出版物の推定販売金額は1996年をピークに減少し続けていますが、逆に新刊点数は書籍も雑誌も増え続けています。ここ十数年来「出版不況」と言われ続けていますが、分子が小さくなっている上に分母が大きくなっているわけですから、出版物1点あたりの売上は加速度的に小さくなっています。出版に関わる誰もがこの、出口の見えない迷宮に迷い込んだような状況に苦しんでいます。
『ツール・オブ・チェンジ――本の未来をつくる12の戦略』には、そんな「出版不況」を抜け出すためのヒントが詰まっています。これは、オライリー社が運営するコミュニティサイト "Tools of Change for Publishing (TOC)" に掲載された2012年内の記事から、60本超をピックアップしてカテゴリ別にまとめた本で、『マニフェスト 本の未来』の続編にあたります。
デジタルファーストで出版されており、現時点では「BinB store」「達人出版会」「紀伊國屋書店ウェブストア」「Kindleストア」「iBooks Store」「Reader Store」「ブックパス」「Google Playブックス」「楽天Kobo電子書籍ストア」の各電子書店で販売されています。版元であるボイジャーの「BinB store」は基本的にブラウザビューワでの閲覧ですが、EPUB版とPDF版のダウンロードもできます。
本書は「イノベーション」や「収益モデル」など、12の章で構成されていますが、先頭から順に読むより、興味を引かれた章から拾い読むする方がいいかもしれません。私が強く興味をひかれた、第5章「DRMと囲い込み」、第10章「フォーマット」、第11章「価格」から、内容の一部を紹介しましょう。
■DRMで海賊版の撲滅はできない
第5章「DRMと囲い込み」は、海賊版抑止策としてのDRM(デジタル著作権保護)と、プラットフォームの囲い込み戦略に対する強い批判です。DRMが海賊版を撲滅することはないし、それを表向きの理由として顧客の囲い込みを図っているだけだというのです。
有料で購入する方が海賊版より不便を強いられるというのは、普通に考えたらおかしな話です。文中の言葉を借りれば「DRMは出版社が読者を信頼していない証拠なのですが、肝心の出版社にその自覚はないようです。すべての読者は泥棒だと思い込み、そのように取り扱っている」のです。
実際、オライリー社や達人出版会は自社の出版物を原則としてDRMフリーで販売(達人出版会は購入者メールアドレス埋め込み型の"ソーシャルDRM")しており、この「ツール・オブ・チェンジ」も例外ではありません。そして、そのやり方でユーザーからの支持を得て、ちゃんと商売ができているというところに着目すべきでしょう。
■なぜEPUBが必要なのか?
第10章「フォーマット」では、「EPUBは時代遅れだ」という意見に対し、EPUBの標準化を担うIDPF(International Digital Publishing Forum:国際電子出版フォーラム)の事務局長であるビル・マッコイ氏が反論しています。ウェブには標準規格であるHTML5があります。また、単純に「紙の本の電子化」だけであれば、印刷物の忠実な再現であるPDFがあります。ではなぜEPUBが必要なのでしょう?
ウェブは、複数のサーバーから情報を読み込む分散型アーキテクチャで、オンラインを前提としているためコンテンツの持ち運びや保存性を考慮していません。しかし逆に、「ポータブル・ドキュメント」の代表であるPDFは、固定レイアウト(リフローしない)なので小さな画面での閲覧を考慮しておらず、読み上げなどのアクセシビリティ機能も不完全です。
「紙の本の電子化」という方向性と、「ウェブサイトのポータブル・ドキュメント化」という方向性の両方に合致するのがEPUBだと捉えると分かりやすいでしょう。そしてそのEPUBの規格は、どこかの営利企業が独自に生み出したものではなく、誰でも自由に利用できるオープンなフォーマットであるというのも大きな特徴です。
EPUB 3はHTML5、SVG、CSS3といったウェブ標準ときっちり足並みを揃えており、適切なHTML5はそのまま適切なEPUB 3にできます。つまり、ウェブを制作するための技術やツールを、そのまま活かすことができます。また、DAISYコンソーシアムとも緊密な連携をしているので、視覚障害や読書障害を持つ人にとってのアクセシビリティを確保できます。
TOC責任者のジョー・ワイカート氏が「上品な劣化モデル(graceful degradation model)」という言い回しをしていますが、電子の本は、シンプルなEINK端末から、高機能で大画面のタブレットまで、さまざまなデバイスの表示能力に合わせ、自動的に最適化されることが求められます。文中の言葉を借りれば「ものすごくお面白い3D映画を、AMラジオ用に上品に劣化させろと言うようなもの」なのです。それが実現できるフォーマットとして、いまはEPUBが最も有望ということなのでしょう。
■販売価格設定の難しさ
第11章「価格」には、非常に考えさせられるフレーズがありました。
シナリオ1: 1ドルのeBookを100冊売るが、実際に読むのは3人だけ
シナリオ2: 同じeBookを20ドルで販売。5冊しか売れないが買った人全員が読む
もしあなたが続編を売りたいと考えている出版社または著者だとしたら、どちらのシナリオを選びますか。
続編を売ることを考えたら、買ってくれた人の数ではなく、実際に読んでくれた数が重要になるでしょう。しかし、何人が読んでくれるかを売る前から把握することは困難です。だからついつい、少しでも多くの人に「読んでもらう」のではなく「買ってもらう」ために、販売価格を安く設定する誘惑に負けてしまいがちです。
紙の本の販売価格は多くの場合、原価の積み上げ(ページ数、版サイズ、紙質、装丁、印刷部数と想定される返本率など)から決まります。では電子の本はの販売価格は、どうやって決めればいいのでしょう? 出版社の多くは「紙の本の価格の八掛け」くらいが妥当だと捉えているようですが、例えば「紙の本より早く手に入る」とか、「紙の本にはないおまけがある」といった付加価値があれば、紙の本より高くてもいいはずです。
■出版の未来を考えよう
20世紀の終わりから、世界はデジタル化とネットワーク化という大きな変革の時を迎えています。巨大隕石衝突と寒冷化という劇的な地球環境の変化に対応できなかった恐竜が絶滅したのと同じように、今までと同じことをやり続けている企業に未来はないでしょう。環境の変化に合わせて、自身も変わり続ける必要があるのです。
ではどのように変わればいいのか? この本から何かヒントが得られた人は、きっと出版の明るい未来を想像してワクワクできることでしょう。