ブラジルで極右のリーダーが誕生する可能性が高まってきた。10月28日に決選投票が予定されている大統領選で、「ブラジル版トランプ」と呼ばれているジャイール・ボルソナーロ下院議員(63)が、対抗馬の左派候補を突き放して有利な選挙戦を展開しているからだ。
大政党の後ろ盾がない極右候補が急浮上してきた背景には、国政の舵取りをしてきた左派陣営が相次ぐ汚職で信用を失う中、しがらみのない「強いリーダー」を待望する世論があるとみられる。
相次ぐ左派の汚職
「左派の政府はもはやブラジルには必要ない。左派は我々の国を破壊した」。ブラジル南東部の大都市サンパウロで建設会社を経営する男性は、BBCの取材にそう言ってのけた。
男性は、左派政治家たちの汚職問題が経済を停滞させているとした上でこう述べた。「ボルソナーロの政治方針は透明性があり、はっきりしている。彼こそ公平な政策を掲げている」
ブラジルではここ数年、政治的混乱が続いてきた。大きな原因は、国政を近年引っ張ってきた左派リーダーたちの汚職スキャンダルだ。
2011年までの8年間にわたって大統領を務め、国民から絶大な人気を誇っている労働党出身のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ氏(72)が大統領退任後、企業から賄賂を受け取ったなどとして、収賄と資金洗浄の罪で有罪判決を受けた。
彼の後継でブラジル初の女性大統領になったジルマ・ルセフ氏(70)も政府会計の粉飾疑惑で職務停止となり、2016年に開かれた弾劾裁判の結果、罷免された。
ルセフ氏は、ほかの労働党政治家らとともに国営石油会社がからむ汚職事件でも起訴される事態になった。
一方、経済もここ最近は成長が鈍っている。
一時はブリックス(BRICS、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の一角として好調を維持したが、最大の輸出品である鉄鉱石の価格が低迷、関連産業が打撃を受けた。
度重なる左派政治家の汚職事件は為替市場にも影響し、通貨レアルの価値が下落するなどした。
最大の武器はソーシャルメディア
国民の間に左派勢力への失望感が広がる中、現れたのがボルソナーロ氏だ。
軍出身のボルソナーロ氏は1989年に政界に転身したが、選挙に必要とされる「地盤」(=組織力)、「看板」(=知名度)、「かばん」(=資金力)に恵まれず、小政党を渡り歩いてきた。
そんなボルソナーロ氏にとって、支持を拡大するための最大の武器がソーシャルメディアだった。
フォロワー数は、Twitter193万人、Instagram530万人、Facebook800万人を誇る。このほか、YouTubeやブログなども使い、支持者たちに直接訴えかけている。
ボルソナーロ氏は汚職の撲滅を訴えることで、労働党など左派に失望した有権者らの取り込みを図ってきた。
こうした戦略が功を奏し、ともに決選投票に進んだ左派で労働党のフェルナンド・アダジ元サンパウロ市長(55)は苦戦。朝日新聞デジタルによると、1回目の投票では、ボルソナーロ氏の得票は46.03%だったのに対し、アダジ氏は29.28%にとどまっている。
サンパウロ新聞によると、決選投票を前に調査会社が実施した世論調査でも、ボルソナーロ氏の支持率は59%で、アダジ氏(41%)を大きくリードしている。
目立つ過激発言
ボルソナーロ氏が支持を拡大したもう一つの理由は宗教だ。ブラジルでは今、聖書を忠実に守ろうとするキリスト教福音派の勢力が増えている。
ボルソナーロ氏はカトリックの信者でありながら、人工中絶の反対を訴えるなど、福音派の考えに近い主張を展開しており、彼らの共感を呼んでいる。
ただ、ボルソナーロ氏の主張には過激なものも多い。治安回復のために市民が銃を持つことを認めるべきだと訴えるほか、女性や黒人、性的少数者を蔑視したり、かつての軍事独裁政権を評価したりしている。
こうした極端な主張は、アメリカのトランプ大統領と重なるところがある。
ボルソナーロ氏の考えには反発する声もあるが、それでも選挙戦での優勢が揺るがないのは、国民の間でいかに左派陣営に対する失望感が大きいかを物語っている。