毎年1月はラスベガスで開催される見本市CES(Consumer Electronics Show)などニューモデルの季節だが、昨年、タブレットが出荷台数でPCを逆転したといわれる。
タブレットではiPadのシェアが高いのでアップルが世界最大のコンピュータメーカーだという見方もある。一方、スマートフォン市場は、iPhoneとAndroidが激しくシェア争いを繰り広げていて、世界ではAndroidが約5倍売れているともいうが、日本ではiPhoneが上回っている。
2000年代半ばにクラウドコンピューティングという考え方が生まれ、2007年のiPhoneで決定的となった。それから5年ほどが経過して十分普及したことで、いままで使われてきたPCやMacOSと、これらモバイルOSの位置づけが大きく変化しているわけだ。
それでは、こうしたトレンドがこのまま続くのかというと、そう甘くないのがこの業界である。
2020年には、世界の人口は77億人となり、ネット人口は40億人に達するという見方がある。その間にも世の中のあらゆるものがクラウドの中にすいこまれていくことになるだろう。先日までは「クラウド」のほうが特別だったが、いまや企業内でハードウェアを自前で管理するほうを「オンプレミス」(on premise=構内で)と特別に言うようになりつつある。
そんなわけで、ネットを動かしている主要なプラットフォーマーは、いずれもこの領域でなんらかのアクションをとってきている。それは、いままで我々が使ってきたPCやMacが、これからどうなるかということでもある。CESで発表された1つ1つの製品を見ることもさることながら、むしろ少し引いた視点でも見ておくべきタイミングである。たとえば、ちょっと気になる動きだけでも以下のようなものがある。
もちろん、こうしたことの外側では"スマートテレビ"とか、Google GlassやiWatchみたいなウェアラブル、コンピュータが身の回りに溶け込んで"インビジブル"になるという議論もある。しかし、気になるのは、我々の創造性を支える道具としてのコンピュータを誰がどんなふうに作っていくのかだ。ということで、以上の6つについてもう少し触れてみる。
■ PCだってクラウドで動かしちゃえ──アマゾン
昨年11月、アマゾンが発表して試験運用がはじまっているのが「Amazon WorkSpaces」というサービスだ。いままで、同社のクラウドは企業内の"サーバー"などに取って代わるものだったが、今度は、個人の机の上のWindowsマシンをそっくり動かしましょうというものだ。画面から登録するだけでWindows環境が手に入り、Microsoft Officeを入れたり、いま使っているPC環境をクラウドに移行して動かすこともできる。それを、アマゾンのKindle HDや、iPad、Androidの画面をディスプレイにして使うものだ。。
いまのところ企業向けに月額数十ドルで提供されているが、これは個人でも使えると楽しそうだ。こうしたバーチャル環境は、いままでVMWareなどがあつかってきたが、アマゾンがやるというあたりに薄ら寒いほどの可能性がある。PCという20世紀後半に花開いたパソコンという機械の終わり方としては、こんな残骸の残し方がいちばん迷惑がかからなくてよいのかもしれない。
■ Chrome OSとAndroidの落とし前をつける──グーグル
コンピュータ業界で議論される技術のうち"HTML5"ほど、リベラルなイメージを持ったものはない。ウェブ技術だけでPCソフトウェアに匹敵する体験が得られるのなら、マイクロソフトが築いてきたPC帝国を無力化できるかもしれない。『アップルvs.グーグル: どちらが世界を支配するのか』(フレッド・ボーゲルスタイン著、依田卓巳訳、新潮社刊)を読むと、両社がいかに対マイクロソフトで協力した時期があったかが書かれている(HTML5についてはあまり触れてはいないが)。
ところが、いまiOSが売れまくり、Androidがその何倍も売れているとなると、アップルやグーグルのほうが支配力を持ってきている。両社の違いは、アップルがハードウェアメーカーで、グーグルが検索広告の会社であることだ。そこで、グーグルだけが、同社のウェブブラウザ「Chrome」でHTML5アプリを動かす「Chrome OS」を推進しているわけだ。
これを搭載したのが「Chromebook」というノートPCだが売れているのか? と思ったら、最近のニュースでは米国の企業向けノート市場の一角を占めるまで伸びてきているという。
理由は、低価格に加えて、2014年に予定されるWindows XPのサポート終了、ウェブだけで済む仕事が増えたこと、企業なら管理の容易さもありがたいだろう。ChromeOSとAndroidでは、一見矛盾する性格にも見えるがどうするのか?
日本アンドロイドの会の人に聞いたら、将来的に1つにまとめるという見方があるそうだ。グーグルの広告ビジネスという部分ではあまり変わらないからだろう。
■ どっこいWindows + Androidエミュレータが来る?
私の場合は、PCでKindle(日本版)が読みたいと思って「BlueStacks」(ブルースタックス)というソフトウェアに興味を持った。PCやMac上でAndroidがまるごと動いてしまうというエミュレータで、ウィルス対策ソフトのマカフィーの元CTOが立ち上げた会社が作っている。こういう世界はマニアックなものだと思っていたら、インテルがWindowsでAndroidをエミュレートするプラットフォームをやっていると認めた。
これのポイントは、Windows + モバイルOS(あるいはタブレット向けUI)というのは、マイクロソフトがWindows 8で考えたシナリオそのものだということだ。インテルが昨年提唱した"ハイブリッド"もまだこれからという感じだが、これは表と出るのだろうか? 少なくとも、Windows 8のモダン環境より、使い慣れたAndroidのほうがいいという人は多い。もっとも、その延長上に見えてくるのはインテルも考えているPCの感覚で使うAndroidへのシフトだろう。
■ 8インチWindows 8タブレットの正体はなにか?
