「自分は会社に向いてない」「毎日違うのが私に合ってる」
「モチベーションって、泉みたいにどんどん湧いてくる瞬間がある」
東京・田原町の書店「Readin' Writin' BOOKSTORE」で2018年12月、2人の作家によるトークショーが開催された。
テーマは「インディペンデントに生きる、インディペンデントに書く」。
ゲストは、最新刊『空をゆく巨人』が開高健ノンフィクション賞を受賞した川内有緖さん、ニューヨーク在住20年のライター・佐久間裕美子さん。10代の頃から互いを「あっちゃん」「ゆみ」と呼び合う仲だった2人だ。
海外での経験、組織に属さないフリーランスとして思うこと、アートの意義、日米の現状について...。インディペンデントな物書きとして経験を積み重ねてきた2人が、満席の会場で率直に語り合った。
2人がインディペンデントな生きかたを選んだ理由
佐久間:最初に会ったのは、あっちゃんが大学1年で私が高校3年生だよね。彼氏の友達の彼女、みたいな。あの頃、クソガキだった自分が文章を書いて食べていくなんて、想像の範囲外だったな。
川内:ヘソ出してブルース・リーのTシャツ着てるゆみと、怒った顔でカメラを睨んでる私が写ってる写真あるよ(笑)。
佐久間:でもそこから15年くらい会ってなかったんだよね。それが去年いきなりTwitter上で「ゆみ」って話しかけられて。「川内有緖」ってペンネームだから、あっちゃんだって全然気づかなかった。
川内:蓋を開けたらお互い文章を書いていて。しかも、それぞれ同じ版元の同じ編集者と本を出していたりしてね。
ところで、ゆみはなんで書き始めたの?
佐久間:私はとにかくアメリカに行きたくて。で、アメリカで大学までいって、「自分はデキるやつ」みたいな勘違いをしてたんだよね。でも大学院に行ったら全然レベルの違うすごい人たちがたくさんいて「あ、これはダメだな」って。
川内:でも、ゆみは勉強できる人だったでしょう?
佐久間:受験勉強っていうゲームみたいな感じでしょ? 私はゲームが得意な人間だったの。
でもアメリカの大学院でコテンパンにやられながらも、院生のときから縁あって大学院留学日記とかをちょいちょい書いていて。
他にスキルもないしと思って、消去法で某新聞社のNY支局で丁稚みたいなことをさせてもらって、そのあと転職して。3社に6年勤めてわかったのは、「自分は会社に向いてない」ってこと。
最後に勤めてた通信社のリストラに乗じて辞めて、そこからはずっとフリーライター。今は何でも書くよ。『BRUTUS』とか雑誌もやるし、コピーもプレスリリースも何でも。毎日違う生活が私に合ってる。
あっちゃんは、私とは逆で、ひとつのことをずっと追いかけられるタイプだよね。そこがすごい。あっちゃんの場合は、なんで書き始めたの?
世界を飛び回って働いて、国連で感じた矛盾
川内:私は中学のときに「前世はニューヨーカーだった」って急に自覚した時期があって(笑)。
(タバコの)パーラメントのCMに出てたキラキラしててピアノバーみたいなところを見た瞬間、「ここだ!」って衝撃を受けてアメリカに行ったものの、途中から人生がとっちらかっちゃって(笑)。
大学院を出てワシントンの会社に3年勤めて、日本に帰国した後はシンクタンクのコンサルタントになって文字通り世界中を飛び回って、国連で採用されたけれども、官僚的な組織で働くことの矛盾が見えてきた。ここでキャリアアップするのは難しいなと思った。
一方で、パリには「何かをやっている人」がたくさんいたのね。なんにもやっていない自分ってつまんないな、じゃあ何かをやっている人のことを書いてみよう、と5年くらい書いてから国連を辞めたの。
インディペンデントだからできること
佐久間:今回のテーマは「インディペンデントに書く、生きる」だけど、あっちゃんはどう思う? フリーという立場で物を書くことについて。
川内:本当にいいものを書こうと思ったら、インディペンデントじゃないと書けないよね。
私の場合は取材費がとにかく大変で。『空をゆく巨人』は2年半かけていろんな場所へ取材に行ってるけど、期日がきていないから、まだ印税は貰ってないのね。一冊の本を書き下ろすのって本当にすごく大変なこと。でも、じゃあどこかの組織に属しながら書けるか、と言われると、書けない。
佐久間:今、子育て中だからなおさら大変でしょ。1日どんなスケジュールで書いてたの?
