「マイボトル」という言葉を作り、水筒ブームを生み出す。
人気グループ嵐の書籍『ニッポンの嵐』を編集する。
秋田県のフリーマガジン『のんびり』で、役所発行メディアの概念を変える。
知られざる秋田の画家・池田修三さんをブレイクさせる。
これらを手がけたのは、編集者の藤本智士(さとし)さんだ。
藤本さんは2006年に季刊誌「Re:S(りす)」を創刊。秋田県発行「のんびり」編集長を経て、現在は、同じく秋田県発のwebメディア「なんも大学」の編集長を務めている。2017年には、自身のこれまでの編集手法を明らかにした『魔法をかける編集』(インプレス)を出版するなど、編集者として多方面に活躍する。
9月、藤本さんがタイガー魔法瓶と開発した水筒「&bottle(アンドボトル)」が発売された。
いまの時代、「みんな編集者になればいい」と語る藤本さんに、「あたらしいふつう」を生み出す水筒開発や、これまでの歩み、時代に合った企画やモノをかたちにする秘訣を聞いた。
水筒を持った小学生に「飲む?」と聞かれて
「僕が最初に、魔法瓶をすごいと思ったのは、小学生の女の子がコップにお茶入れて、『飲む?』って差し出してくれたからなんですよ。『あ、ありがとう』って飲んだらキンキンに冷えてたんです。すごい!と思って。『本当に? 朝入れたのにこんなに冷たいん?』って。その足で東急ハンズに買いに行ったのが、魔法瓶と最初の出会いでした」
そこから水筒の価値を伝えようと、藤本さんは編集のチカラを使いはじめる。
「最初は『すいとう帖』っていうダジャレみたいな本を作ったんですけど、それを見てくれた象印の社長さんから連絡があったことをきっかけに、 "マイボトル"っていう言葉を作ったんです。みんながマイボトルを持つ文化を広めようと、創刊したての『Re:S』で特集を組んだりして。それを見て連絡くださったのが、タイガー魔法瓶さんでした。」
個人の思いが、徐々に企業を巻き込んでいく。そのきっかけは「本」だった。
「いまはいろいろおしゃれなボトルもあるんですけど、当時は大人が持ちたいと思うようなのがなくて。工事現場のおっちゃんが持ってる頑強なやつか、急に子ども用の可愛らしいやつか、その中間はないの? って思ってたんです。なので、『Re:S』の特集で『一緒に作りませんか』って呼びかけたんです」
「『Re:S』は広告のない雑誌でした。広告収入じゃなくて、ものづくりのロイヤリティで雑誌運営したいって思ってたんです。だから毎号、編集部から、企業や読者などに提案をするページを作っていて、それに応えてくれたのがタイガーさんだったんです」
いまの時代に合った水筒って?
「そこから12年かかって、ようやくできたのがこの『&bottle(アンドボトル)』です」
いまでは軽くてスリムな水筒が"普通"になり、水筒を持ち歩く日常も当たり前になった。いまの時代に合った新しい水筒とは?
「真空のガラス瓶で保温していた魔法瓶が、ステンレスに変わって以降、軽量化がどんどん進んで、いまはもう、これ以上無理っていうところまできてると思うんです。あとはステンレスじゃない別の素材が出てくるくらいでないと、イノベーションは起こらない」
「この水筒は、タイガー魔法瓶が初めてグッドデザイン賞を取った保温水筒をモチーフにしているんですけど、昔の魔法瓶は、内瓶がガラスだったので、割れから保護するために樹脂で覆われてたんですね。一方、ステンレスは塗装するだけでいい」
「&bottleは、この(樹脂の)中にガラス魔法瓶ではなく、最新のステンレスボトルが入ってるんで、ある意味不要な "側"が付いてるんです。だけど、この一見ムダな部分に、実はとても意味がある。その象徴がコップです」
かつて小学生にお茶をもらったように、新しい水筒には樹脂のコップがついている。
このコップのおかげで、日常がほんの少し豊かになると藤本さんは言う。
「朝、ボトルにティーバッグを入れて熱湯を注いできたんですけど、当たり前にいまも熱々で、だけど熱いドリンクをタンブラーで直接飲むと、やけどしそうで怖いじゃないですか。でも、一回コップに入れて冷ましながら飲むのがとてもいいんですよ」
「今朝は仙台から来たんですけど、新幹線の中、&bottleでお茶を飲みながら、スマホで溜まったドラマを観る時間は、なかなかに豊かでした」
「それに、タンブラーでそのまま飲むより、コップで飲むほうが飲み姿も美しいでしょ」
新しい水筒、どこにでもあるわけじゃありません
こだわりの水筒「&bottle」。「なんとかして定価売りしたい」と藤本さんは語る。
はたして、藤本さんが提案する、この水筒の"届けかた"とは?
