18歳の黒人マイケル・ブラウンさんが今年8月9日に射殺されてから3カ月あまりが経った11月24日、ミズーリ州の大陪審は、丸腰のブラウンさんを射殺した白人警官ダレン・ウィルソン氏を不起訴処分とする決定を下した。
射殺直後から数カ月にわたり、ミズーリ州ファーガソン周辺では、時には平和的な、時には暴力を伴った抗議デモが頻繁に行われてきた。11月24日以降はそのデモは激化し、さらに全米に拡大している。
以下に挙げる10の数字は、最近の抗議デモの状況を理解するための数字であると同時に、人々の失望の深さを象徴する数字でもある。
マイケル・ブラウンさんの死後に、ミズーリ州セントルイスとその周辺地域で抗議デモが行なわれた日数(ファーガソンはセントルイス大都市圏の一部であり、黒人の多い地区となっている。人口のうち白人は29.3%、黒人は67.4%)。
大陪審が不起訴処分を下した日の夜に、抗議デモで焼き打ちに遭った建物の数。
11月24日月曜日の抗議デモで逮捕された人の数。その翌日25日の逮捕者数は44名。
ミズーリ州のジェイ・ニクソン知事が11月25日、前夜の抗議デモを受けて出動を要請した州兵の数(この人員は、これまでの3倍にあたる)。
11月24日に、マイケル・ブラウンさんに敬意を表した抗議デモが行なわれた世界の都市数。
ウィルソン氏の銃から、丸腰のブラウンさんに対して発砲された弾の数。報道によると、ウィルソン氏の銃には弾が1つしか残っていなかった(リンク先によると、ウィルソン氏は路上にいたブラウンさんを職務質問しようとしたが、抵抗されて顔を打撲され、警察車両内から2発発砲。その後、車を降りてブラウンさんを追跡し始めた。この過程で、ウィルソン氏はさらに10発発砲。ブラウンさんはこのうち6発を体に受けて死亡したとされる)。
今回の射殺事件に関する大陪審の場で証言を行なった証人の大まかな数。大陪審が招集された時間数は70時間にのぼったと報道されている。なお、大陪審での人々の証言は一致しておらず、一部には、「ブラウンさんは撃たれる直前に両手を上げて降伏の意を示していた」という証言もある。ウィルソン氏はそれらの証言を否定しており、ブラウンさんは攻撃する姿勢だったと主張している。「ブラウンさんはウィルソン氏を攻撃しようとしていたか」「ブラウンさんは両腕を上げていたか」について、それぞれの証人の位置と証言内容についてまとめたハフポストUS版の記事はこちら。
「2010年から2012年の間に警官に射殺された少年の数」は、白人少年1人に対して、黒人少年は21倍となっている(「ブラウンさんの射殺事件は独立した事件なのか、あるいは、警察が黒人を一般的にどう扱っているかを示す例のひとつにすぎないか」という質問について、「警察による黒人の扱い方全般を示すひとつの例にすぎない」と答えた人は、黒人の74%に対して白人は31%だった)。
2010年に連邦大陪審が審理を行なった16万2000件のうち、不起訴処分になった件数。これは、現在公表されている最新の数字だ。確かに、ウィルソン氏を不起訴処分にしたのはミズーリ州の大陪審であって、連邦大陪審ではない。また、連邦大陪審が警官に対して起訴処分を下すのはきわめて稀だ。しかしこの数字は、不起訴処分がどれだけ稀であるかを示している(大陪審はアメリカ独特の制度で、一般市民から選ばれた陪審員で構成され、犯罪を起訴するか否かを決定する。審理は非公開で行われる)。
大陪審の決定を受けて、ブラウンさんの両親が周囲の人々に向けて、息子の死を悼むための黙とうを依頼した時間。ブラウンさんの遺体は、警察が移動させるまで、路上に4.5時間のあいだそのままになっていたとされている。
この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。
[日本語版:遠藤康子、合原弘子/ガリレオ]
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