マイクロソフトのウェブサイトに行くと「Surface RT - 最初の Microsoft タブレット」と書かれている。Windows RTは、やはりタブレットを想定したOSだと思うのだが、それではなぜクラシック環境まで持つ必要があったのか。タブレットの魅力はシンプルさであって、タイル画面だけで、iPadと正面から戦うべきだったのではないか?
もっとも、タブレット市場は、iPadの牙城はなかなか突き崩せないという話があって、Androidが健闘しているのも7インチだといわれている。実のところ10インチクラス(iPadは9.7インチ)と7インチクラス(GALAXY TabやNexus 7などは7インチで、iPad miniは7.9インチ)は、少し性格が異なるデバイスだ。前者は、米国で"メディアタブレット"という言葉があるようにコンテンツプレイヤーの性格が強く、後者は、システム手帳的に持ち歩いて使う情報端末的な性格が強い。
仮に、Windows 8がいままで使ってきたソフトウェアがそのまま使える情報機器という性格が強いのなら、最初から7〜8インチを出すべきだった。ところが、マイクロソフトは逆にWindows 8で、7インチや8インチのタブレットを認めなかった。もっとも、いま8インチのWindows 8が売れているのは、ハードウェア的な完成度が上がって、紙のような薄さ軽さ(iPad miniの331グラム=WiFiモデルに対してレノボのMiix 2 8はPCにもかかわらず350グラムだ)とギリギリの操作性のバランスの上にある。こんなミラクルなものは予測できなくても、バルマーを責めるスジではないのかもしれないが。
それでは、Windows 8は、これからどうなるのか? 一説には、同社は、Windows RTやWindows Phoneのライセンスを無料にするという。しかし、確実に市場があるのはやはりWindows 8だろう。"艦隊これくしょん"や"World of Tanks"といった追い風があるという話もあるが、コンピュータも生物の進化と同じくひたすら複雑化していくのかもしれない。1964年代に誕生したIBMの銀行で使われているような大型機アーキテクチャが消えないように、50年くらいは生き残る可能性もある。
■ iPhone、iPadの次に、アップルがめざしてほしいこと
Macについても、Windowsと似たような状況はあって、Mac OSにiOSがつくという噂があるそうだ(iOSの中身はMac OS Xだが)。MacBook Airは、モバイルのスタンダード的な立ち位置になってきているし、iPhoneも、iPadもきれいにすみ分けされているからその必要があるかどうかは疑問だが。それよりも、個人的にアップルに期待したいのは同社が11月に買収した「Prime Sense」というモーションコントロールの技術をどう生かすかである。NUI(ナチュラル・ユーザー・インターフェイス)について、アップルは、音声エージェントの「Siri」があるし、iPhone 5sでは「M7モーションコプロセッサ」ものせた。
インテルも「RealSense」というモーションUIの技術を持っているが、アップルには、会議室での大型スクリーンを前にしたやりとりをエレガントなものにしてほしい。これは、"iTV"と呼ばれていていまだスケジュールも聞こえてこないアップル製テレビとも関係すると思う。先日、パナソニックの4Kテレビ(スマートビエラ WT600シリーズ)で、最大27チャンネル24時間のラテ欄表示を見せてもらったときに、未来のテレビは情報ディスプレイでもあると確信した。ということは、自在に画面上のオブジェクトをあつかいたいからだ。
■ フェイスブックがグーグルになる、つまりスマートフォンも作る
世界の20億のネット人口の約半数がフェイスブックを利用中だそうだ。ソーシャルメディアだから人のつながりはもちろんのこと、主要な写真やビデオのアップロード先であり、スケジュールや人の行動や趣味も記録される。昨年末に、グーグルのエリック・シュミット会長が「ソーシャルネットワークの興隆を予期できなかったのは私の最大の失敗だ」と述べたのもこのためだ(米Bloombergによる)。日本でもベータ版が始まっている「グラフ検索」によって、自社だけがフェイスブックの中身を独占的に検索できる。グーグルにとっては、ネット人口の半分の行動に対して目隠しされたような気持ちだろう。
一方、1年ほど前に話題となったフェイスブック製のスマートフォンは、「Facebook Home」というホームアプリだったというオチだった。しかし、同社は"Open Compute Project"(サーバーを大量導入するプラットフォーマーの立場でハードウェアを見直す)でハードウェアメーカーをあせらせた会社である。実は、スマートフォンを設計するプロジェクトはいまも進行中だという。これは昨年8月に、同社が世界中の人にインターネットを届けるために設立した団体internet.orgで明らかにされた。ちなみに、スマートフォンに関しては、噂レベルの情報しかないがアマゾンも「Kindle Phone」を開発だといわれている。
スマートフォンは、インターネットで地図や写真や動画などの閲覧が可能になったこと、モバイルの通信環境が整備されてきたことによって可能になった。そのように、iPhoneがリッチインターネットに対するアップルなりの答えだったのだとすると、ネットにすべて帰っていくべきだとも思えてくる。そのときには、ハードウェアもネットと同じように限りなく誰にでも開かれているべきだという議論にもなるだろう。現状、モバイルしか想定していないが、Mozilla財団のFirefox OSは、そういうことだと思うのだが。しかし、主要なプラットフォーマーはいずれもこれからのコンピュータについてまだまだやる気でいる。というよりも、ハードウェアの役割が今後ますます大きくなると考えている。
※本原稿は2014年1月7日のASCII.JP掲載の「2014年、コンピュータは大きな岐路に立っている」と同じものを掲載していますが、その後のニュース等で明らかになった情報を一部追加しています)。