「こんな香港、見たことない」~民主化デモの現場から~

ここ数日、ここが同じ香港の街とは思えない光景を、日々、目にしている。路上は明日を信じて抗議の声を上げる人たちで埋めつくされ、熱気があふれている。私が学生だった1989年に、天安門の学生たちを支援するため仲間と集まった時以来のことだ。

政府庁舎の前で歌い、携帯電話を振るデモ参加者(9月30日)(C)Chris McGrath/GettyImages

ここ数日、ここが同じ香港の街とは思えない光景を、日々、目にしている。

路上は明日を信じて抗議の声を上げる人たちで埋めつくされ、熱気があふれている。私が学生だった1989年に、天安門の学生たちを支援するため仲間と集まった時以来のことだ。

だが25年前の当時でさえ、こんなに大勢の人が立ち上がることはなかった。そして、警察の対応も、こんな酷くはなかった。

学生から始まった抗議活動は、あっというまに香港全体に広がった。この街が誰によって、どのように運営されていくのかを決めるのに、自分たちの意見も聞いてほしいと、多くの市民が抗議に加わったのだ。

10月1日の今日、セントラルにある政府庁舎前の歩道橋に立ち、目を疑った。何千という人が、雨にもかかわらず、「普通選挙を望む」というプラカードを掲げて座り込んでいるのだ。

5分間程度の短い演説が交代で行われ、終わるたびごとに拍手が湧き、民主化を求める言葉が叫ばれる。そして、自由の歌が歌われる。

平和な抗議者に催涙ガスで応じた警察の姿は、まだ人びとの記憶に生々しい。しかし、今夜はみな希望にあふれているように見える。警察の姿も見えない。

デモが始まった時、誰も事態がこんな深刻なものになるとは思っていなかった。26日の金曜夜までにはあまりにも大勢が集まったため、警察は政府庁舎前の広場での抗議活動は違法だと宣告して催涙スプレーを使い始め、急激に緊張が高まった。

17歳の学生リーダー、ジョシュア・ウォン氏はじめ、多くの人が拘束された。

翌土曜、政府庁舎前では抗議の波が再び膨れ上がる。警察の対応に憤りを感じた人たちが続々とやってきた。催涙ガスに備え、ゴーグルや傘やラップを用意して。

この日は、アートやダンスで考えを表現する者たちもいて、時折、お祭りの様相を呈すこともあった。しかし日曜になると、張り詰めた空気が戻る。フル装備の機動隊がアドミラルティ(金鐘)の大通りに出動したのだ。制止を振り切ってきた何千という人たちの行く手を阻む機動隊。傘で対抗するデモの参加者。催涙ガスから身を守るための傘が、幾重にも並ぶ。

香港の学生や市民に対し、催涙スプレーで応じる香港警察(C)Leung Ching Yau Alex

■行き過ぎた暴力

アムネスティ香港支部のヴィーナス・チェンは暴力がエスカレートしていく様を目撃した。

「朝7時ごろ機動隊が近づいてくるのが見えた。止めようとする若者が攻撃され、そのうちの1人は、倒れた後も殴りつけられていた」

チェンは若者から警官を引き離そうとしたが、防護盾で押しやられた。別の警官に催涙スプレーを顔に吹きかけられ、3人目には警棒で殴られた。数分後、催涙ガスが投入され、チェンは別の場所へと後退するしかなかった。

「ゴーグルとマスクを着けていても、催涙ガスのせいで吐き気が襲ってきた。目も開けていられなかった」

デモ隊と機動隊の押し合いは、月曜朝4時まで続いた。

警察の弾圧に対し激しい非難が上がったため、当局は機動隊を撤収し、庁舎近辺への出入りを再び認めるようになった。

緊張はまだ続いている。

「今回の抗議の意味は何なのか?」――世界中の友人から聞かれたが、単純な答えなどない。ここ数日、テレビで、ラジオで、通りで、たびたび口にされた「天安門」とは違うものなのか、変化の先駆けなのか、答えはまだわからない。

ただひとつ明確なのは、香港の人たちがもう黙ってはいないということだ。これこそ、香港で、そして中国本土で必要なことだ。

(by アムネスティ香港支部事務局長メイベル・オウ)

■アムネスティ日本は、警察による弾圧を回避し、デモに反対する人たちから参加者を守るよう香港政府に求めるオンラインアクションを開始しました! ぜひ、ご参加ください。

▽香港:平和的な抗議行動参加者を守れ!

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