大粒のヒョウ、爆弾低気圧など、まさに目白押しだった。もはやあたりまえになった異常気象。本当のところ地球に何が起きているのか。何かが起きていることはもう間違いない。
■これから時代が動き出す
ベースとして選んだニュースは、多少は私自身の好みのバイアスがかかっていることは認めざるをえないとはいえ、他の媒体でも10大ニュースとして評価されているものばかりだ。そのニュースを元にこれほどのストーリーが語れてしまう2014年は、古い時代に築かれた構築物や現象がいよいよ本格的に崩壊し始め、新しい時代がその姿を明確に現し始めた転換点として、歴史に評価されていくように私には思える。
そして、本当に2014年が、『潮流の変化/新たな胎動の年』だったとすると、方向がある程度定まったことによって、今度は猛烈なスピードで時代が動き出すことが予想される。このスピードに振り落とされないためにも、年末のこの時期に2014年の意味を自分なりに整理し、分析しておくことには大きな意味があると思う。