「このボトル、いろんな販売店のバイヤーさんが、『うちでも置かせてください』と言ってくれても、販売ルートを限定している商品なので、すべての販売店さんにお届けできるわけではないんです」
「これは12年前からの思いなんですけど、メーカーのものづくりの現場って、『いまこういう商品が売れていて、それはこういう価格帯だから、原価これくらいでものづくりしてください』ってところから始まることが多い。それってやっぱり本末転倒だと思うんです。メーカーさんが世の中に送り出したいものを作り、届けていくほうがいいんじゃないかと」
「でも、大きな企業がたくさんの社員さんの給料を確保していくためには、消費のサイクルを上げていくしかない。つまり新しいものを次から次へと送り出しては『まだそんな古いものを使ってるんですか?』とゆるやかな圧をかけていくしかないわけです」
「そうすると、安売り前提のものづくり。つまり、アパレル業界のような、セール価格前提のものづくりをしなきゃいけなくなる」
「このことはとても根深い問題だし、そもそも独占禁止法のこともあるから、メーカーとして定価設定はできないのだけど、それでもメーカー希望小売価格の『希望』の部分に切実さをこめて、なんとか値下げせずに売ってくれるところに卸したいと思っています」
そして藤本さんが考えたのは、藤本さん自らが、直接水筒を届ける場づくりをすること。
10月31日まで東京で開催されている展覧会では、自然栽培でつくられた、水筒にぴったりなティーバッグを販売するほか、実際に&bottleでそのお茶を楽しむこともできるという。
「あくまでメーカー希望価格で買ってほしいがために、お店を限定してしまっているので、店頭で目にする機会が減る分、実際に&bottleを触ってもらえる場所を、自分たちでつくっていかなきゃいけない。とにかく出会いの場面を増やして『あっ、ほしいな』と思ってくれれば、家に帰ってネットで買ってくれてもいいんです。だから慌てて売ることはないと思っています。それよりもゆっくり着実に届けていきたいんです」
「実際、この思いに共感してくださって、『うちで売らせて欲しい』と言う方が僕にどんどん連絡をくれるようになっていて。面白いのが、みなさんカフェだったり、自然食品のお店だったり、写真屋さんだったり、これまで水筒を売ったことのないお店ばかり。このことだけでも、可能性が広がってると思う」
一点突破の独裁者であれ
藤本さんは、雑誌や本だけでなく、モノも流通も自在に編集していく。けれど、マーケティングやロジックで組み立てるビジネス的なアプローチとは全然違うように思える。
一体、何が違うのだろう?
