安倍自民党政権が生活保護法改正などで、生活保護の切り下げを図っていると批判されています。
NPO団体などは一連の「改悪」によって保護が必要なひとが申請できなくなり、餓死や孤立死といった悲劇を招くと主張しますが、しかしその一方で、生活保護の受給者数は過去最高の215万人に達し、支給総額は年3兆8000億円(自治体負担分を含む)に及んでいます。いずれの数字もこの10年間で倍増していますから、生活保護が受給しやすくなったとはいえないとしても、一方的な「弱者切り捨て」批判は疑問です。
ところでひと口に生活保護といっても、受給者にはさまざまな事情があります。
もっとも多いのはじゅうぶんな年金を受給できない高齢者で、60歳以上の受給者が全体の半分を占めます。19歳以下の子どもも約15%おり、20代から50代までの受給者は約3分の1です。また世帯別で見ると、全体のおよそ1割が母子家庭となっています。
生活保護法の改正では、支給費削減と同時に、生活困窮者の自立支援も大きな柱になっています。これは欧米諸国で、「現金給付から職業訓練へ」という福祉政策の流れが定着したことが影響を与えているのでしょう。
福祉による就労支援はアメリカやイギリスが先行しており、経済学者などによる政策評価も積極的に行なわれています。こうした研究によれば、職業訓練は母子家庭の失業者には有効ですが、それ以外はほとんど役に立たず、とりわけ低学歴の若者と高齢者への教育投資はまったく効果がないという結果が出ています。
この事実は、次のように説明できます。
母子家庭の貧困というのは、子どもを生んだ後に離婚するか、未婚のまま出産した女性の失業問題です。ある男性と出会って、幸福な家庭を築けるのか、それとも関係が破綻するのかは事前にはわかりませんから、子どもを産んだすべての女性が母子家庭になるリスクを抱えています。失業して貧困に陥った女性の母集団は、ふつうの女性なのです。
母子家庭の抱える問題は、仕事と家庭を両立させることが難しく、求職活動も仕事に役立つスキルの習得もじゅうぶんにできないことです。だからこそ子育ての負担を軽減し、適切な職業訓練を行なえば、貧困に陥っている母子家庭の母親は、母集団である働く女性たちと同じレベルの仕事をこなせるようになるのです。
母子家庭への税の投入がそれを上回る経済効果があるのなら、もっとも効率的な政策は生活保護から母子家庭を切り離し、従来の基準を上回るじゅうぶんな援助をすることです。これで貧困に苦しむ母親や子どもたちだけでなく、私たちの社会も大きな利益を得られるでしょう。
それではなぜ、こんなかんたんなことができないのでしょうか。その理由は、母子家庭以外の受給者が母集団(ふつうのひとたち)とは異なることを政府が認めることになってしまうからでしょう。
政治家にとっては、"不愉快な事実"をひとびとに告げるより、母子家庭が苦しむ方がずっといいのです。
参考文献:林正義他『生活保護の経済分析』
(※この記事は 『週刊プレイボーイ』2013年7月1日発売号に掲載された記事の転載です)