川内:佳境のときは、朝5時から7時まで書いて、娘を保育園に送ってまた9時半から夕方6時まで書いて、頑張れるときは深夜も書いてた。リサーチ自体は約2年だけど、執筆は4、5カ月かな。
佐久間:すごいなぁ。私は書き下ろしとか絶対無理。『ヒップな生活革命』を書く前は、雑誌の仕事ばかりだったから、「(雑誌って)最後は捨てるものでしょ?」というのを心の支えにしてた。「誰も読んでませんよね?私の原稿は」って(笑)。
私、自分が書いたものを読むと死にたくなるの。ゲラまでは頑張って読むけど、本になったら二度と読まない。
川内:私は何年かしたら読むよ。こないだ『パリでメシを食う。』を読み返したら、「こんなこと書いてたんだ?」って面白かった(笑)。自分の手を離れた感じがあるからかも。
モチベーションは、泉みたいに湧いてくる
佐久間:私はそもそも原稿を書くことが好きじゃない。人に取材しているときが一番楽しい。取材相手がアーティストでも、「俺はトランプに投票した」っておじさんでもそれは同じ。相手と話をして、エネルギーの交換をしていく作業から得られるものが好き。
あっちゃんは何をモチベーションに書き続けてる?
川内:モチベーションって、泉みたいにどんどん湧いてくる瞬間があって。知らない、知りたいっていう気持ちで扉を開けると、また次の扉があって、奥にはさらに違う世界がある。じゃあこっちにも違う道があるかも......って延々と続いていくから、いったん動き始めると意外とモチベーションって尽きない。
佐久間:それいいね。私は「ハイ次!」ってなっちゃうから。20代の頃に作った「いつかインタビューしたい人リスト」があって、川久保玲さんが最後に残ってたのね。でも、それも実現しちゃって。これから何を楽しみに生きていけばいいんだろう、ってなっちゃった。
川内:でもきっとまた会いたい人が出てくるんでしょう?
佐久間:うーん、「若い時に憧れたあのレジェンドに会いたい!」みたいな気持ちはちょっとなくなってきたかな。でもそもそもそういうレジェンドを追いかけ続けるのも違うのかな、とも最近思い始めて。
今は「行きたいところリスト」を作ったり、今までまったく興味がなかったランニングとか始めたいなと妄想したり、やったことのないことを消化する方向にシフトしている。
新刊のテーマは「現実から目を逸らさない」
川内:最新刊の『My Little New York Times』は何が執筆のきっかけだったの?
佐久間:この本はトランプが大統領に就任して最初の夏から1年間のアメリカでの日々を書いた日記なのね。
もう20年ニューヨークに住んできて、たまに道端の酔っぱらいに"chink"(中国人への差別表現)とか呼ばれるときもあるけど、やっぱりニューヨークの人の大半はそういうことを拒絶している。だからその環境に甘んじていたと思うのね。自分がアジア人であることを、日々考えないで済んだ。そういう人たちが現実にいることから目を逸らしてたの。
だから、この本を書こうと思ったときに、「目を逸らさない」をテーマにした。
FOXニュースやNRA(全米ライフル協会)の情報をわざわざ見に行って、落ち込んだりして。でも腹が立ったことをアウトプットできる場所があることが自分にとってはよかった。
川内:日本でも(セクハラ問題とか#me tooなど)アメリカと似たようなことが起きているしね。『My Little New York Times』を読んで、その現実を再認識できた。
日本のニュースにも絶望するポイントがいっぱいあるし、いろんなことにうんざりしちゃう瞬間がある。でも、私の場合はいい映画やアートに触れると希望が感じられる。
だから私とゆみの生き方って、一見全然違うようでそこが似ているなって。毎日の中で、絶望と希望を行ったり来たりしている。
アートにはそういう力があると私は思っていて。『空をゆく巨人』の(中国福建省出身のアーティスト)蔡國強さんも、アートという対話の手段がなかったら、火薬をどんどん爆発させちゃう、ただのおかしな人だよね(笑)。
佐久間:昔はアートって暇なブルジョワジーが見に行くものだと思ってたけど、アーティストの仕事って普通の人たちが目を背けてしまうブラックホールを見つめ続けて、それぞれの方法で表現することだって、わかるようになった。