「僕は、みんなでコンセンサス取って進めていくことがそもそも違うと思っていて、どっちかっていうと独裁者的なものづくりが大好きなんですよ。世の中のスタンダードって、大抵たった1人の情熱から生まれてますよね」
「『みんながこう思ってる』じゃなくて、『こういうものがあったほうがいいと思う!』に共感するチームが、一点突破したもののほうが力があると僕は思っているので、みんなで無駄な会議を重ねるから余計に良さが薄まっていくんじゃないかとすら思う」
はたして、理解を得る独裁者と独りよがりはどう違うのか。
「やっぱり、言葉が陳腐すぎるんですけど、愛だと思うんです」と藤本さんはつぶやく。
「みんな『愛』とか『やさしさ』を勘違いしてる。波風立てないことをやさしさとしていたり、みんなで話し合って、さまざまな意見を聞くほうが愛があるって盲目に思ってたりするけど、そうじゃない。本当に愛があれば、議論したり、ぶつかりあったりできるんです」
「一方で、個人的にいつも気にしているのは、僕は当然誰よりも強い水筒への愛があると自負しているけれど、だからといってそれを世間の人が理解してくれるとは思ってません。でも『水筒を持ったほうが、地球の環境にいいんだ!』とか、妙な正論を掲げるのも嫌なんです。僕はいつだって、あくまでも提案がしたいんです。これが正義だ! ではなくて、こういうのもありじゃないですか? って」
なるほど、「正しく伝える」のと、「編集する」のは違う。そのさじ加減が難しい。
「すごい矛盾したこと言いますけど、すごく謙虚な独裁者なんですよ(笑)。だから、編集ライターとして文章を書くときも、こんなもの誰も読まへんって思いながら書いているんです。だからこそ奇跡的に冒頭5行まで読んでくれた人が、最後まで読みたくなるように全力で書く」
「昨日も、仙台で東北の工芸品を扱う人たちとミーティングをしてたんですけど、こけしであろうと南部鉄瓶であろうと、物として良いのはわかるじゃないですか」
「でも、彼らはやっぱり好き過ぎるんです。家に行ったら嘘みたいな数のこけしコレクションが並んでたりする。そういう深すぎる愛情をそっくりお届けしたら、それはカルピスの原液をそのまま出されているようなもんなんです」
「だからちゃんと薄めてほしい。僕はなんでも愛が強すぎると伝わんないと思っているので、そこをどうやって薄めるのかって会議をしてきたんですね」
「だから、誠実に軽薄でありたい」と藤本さんは語った。
みんな「編集者」になればいい
藤本さんは「みんな編集者になればいい」と語る。
いまの時代、職種は一つに決めなくてもいい。編集という仕事なら何でもできる。
「こんな曖昧な言葉が世の中にあってよかったな。俺、救われたなって思うくらい、編集の仕事ってすごく多様なんですよ」
「『君って何者なの?』って聞かれて、『私はイラストレーターです』とか『デザイナーです』とかいうことを僕らは求められる時代に生きてきたけど、でもいまって「デザインもしますし、コーヒーも淹れます』みたいな。全然それがいいし、そのほうがこれから生き残れるじゃないですか」
「デザインがこれだけ広義になったように、編集という言葉自体も、本や雑誌やネットメディアを作ることに留まらなくて。水筒のようなものづくりも編集だし、展示も編集だし、みたいに思ってくれるようになれば、変わってくる世界があると思います」
普段の暮らしやビジネスに、編集の視点を入れるには、どうすればいいのだろう?
「自分の幸せでも何でもいいですけど、何のためにそれをやるのか? ってことが抜けてることって多いなって思います。目の前のゴールに向かってみんな一所懸命なんだけど、目線をゴールの向こう側にするだけでも違うんじゃないかな」
「ブログを書きたいじゃなくて、ブログを書くことでどうしたい。本を出したいじゃなくて、本を出すことでどうしたいって、目線をちゃんと未来にすることがすごく大事で、そうすると一瞬で広義な編集になっていくと思うんです。そこを意識するだけで、日々の生活であれ、ビジネスであれ編集意識が生まれてくる気がします」
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藤本さんは、「たった1人の情熱が、世の中のスタンダードを生み出す」と話した。
「いつものあたりまえ」に疑問を持つこと。
ゴールの先に見すえて、目の前の仕事や暮らしに向き合うこと。
それが、「あたらしいふつう」を生み出す第一歩なのだろう。
まるで魔法のような編集のチカラがあれば、日常はもっと楽しく、彩り豊かになるはずだ。
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10月23〜31日、東京都渋谷区でりす写真展「り/すいとう」が開催される。
23日19時〜トークイベント詳細はこちら。
藤本さんの新著『魔法をかける編集』はインプレスから発売中。