仕事と子育ての両立に欠かせない制度「産休・育休」。日本では、すでに男性の育休は制度化されているにも関わらず、「職場の空気」などが原因で取得が広がらないことが問題になっている。
母親のためにも、父親のためにも、男性の「家庭進出」を進めたい―。
10月末、思いを共にする当事者と専門家が参議院議員会館(東京・永田町)に集まり、「男の産休 義務化されたらどうなる?」と題した集会を開いた。主催は市民団体「みらい子育て全国ネットワーク」。政治家も参加した活発な議論の様子をリポートする。
■育休
原則、子どもが1歳になるまで、男女がともに休業できる制度。育児・介護休業法で定められている。しかし、2017年度の男性の取得率は5.14%で、女性(83.2%)と大きな差がある。男性の場合、取得したとしてもその期間は短く、数日から数週間の「なんちゃって育休」がほとんどなのが現状。
■産休
日本の法律では、女性が産前に6週間、産後に8週間の産休(産前産後休業)を取得できる。産後は本人の意思に関わらず、休業を与えることが雇用主に義務付けられている。
一方、男性にはそのような制度はない。一部の企業などでは産休が義務化されたり推奨されたりしているところも。国家公務員でも「男の産休」が推奨されているが、有給休暇を充てることになっている。
イベント前に主催者がTwitterでアンケートをたところ、「義務化に賛成」と答えたのは65%、「産休取得には賛成だが義務化には反対」と答えたのが32%だった。
男性でも育休制度はあるのに「使えない」雰囲気
「産休」が認められている職場は少ないが、育休は男性でも制度上は取得できる。
にもかかわらず、利用が広がらない。その現状を踏まえ、ディスカッションでは、まず「取得したいのにできない理由」が焦点になった。
パネリストとして、仕事と育児の両立を支える施策にくわしい労働政策研究・研修機構の池田心豪・主任研究員らが登壇。進行はハフポスト編集長の竹下隆一郎が務めた。
(以下、敬称略)
竹下:育休を取りたいと上司に伝えた瞬間、「出世はあきらめるんだね」などと言われる事例をよく聞きます。池田さん、実際の現場はどうなっていますか。
池田:取得しやすい環境が整ってきた企業もあるのに対して、そもそも育休というより「休むこと」自体がままならない企業も存在するのが現状。その差をどう埋めていくかは政策的にも悩ましい問題です。今日は「産休の義務化」がテーマですが、育児・介護休業法では配偶者の産後に男性が育休を申請したら事業者は認めなければならないと定められている。
竹下:制度はあるのに使える「雰囲気」がない、と。会場に来た皆さんの中で実際、上司に相談しにくい雰囲気を感じた経験を持つ人は。
父親A:私は3カ月の育休を取りましたが、上司に申し出たときはものすごく驚かれました。以来、相談しにくくなって、社内でも孤独感が......。
竹下:参加されている政治家の皆さん、これはつまり「雰囲気」が問題ということなのか。それとも、制度にもまだ不十分なところがあるのか。
山尾志桜里(立憲民主党):制度が不十分だから、取得できる人が少なくて、雰囲気もなかなか変わらないのでしょう。最近、「落選狙い」(育児サポートがないことなどが原因で育休を延長せざるを得ない女性が、あえて人気の高い保育所だけ申し込む問題)が話題ですが、制度のせいで当事者が苦しんでいるのにあたかも不正をしているかのように言われることに違和感があります。2年目の育休を勤務先に申請しやすくするなど、制度に柔軟性が足りないなら変えていくべきです。
長島昭久(無所属):政治家が率先して育休を取ることで、雰囲気を変えていくこともできるのではないか。
福島瑞穂(社民党):よく「女性は家事や育児があるから大変だ」と言われますが、違うでしょ、と。結婚している家庭であれば、それらは「男性の問題」でもある。女性だけが頑張ってやり繰りするのではなく、男性も働き方を変えていくことが必要なんです。私の夫は育児へ積極的に参加してくれたことで、子どもたちとの関係がよくなりました。男性も育児の「責任者」であり「権利者」でもある。義務化に関しては議論があると思いますが、もし「男の産休」100%が実現すれば、世の中変わると思います。
子どもが生まれたから「父親」になれるわけではない
子どもが生まれても、なかなか「父親モード」になれないのはなぜだろう?妻の出産に伴い、10カ月の休暇を取得したという父親は、その期間を生かして「父親」としての主体性を身に付けられたと話す。
例えば、フランスでは14日間の「男性の産休」が法制化されている。正しく運用しなかった雇用主には罰則も課されるが、日本にも同様の制度を取り入れるべきなのか?参加者からはさまざまな声が上がった。
竹下:10カ月の育休を取得した経験を持つ父親がいます。ここで話を聞いてみましょう。
父親B:6歳と2歳の父親です。2人目が生まれたときに10カ月の育休を取りました。妻から「2人目のときは取ってね」と予め言われていたからです。出産への立ち合いなどに当たり、長期ではありませんが「産休」も取りました。
まず、出産に立ち会えたのは非常に良かったです。頑張る妻への感謝と敬意を感じました。育休期間中は、自治体が実施している「父親研修」(父親向けに子育てのスキルなどを教えるワークショップ)に参加しました。育休期間中に妻が復職して、僕が家事と育児の主体になる「専業主夫」生活を経験できたのも貴重でした。妻とお互いの視点を共有でき、信頼関係が深まりましたね。
池田:「育休を取って」と奥様から言われた、と。これは法制化されていないけれど「義務化」ですね(笑)。出産直後は母親が体を動かせないのだから、誰かが家事・育児をやらないといけない。2人目ならば、上の子の面倒も見なくてはいけない。そこで「父親の出番」なのだという社会的合意ができていないのでは。育休の取得率とか日数とか、そういった数字を追う前に、まずはその点を議論したほうがいい。
先ほど、職場の上司が難色を示すという話がありました。背景として、「実家に頼れないの?」「君じゃなくてもやれる人がいるんじゃないの?」というメッセージがおそらくある。実家に頼れるなら父親は関わらなくていいのか?本当はそういう話じゃないわけです。そこの社会的合意をつくりながら、まず父親研修の制度化をより進めていくことが現実的だと感じました。
初鹿明博(立憲民主党):一番の問題は、日本は男性が「父親であるという自覚」が足りないことだと思います。子どもがいれば親になるわけではない。親が何をするべきかということを分かっていないとけない。フランスのように、義務化するかは別にしても子どもが産まれたら父親研修に通うなどして、育児の知識をきちんと学ぶべきです。それがないと産休を義務化しても、家に居る夫の面倒で余計に手が掛かるということにもなりかねない。
竹下:義務化というと、具体的にどういうことでしょうか?
