何もしない私を貸し出します――。そんな提案をTwitterで持ちかけている男性がいる。「簡単な受け答え以外何もできない」にもかかわらず、貸し出しを求める依頼が殺到している。「謎」の活動を続ける男性に会ってみた。
11月6日。小雨が降る東京・JR国分寺駅で待っていると、青いワークキャップをかぶった物静かな男性が現れた。森本祥司さん(35)=東京都在住=で、Twitterでは「レンタルなんもしない人」を名乗っている。
森本さんは6月にこのアカウントを開設。「飲み食いと、ごく簡単な受け答え」だけをする条件で、自らを貸し出す活動を続けている。
利用者は、森本さんが現地を行き来する際にかかる交通費と、飲食がともなう場合はその代金さえ支払えばよく、「レンタル代」はかからない。依頼はTwitterのダイレクトメッセージで受け付けている。
いったいどんな人がサービスを利用するのだろう。国分寺駅から少し離れたカフェに場所を移し、森本さんに詳しく聞いた。
森本さんによると依頼は様々。例えば、東京駅で、新幹線に乗って大阪に向かう女性を見送る依頼があった。
女性は東京から大阪に引っ越しすることになったが、「友人に見送られるとしんみりしすぎちゃう」との理由で、森本さんに願い出た。
「女性とはその日に初めて会ったんですが、名残惜しい気持ちになりました」と森本さんは振り返る。
離婚届の提出に付き添ったこともある。「気が重いだけの思い出にしたくない。変わった思い出にしたい」と女性から頼まれた。森本さんは言う。
「最初に『初めまして』とあいさつした時と、提出し終えた時とで名字が変わっているわけです。何とも不思議でした」
提出する前、ランチに誘われてあるレストランに立ち寄った。別れ際に女性から、婚姻届を出した時に元夫と食事した場所だったと打ち明けられた。
ほかにも「自分の民事裁判を傍聴してほしい」「結婚式を眺めに来てほしい」「誰にも言えない話を聞いてほしい」などの要望もあった。
森本さんは活動結果の一部をTwitterに投稿している。それが反響を呼んで次々と依頼が舞い込むようになり、今では一日に3、4件こなすこともある。
「ただいるだけの存在」を求める人が多いのはなぜだろう。森本さんは「思いや気持ち、情報を誰かと共有したいっていう欲求が人間にはあるからなんでしょうね」と推測する。
森本さんは活動を楽しんでいる。「他の人の人生の節目に立ち会ったり、色んな話を聞いたり。ありえない体験をしていているので」
根底にはニーチェ本
風変わりな活動を思いついたきっかけは、Twitterで食事をおごってくれる人を募集する男性「プロ奢ラレヤー」さんだ。森本さんはこう明かす。
「ネットのニュース番組で彼のことを知って、面白いなって思ったんです。『食事と寝床さえあればお金はいらない。自分はここにいるからおごりに来い』っていうのがすごいなと。僕は性格上、図々しいことは苦手なので、『何もしない』っていうことならできるなと。それで始めました」
だが、これは直接のきっかけに過ぎない。森本さんはそもそも、長い間「働くこと」について色々と考えてきた。
大阪大学大学院理学研究科を出て教育系の出版社に就職したものの、会社勤めが苦手で退社。しばらくフリーランスで教材を作ったり、コピーライターをしたりしていたが、それでも同じ仕事を続けることに嫌気が差した。
「つくづく思ったんです。自分は会社が嫌なんじゃなくて、働くことが向いてないんだと」
1年前に子どもが生まれ、こんな思いがよぎった。
「子どもは何もしてなくても、いるだけで十分。みんなこうだったらいいのに」
そんな折、一つの名著に出会った。哲学者ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」だ。山中にこもっていた主人公ツァラトゥストラが神の死を知って下山し、人々に説教するという物語で、ツァラトゥストラを通じて「超人」や「永劫回帰」といったニーチェの代表的な思想が述べられている。
本では、人がどんな運命でも肯定的に受け止められる超人へと生まれ変わる中で、精神は「ラクダ」「ライオン」、「赤ん坊」へと変わると書かれている。森本さんはこの考え方にひかれた。
「価値観という重荷を背負わされているラクダ。その価値観を力で打ち破って自由を得るライオン。そして、純粋無垢な存在であるがゆえに新しい価値観を生み出すことができる赤ん坊。人間が目指すべきところはこういうことなんだと悟りました」
森本さんにとって、働かない、「何もしない」ことは、ニーチェの言う赤ん坊になることだ。
「この世の中、働いてお金を受け取らないかぎり、生きていけないとされています。でも、だとしたら僕はしんどいなって思ったんです。人は果たして、何もしないで生きていけるんだろうか。そうした実験を自らやっているんです」
そんな生き方に不安はないのだろうか。森本さんは言う。
「今は依頼が毎日のようにあって、正直考える余裕がないんです。暇になったら本能的に心配になるかもしれません。でも、あえて考えないようにするでしょうね」
森本さんはこの活動で稼いでいるわけではない。日々の生活費は貯金を取り崩している状態だ。だが、妻はそんな生き方を「面白がっている」という。
「どちらかというと妻の方が、私のような生き方を望んでいたので。妻自身、かつてはフリーのイラストレーターだったんですが、今は仕事を引き受けるのを止めています」
貯金が底をついたらどうするのか。森本さんはにっこりしてこう答えた。
「特に考えていません。貯金がなくなったらそれをTwitterで明かすのもありだと思います。自分が想像もしないようなことが起きるかもしれないですし。変に先回りして考えることで、そういう可能性をなくしたくないですね」