日本フェンシング協会の太田雄貴会長は、1月から副業・兼業で公募した戦略プロデューサーを仲間に迎えて、今までにないスポーツ体験を生み出そうとしている。
会長のバトンを受け取った2017年、全日本選手権で21の新たな取り組みを導入したのに始まり、翌18年大会はミュージカルなどが上演される東京グローブ座で開催。演出面にこだわり、選手や審判の心拍数を表示させる取り組みにも挑戦した。
次は『歓声を可視化する』アイデアで観客の応援意欲を掻き立て、「座っているだけの人を減らしたい」と考えている。
定員4人に1127人が応募
フェンシングがスポーツビジネスで成功する「ファーストペンギン」になるため、協会が副業・兼業限定で公募した戦略プロデューサーは、定員4人に対して1127人から応募が寄せられた。
予想を上回る関心の高さに、太田会長は「スポーツに携わりたい人が、思っているよりも圧倒的に多かった。ニーズはあったのに、俺らなんて...みたいな空気が蔓延していたのかなと思います」と自信をのぞかせた。
1月10日に開かれた任命式には、戦略プロデューサーに採用された、コカ・コーラで東京オリンピックのゼネラルマネジャーを務める高橋オリバー氏とデジタル通信会社に勤務する江崎敦士氏の2人が登壇した。
「フェンシングの可能性を、どういう風にみんなに伝えるのかが面白い」「小さな団体でも、変わり続けて社会に貢献できるということを示したい」と、2人はフェンシングへの期待を語った。
選手や審判の心拍数を表示
マイナースポーツと呼ばれるフェンシングへの関心が高まった背景には、太田会長が2017年8月就任から積み上げた取り組みや挑戦があった。その一つが昨年12月のフェンシング全日本選手権。普段はミュージカルなどが上演される東京グローブ座を会場に、これまでのスポーツイベントとは一味違う演出にこだわった。
前回大会よりはるかに高い2500円〜5500円という強気な価格設定だったが、チケットは販売から40時間後に完売した。
「ホスピタリティも大事ですが、コンテンツを高めたかった。会場に来た全員にワッて思ってもらえるような付加価値の付け方が、グローブ座での取り組みでした」
そう振り返った大会当日は、観客を目で楽しませる仕掛けを凝らした。ルールに詳しくない人にも試合展開が一目で分かるよう、選手の突きに合わせて会場を赤や緑に点灯させたほか、スクリーン上に対戦している選手や審判の心拍数を表示させたりした。
「もちろん、正確な心拍数を測りたいわけではありません。試合中、選手はもちろん審判もすごい緊張しているんだなと思えると、今までと違った目線でフェンシングを見てくれる。それが僕にとって、何よりも重要な体験・挑戦でした」
試合後には、心拍数の情報を元に、選手が何を考えたのかを振り返る時間も設けたという。
「座ってるだけの人を減らしたい」
大盛況に終わった大会にも課題が残った。「観客目線に立ったが、テレビの視聴者目線には立っていなかった」と、太田会長は反省する。
会場が赤・緑に光る仕掛けが、観客席側に設置されていたため、プレイ中の選手を映したテレビ中継には映りきらず、会場の雰囲気が視聴者には伝わりづらかった。
そうした課題の改善に加えて、声援を数値化してモニターに流した今回の演出をさらに進化させ、「歓声を可視化する」アイデアを2019年全日本選手権に向けに練っているという。
「応援合戦が起こってほしいんですよね。Aを応援する人、Bを応援する人、AもBも応援する人、そのどれかにお客さんをしたくて、両方応援しない人を減らしたい。『座って、はい見せて』という状態の会場じゃなくしていきたい」
「ライブエンターテイメントもそうですが、VIP席の人たちって、座っているだけじゃないですか。こう言ったら怒られちゃうかもしれないですけど、そういう人をフロアから減らしたいですね。みんな選手に声援を送って、自分(の声援)も勝ち負けに直結して、自分もこの作品(試合)の一部という風に思ってもらえるようにしていきたいです」
スポーツ選手とSNS「自分で自分のファンや価値を見つけていくべき」
太田会長は、情報発信やファンとの会話の場として、Twitterを積極的に使っている。2018年アジア競技大会で男子エペ団体と女子フルーレ団体が初優勝した際には、会長自らTwitterで、メディアに向けて"報道のお願い"を呼びかけたこともあった。その甲斐あってなのか、テレビやカラー写真で取り上げた新聞もあった。
選手たちに対しても、積極的にSNS活用するよう促しているという。
一方、スポーツ界では選手のSNS投稿に否定的な動きも起きている。プロ野球巨人の原辰徳監督が、選手のSNS投稿に苦言を呈したという報道があった。
太田会長は「巨人の選手は、SNSの有無に関わらず、プレイで評価してもらい、対価が得られる仕組みがあるところにのっかっている。僕らの場合は、自分たちで道を切り開いていかないといけない局面にいる」と、競技規模や立場の違いがあると話す。
あくまでも本人の意思であるとしながら、成長過程にあるフェンシングが目指すべき方向性として、次のように語った。
「強くても、お客さんがいなければプロじゃない。自分で自分のファンや価値を見つけていく取り組みをするべきだと思うから、SNSはやったほうがいいし、推奨していく立場です」