15万人のスティグマ:AVAN代表 川奈まり子さんの話を聞いて

意に反してスティグマを押し付けられる被害は可能な限り未然に防ぐべきであり、既に発生してしまったスティグマの被害には十分な対処が必要だ。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」の3回目、ゲスト講師による講義の2回目は、作家で一般社団法人表現者ネットワーク(AVAN)代表の川奈まり子さんをお迎えした。

しばらく前から、いわゆるAV強要問題が話題となっている。NPOなどの活動により意に反してアダルトビデオ(AV)に出演させられた女性たちの被害の実態が明るみに出たことから社会問題化し、強要容疑での逮捕者も出ている。

AV強要容疑 モデル募集サイト運営者を再逮捕 大阪府警

毎日新聞2017年6月20日

さまざまな論者がこの問題について意見を述べていたが、その中で、多くの場合「被害者」と表記される女性を「表現者」と位置付ける主張をしておられたのが川奈さんである。川奈さんが代表を務める一般社団法人表現者ネットワーク(AVAN)という名称も、この考え方に基づいているのだろう。

もちろん脅迫や詐欺などによってAV出演を強要することが許容できるはずもないが、一部の例を取り上げて全体を断罪するのはおかしい、というわけだ。AVANは、出演者やクリエイターなどの「実演家」に「表現者」であるとの自覚を促し、表現者自身の権利保護と業界の健全化を推進しようとしているという。ぜひと講師をとお願いしたところご快諾いただいた。

前回同様、受講したゼミ生にレポートを書いてもらっているのでまずはそちらから。

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1 講義の概要

AV出演には2つの見方がある。

①売買春の一形態であり、搾取ないし性暴力であるとする考え方

この考え方では、AVに出演させること自体が人身取引にあたることになる。

②表現活動の一環としての演技であるとする考え方

この考え方では、AV出演は自発的な意思に基づくものである限り、一般の芸能活動と本質的には変わらない。

AV出演は、それが強要されれば人身取引(「搾取」を目的とし、暴力等の「手段」を用いて、対象者を獲得するなどの「行為」をすること。被害者が18歳未満の児童の場合は「手段」は不要)にあたると考えてよい。

しかし多くの場合、実際のAVの制作過程は一般的にイメージされがちな犯罪まがいのものではない。かつて出演強要のようなケースが少なからずあったことは否定できないが、現在は状況がかなり変わり「ホワイト」になってきているというのが業界人の一般的な感覚である。

AV業界の業界団体であるIPPA(特定非営利活動法人

知的財産振興協会)加盟社は約240社。主だった企業は都内を中心に数十社である。少なくともこうした会社では上記のような強要は今では考えにくい。

とはいえ、業界はこうした最近の状況について、必ずしも積極的に外部には説明してこなかった。業界の中に一部いる不心得者とひとくくりに見られてしまうことへの不満はあったものの、「作りもの」であることを強調することがAVの商品性を損なうとの懸念があったためである。

しかし、2016年3月に特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ(HRN)が報告書を発表して以降、AV出演強要問題が取りざたされるようになり、2017年3月には内閣府男女共同参画会議が政府の対策強化を求める報告書を発表、取り締まりが強化されるなど、業界に対する目は厳しくなってきている。

【報告書】日本:強要されるアダルトビデオ撮影 ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、 女性・少女に対する人権侵害 調査報告書

ヒューマンライツ・ナウ2016/03/03

若年層を対象とした性的な暴力の現状と課題~いわゆる「JKビジネス」及びアダルトビデオ出演強要の問題について~

男女共同参画会議 女性に対する暴力に関する専門調査会 2017年年3月

AV強要取り締まり強化 政府、全国警察に専門官

日本経済新聞2017/5/19

こうした動きを受け、業界や関係者の間で、さらなる対応への動きが出てきている。実演家のための団体であるAVAN設立もその1つだが、業界団体であるIPPAも2017年4月、外部の有識者委員会を立ち上げた。放送業界におけるBPOなどと同じように、責任が持てる範囲を決めたうえでその中で適正さを確保しようという試みである。5月、委員会は適正な手続きで制作される「適正AV」を提唱した。

AV問題 強要排除へ第三者機関発足 業界改善促す

毎日新聞2017年4月18日

第三者機関「AV業界改革推進有識者委員会」発足 提言を頂戴いたしました

IPPAプレスリリース2017年4月

新たなる「適正AV」ってなんだ?