初鹿:雇用主が拒否できないようにすること、だと思います。中小企業など、人手不足で代替要員が確保できないという現実的な課題は残りますが......。
義務化は必要?不要?
「義務化」とは何か。雇用主が拒否できないようにした上で、取得は働く側の「選択」に任せるのか?それとも一律に「必ず取ろう」という制度にしていくのか?
現時点では、参加者の間でもズレがあり、議論はこれから深めていくことになるだろう。「義務」ばかりを強調するのではなく、父親として子育てに携わる「権利」を保障していく観点も大切だ、という意見も出た。
桜井周(立憲民主党):私自身、2児の父です。義務化は必要だと考えます。1人目のとき、当時の職場の上司に育休を取りたいと伝えたら、「それはないだろ」と切り捨てられた。制度があっても機能していないわけですから、義務化は必要でしょう。
育休にしても、取得したことで企業が「不利益な取り扱い」をしたかどうか、というのを立証するのは困難。雇う側に「女性は『出産があるから』休むのではないか、辞めるのではないか」という意識も未だに根強いと感じます。出産に伴っては「男性も女性も休む」と考えることが前提の社会にしていかないと、雇用の不平等も解決しない。
玉木雄一郎(国民民主党):私は子育てが楽しかったんですよ。義務といっても、企業側に「何とかしなさい」ということだけではなくて、子どもとかけがえのない時間を持てる男性側の権利、あるいは父親になる権利を社会が保障していくという感覚が大事だと思う。あえて権利を放棄したい人にはしてもらっていい。でも、子どもとの時間を大切にしたい父親に対して、その権利を保障する。
竹下:義務化といってもさまざまなアプローチがある。会場の皆さんの意見は?
父親C:意識を変えるのが先では。義務化だけして意識が伴わないと、「家にいるだけで役に立たない父親」が必ず生まれる。
母親A:夫は、育休を取ってほしいと頼んだのに「いや、俺の仕事はそういうの無理だから」と取り合ってくれなかった。産後の大変な時期に寄り添ってくれなかったことは一生忘れないと思う。今まで通り会社に行って、お金を家に持って帰れば自分の居場所はあると思っているのでは。まず義務化して、何が起きるかをみんなで検証してみたい。
父親D:現時点での義務化は反対です。産休・育休で抜けた分の人手を補填できるような体制が整っていない企業が多いからです。
玉木:休業中の給与を誰が負担するか。企業と国の双方で負担するという形は考えられる。国が現場に人を派遣することは難しいですが、給与部分については、公的支援も可能です。
伊藤孝恵(国民民主党):私も子育て真っ最中です。子どもが待機児童で、預ける場所がなかったので執務室をキッズスペース化したところ、報道された途端にたくさんのクレームが届きました。「意識をまず変えて......」というのは難しいかもしれない。以前勤めていたリクルートでは、男性の育休が義務化されています。1年目は反発もあったけど、2年目になったら「取るか、取らないか」ではなく「どれくらいの期間取るか」という会話しかなくなった。「パパ・クオータ制」(北欧を中心に広まった育児休暇の一定期間を父親に割り当てる制度)を取り入れるなど、政治は父親・母親と子どもたちの時間を応援するメッセージを明確に発信していくべきです。
竹下:見ているゴールは一緒でも、アプローチの仕方はいろいろある。難しいですね。
池田:アプローチの順番は重要です。むやみに強制してしまうと「子どもが生まれたら会社に行ってはいけないのか」という話になる。育休を取りたくないから2人目を控える、という現象が起きる可能性もあり得る。
桜井:労働のはく奪につながるという観点、重要だと思います。ただ、女性は少なくとも、産後数週間は休まなければいけないわけですよね。男性に対してだけ、それをしてはだめというのは「法の下の平等」に反するのでは。
池田:強制力を発動するには、それだけの根拠が必要ということです。フランスでも、休むということを推奨しながら他方で父親研修にも力を入れている。繰り返しになりますが、「ここは父親の出番」という社会的合意はつくっていかないと、結果的に強い反発につながってしまうと思います。
竹下:父親の「家庭進出」は進めなければならない一方で、強制しすぎると、働く権利を奪ってしまうことにもつながりかねない。難しいですね。では、どうしたらいいのか?これから、日本社会が持てる知識を総動員しなければいけないと思います。本日はありがとうございました。