川内:蔡國強さんを知って感じたのは、「そこまでやっちゃっていいんだ!」ってこと。
20年くらいかけて熱気球を作ったり、すっごいお金をかけて500メートルの光の梯子をかけたりって、クレイジーでしょ? 誰にも理解されない情熱、逸脱。それがアーティストの素晴らしいところだと思う。
そういった無謀な行動の面白さやアートの底力みたいなものを伝えたくて『空をゆく巨人』を書いたし、この本は大事に育てていこうと思っていて。これからプロモーションで47都道府県を回りたいなと思って。
これまでも本を出してきたけど、最初の頃はただ本を出せるだけでよかったのね。書いた後は、そこまで本気で頑張って世の中に広めようとは思っていなかった。
でもこのまま本が売れないと、書くことすらもできなくなる日が来るのかもしれない。「売れなくてもいいから書き続けられれば幸せ」という時代が、自分の中で終わったんだと思う。
佐久間:うん、それはすごくヘルシーなことだと思うよ。
人生って、絶対なんとかなる。自分の人生を自分で決められる
続いて、参加者からの質問が続々と寄せられた。
――おふたりは、いつから自分がやっていることに自信を持てるようになりましたか?
佐久間:私は常に行ったり来たりです。校了した後はいつも「ああ、つまんないもの書いたのではないか、誰も面白いと思ってくれないんじゃないか」となりますね。自信があるような日もあれば、ないような日もある。でも褒められると伸びます(笑)。
川内:私もそうですね。本を出し続けて行って、今日みたいにイベントをすれば誰かが来てくれたり「面白かったです」と言ってもらえたりしますよね。そういうときは「イケてるぞ」ってなる。でも書き終わってすぐに「これは自信あります」とはならないないかな。書いている最中は、面白いのかつまらないのかわからなくなることがしょっちゅうです。
――フィクションではなくて、ノンフィクションを書く理由は?
川内:私の場合は今この時代を一緒に生きている人たちと関わって本を書いているんですが、その関わり合いがすごく面白いんですね。その人のエッセンスが自分に染みてくるような感じがあって。
「話を聞く」、「書く」という行為を通して、それが自分の体にどんどん染み渡ってくると面白い文章になるし、物書きとしての人生も次のステージにも行ける気がしています。今生きている人間とずっと関わり合えるのは、ノンフィクションだからこそだと思っています。
――会社員からフリーランスになることは怖くなかったですか?
佐久間:人生って、絶対なんとかなる。自分の人生を自分で決められるのって、すごく面白いですよ。
私の場合は、怖さよりもその気持ちが勝つ。大きなものに支配される生活、自分自身のことがポリティカルな中で決まっていくことが本当に嫌なので。
川内:私も、安定を求めて全然ワクワクしない日々を送って人生が終わっちゃうほうが、よっぽど怖いと思います。
川内有緒(かわうち・ありお)
ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業後、米国ジョージタウン大学で修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏の国連機関などに勤務後、フリーのライターとして評伝、旅行記、エッセイなどを執筆。福島県いわき市の会社経営者・志賀忠重と、中国福建省出身のアーティスト・蔡國強の交流の軌跡を描いた最新刊『空をゆく巨人』は第16回開高健ノンフィクション賞受賞。著書に『バウルを探して』『パリでメシを食う。』『晴れたら空に骨まいて』。
佐久間裕美子(さくま・ゆみこ)
ニューヨーク在住ライター。1996年に渡米、イェール大学大学院を修了後、出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家からアーティストまで多数の著名人・クリエイターへのインタビュー経験を持つ。著書に『ヒップな生活革命』『ピンヒールははかない』、翻訳書に『世界を動かすプレゼン力』『テロリストの息子』など。最新エッセイ『My Little New York Times』では、ドナルド・トランプが大統領に就任した後のアメリカの日常と変化を描く。
(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)