AERAdot. 2017/5/31

現在、現役AV女優は約4,000人いる。既に引退した人を含めれば、AV出演経験者はおよそ15万人と推定される。

一般的なイメージと異なり、AV女優には高学歴者が少なくない。2014年1月~2016年12月に某大手AVメーカーが面接した女優1,264人の個人情報を取り除いた統計データを入手し調査したところ、大学、大学院など高等教育を受けた人の比率は日本女性全体における高等教育経験者の比率より高かった。

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現在、警察は、AV出演強要に関して、刑法だけでなく、「職業安定法第63条第2号(有害業務就業目的の職業紹介等)、労働者派遣法第58条(有害業務就業目的の労働者派遣)、労働基準法第5条(強制労働の禁止)、児童福祉法第34条第1項第6号(児童に淫行をさせる行為)その他関係法令の適用を視野に入れた取締りを推進する」こととしている。

アダルトビデオへの強制的な出演等に係る相談等への適切な対応等について(通達)

警察庁通達 2016年6月17日

しかしこうした「AV出演の犯罪化」が問題の改善につながるとは考えられない。悪徳事業者がアングラ化してさらなる被害が発生するだけでなく、AV出演をスティグマ(汚名、烙印)化してしまうからである。伝統的な「純潔思想」のように女性の聖性をまつりあげ、そこからはずれた女性を「傷物」として差別することで、当該女性の自己肯定感を低下させ、差別の内面化を強いるなど、かえって被害の深刻化を招く。

取り締まり強化の中で、結局不起訴になる案件での安易な家宅捜索や、既に引退した元女優を本人が関与しようもない違法流出映像に関して逮捕した事案などが起きている。保護のための対策であるにもかかわらず、当事者の意見を聞かずに決められており、一連の流れはAV女優に対する差別と考えられる。

AVANは女性の自己決定権を重視する。いまや女性はAVを作る側、楽しむ側ともなっており、AV出演も、自発的な意思決定に基づくものである限り、表現行為として個人の自由の範囲内であると考える。AV出演経験のある15万人が自らの経験を前向きにとらえていける社会をめざしたい。

2 感想

川奈まり子さんの講義を聞いて、私の中でのアダルトビデオに対しての考え方が大きく変わった。1つはアダルトビデオ業界に対する認識である。アダルトビデオの世界は出演強要などが当たり前の危ない世界だと思っていたが、業界全体の努力により現在ではかなり改善され、適正なAVが普及しているということがわかった。今まで、怪しげなものというイメージがあったが、他の業界と同じくきちんとした仕事であると認識することができた。

もう1つ大きく変わったのが、アダルトビデオに出演している人々への認識である。アダルトビデオの出演者は、経済的に恵まれていない人であるか、軽い気持ちで業界に入った人がほとんどだと考えていた。おそらくそれは私だけではなく、日本の多くの人が同じような考を持っているだろう。

しかし講義を聞いて、その考えは間違っているどころか、出演者の方たちにとても失礼なものであり業界にとってもマイナスであることに気づかされた。出演している方の多くが自分の意志で、表現者となることを望んで業界に入っていたという。よく知りもしないまま、AV業界というのはよくないところだと決めつけてしまうのではなく、しっかり実情を知った上で業界全体をみることは、私たちにできる数少ないことの1つだと思う。

川奈さんご自身もAVに出演しておられたという過去をお持ちだそうだが、私の持つAV女優のイメージとは全く違っていた。話す言葉はとてもきれいでわかりやすく、業界の、何より実演家として活動する女性たちのことを真剣に考えていることが伝わってきた。質問にもていねいに答えてくださり、大変勉強になった。

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ポルノグラフィへの出演を女性の自己決定権の範疇でとらえる主張は、日本ではあまり見かけないが、このような考え方は、フェミニズム界隈では長らく続く論争の一方の側、いわゆるリベラル・フェミニズムの考え方に近い。対するラディカル・フェミニズムの人々が、ポルノグラフィ全体を女性に対する抑圧や性暴力の容認につながるとするのに対し、リベラル・フェミニズムの人々は女性の自由な選択を重んじ、自発的な意思に基づくものである限り、ポルノグラフィにおいて自ら表現することやそれを楽しむことを女性の自由の範囲であるとしている。

この関連で思い出したことがある。Ogas and Gaddam

(2011)は、主に女性向けとなっているロマンス小説が小説本の市場では最大のシェアを占めていること、1990年代から2000年代にかけて、電子書籍の普及とともにロマンス小説のほとんどが性描写を増やし、生々しく描くようになり、「エロチックロマンス」というひとつのサブジャンルを形成するに至った、としている。

Ogi Ogas, Sai Gaddam (2011). A Billion Wicked Thoughts: What the

Internet Tells Us About Sexual Relationships. Dutton

ISBN: 978-0525952091

(邦訳:「性欲の科学 なぜ男は「素人」に興奮し女は「男同士」に萌えるのか」CCCメディアハウス 2012年)

アメリカロマンス作家協会(RWA)のウェブサイトをみると、2013年のロマンス小説売上は10.8億ドルと米国の小説売上の34%に達していること、ロマンス小説市場の中でエロチックロマンスは約3~4割(印刷本で33%、電子版で42%)を占めるであることなどが示されている。これらの作品の多くが女性作家によって書かれたものであることはいうまでもない。

