映画経験は俳優としての出演のみ。そんな2人が脚本と監督を務めて約1カ月間の北海道ロケを敢行し、2時間の長編映画を完成させた。制作費は150万円。映画の常識から考えれば、わずかな予算しかなかったが、地元の出演者やボランティアに支えられたという。タイトルは「足りない二人」。劇場公開に向けて2月16日までクラウドファンディングに挑戦する一方、海外映画祭への出品を目指して準備を進めている。
「足りない二人」は漫画に専念することを決意し、北海道の積丹に移住した2人の物語だ。移住から5年経って同棲生活は完全に行き詰まり、日々不満を募らせていく。新作を携えて東京の出版社に出向いても評価されず、「二人の実生活を漫画にした方がおもしろいんじゃないか」と言われる始末。勝負の一本として、自分たちをテーマにした作品にとりかかるが、男は「二人で描けば、絶対に面白いものになる」と希望を抱き、女は「二人でいるから、うまくいかない」と疑問を膨らませていく――。
監督・脚本・主演を務めるのは、佐藤秋さん(31)と山口遙さん(32)。2人はフリーランスで俳優として活動していたが、事務所に所属していないとオーディションの情報すら分からないため、なかなかチャンスをつかむことができなかった。
「現状を変えるには自分たちが主役の映画を作らなくてはだめだ」と自分たちで脚本を書くことにしたが、2人とも制作側の経験は全くなかった。当時について2人は「有名な監督の名声によって自分たちも売れたいと思っていた。今よりも自立心がなく、ダメな2人だった」と振り返る。
最初は佐藤さんが、次は山口さんが脚本を書き、意中の監督やプロデューサーのところに持ち込んだが、いずれも断られてしまった。「自分たちの居場所は、自分たちで作らないと生まれない」と腹をくくった2人は監督も兼任することを決意。作品のアイデア探しからやり直す中で、脚本を書いた経験がない2人が説得力のある物語を書くには、自分たちの境遇や感じたことを題材にするしかないと思い至ったという。
「今後の自分たちの活動の土台になる映画にしたい、という点では2人とも共通していた。自分たちのことを題材にすれば、一番説得力のある力強いものができるんじゃないかと思った」(佐藤さん)
「なんで生活してるかって言ったら、ただのバイトだからねー」
「人の企画に乗っかっているうちは、自分たちの好きなところに行けない」
「なんで普通に働いて、ご飯を食べて、それじゃ満足できないんだろう」
映画はフィクションだが、作中のセリフは、2人がこれまでに実感してきたことでもある。
約2年かけて脚本は完成。2016年1月に撮影を始め、真冬の積丹や小樽で約1カ月間のロケを敢行した。中心となるスタッフは4人で、衣装やメイク、進行管理などの作業は2人で分担した。カメラが回っている最中、翌日の撮影場所に関する連絡が電話で入り、撮影が中断することも。忙しさのあまり、翌日のスケジュールをきちんと書く時間がなく、移動中に手に書き、写真で撮ってスタッフにメールで送ったこともあったという。
こうした制作過程を聞くと、映画としての完成度が心配になってくるが、大丈夫だったのだろうか?
「撮影の間、家を丸ごと一軒貸していただいた。そこで生活していたので、干してある洗濯物や洗剤など、映画に登場するシーンは滞在していたそのままで、すごくリアル。小規模だからこそ、出せるものは出さなきゃと必死に考えてやったことが、映画としての厚みになっていると思う」(佐藤さん)
主人公のバイト先として登場する中華料理店では、その店の本当の店長がそのまま出演。移動に使う車や日々の食事を提供してもらうなど、資金が少ない中で地元の人々に助けられた。昨年秋の試写会で映画を見た人から奨められ、海外映画祭に出品する準備も進めている。
「伝えたいと思ったことは、この映画の中に入れられた。何かを変えたいけど、変え方が分からなくて毎日を過ごしている人に見てほしい。会話劇が好きな人には楽しめる映画になっていると思う」(山口さん)
劇場公開のため、2月16日までクラウドファンディングで支援を募っている。支援額に応じて、映画鑑賞券や脚本、監督付の上映権などが用意されている。プロジェクトの詳細は、https://a-port.asahi.com/projects/tarinaifutari/。
(伊勢剛)