エロチックロマンスを含むロマンス小説のジャンルは同人作家が多いことでも知られ、商業ベースに乗らない二次創作のファンフィクションや日本でいうBLにあたるスラッシュフィクションのウェブサイトがいくつもあって膨大な作品が投稿されている。日本でも、世界最大の同人誌即売会であるコミックマーケットの売り手側(サークル参加者)は女性が65.2%を占めるとの調査がある。成人向け作品を発行したサークル(全体では35.4%)も、女性(37.3%)が絶対数・割合ともに男性(32.1%)を上回る。

「コミックマーケット35周年調査」調査報告

コミックマーケット準備会・コンテンツ研究チーム 2011年12月

表現者として、また消費者として、女性が男性と同様、性的コンテンツを楽しんでいることは事実だ。その意味でポルノグラフィ全体を女性に対する抑圧とみる考え方は少なくとも実態にそぐわない(ちなみにロマンス小説では社会的地位や能力に優れた男性に愛される女性を描く作品が圧倒的に人気だ)。問題は、そのために実演家として出演する人(圧倒的に女性が多い)が意に反してそうさせられていないかどうかだろう。

AV女優たちの中に高学歴者の割合が高いという点は、もちろんこれだけ何かを証明しているわけではないが、少なくとも、私を含む多くの人々にとって意外な事実ではないだろうか。もちろん、彼女らの全員が納得ずくで出演しているということはなかろう。しかし、学生も書いているように、自分が何をしているかを理解した上で出演している女性たちも少なからずいるであろうこと、そして何より、私たちは彼女らを固定観念でみるきらいがあるということを自覚しなければならない。

現在でもAV出演強要の被害は発生している。警察庁は政府の男女共同参画会議の専門調査会で、2016年6月末までの2年半に全国の警察にAV出演強要被害の相談が22件あったと報告している。10代が4件、20代12件、30代3件、不明3件で、女性21件に対し男性も1件あったという。

AV強要って何法違反? 警察庁に聞いてみた 派遣法・労基法でも...

withnews 2016年12月19日

これは、毎年数千人がデビューするといわれるAV女優全体の中ではごく一部だろう。もちろん、一部だから無視していいというものではない。意に反して出演させられる被害は可能な限り未然に防ぐべきであり、既に発生してしまった被害には十分な対処が必要だ。

しかし、だからといって、自発的な意思でAVに出演した人にスティグマを押し付けることがあってはならないのではないか。おそらく、自発的な意思とはいっても、経済的に苦しいなど何らかの事情があって決断した、つまり「限られた選択肢」の中から「よりまし」なものとしてAV出演を選んだ人の方が多いだろう。しかし、そうだとしても、それを「弱者ゆえの誤った決断」としてしまうことは、問題の解決をかえって難しくするように思う。

このような考え方は、川奈さんも言及しておられたが、いわゆるセックスワークに関して2016年、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルがその非犯罪化を提唱する方針を打ち出したことを思い出させる。

アムネスティがセックスワーカーの権利保護に関する方針と調査結果を公表

2016年5月26日

セックスワーカーの人権を尊重し、保護し、実現する国家の責務に関するポリシー

2016年5月26日

【Q&A】セックスワーカーの人権を擁護する方針に関して

2016年5月26日

Decriminalization of Sex Work: Policy Background Document

日本語訳(私訳)

セックスワークの非犯罪化:ポリシーの背景を示す文書

ここでいう「セックスワーク」は「何らかの対価を伴う性的サービスの提供」、「セックスワーカー」は「金銭や何らかの対価(食料、住処など)のために性的な行為を提供する人」と定義され、「ポルノ映画や物品などの性的に露骨なエンターテイメントの制作は、「表現のあり方として保護された活動であるため、セックスワークからは区別され」るが、問題の性質は似ている。保護を目的とする施策がその当事者を苦しめたり社会から疎外してしまうことへの警鐘であり、善意の陰に潜む固定的な女性像の押し付けへの自戒でもある。

AV出演経験者15万人という数字は、多いようにもみえるが、日本に住む女性人口全体からすればごく一部だろう。しかし、上記とまったく同じロジックで、一部だから無視していいというものではない。意に反してスティグマを押し付けられる被害は可能な限り未然に防ぐべきであり、既に発生してしまったスティグマの被害には十分な対処が必要だ。

AV出演強要問題については、今後HRNの伊藤和子弁護士を講師としてお招きすることになっている。女性を守りたいという「ゴール」に変わりはなくとも、今回川奈さんからお聞きした話とは別の視点から別のご意見を聞くこととなるだろう。どちらが正しいと性急に判断してしまうのではなく、お話しをお聞きしたうえで、また改めて考えることとしたい。

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本件の講義動画はこれ。

動画:シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」第3回(講師:AVAN代表 川奈まり子様)

駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」に関する記事は以下の通り。

メディア・コンテンツとジェンダー 駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義の開講にあたって(2017年05月31日)

「男女の戦い」と「忘れられた人々」(2017年6月5日)

「多様性」は厳しい:サイボウズ㈱大槻様の講義を聞いて(2017年06月15日)

在京キー局 朝の情報番組出演者にみるジェンダー(2017年07月04日)

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