結愛ちゃん虐待死、専門委が報告書。ルール通りなら「亡くなる可能性はかなり低かった」

児相対応の甘さが浮き彫りになりました。
5歳で亡くなった船戸結愛ちゃん
5歳で亡くなった船戸結愛ちゃん
母親:船戸優里容疑者のFACEBOOKより

今年3月、東京都目黒区のアパートで虐待を受けていた船戸結愛ちゃん(5)が死亡した事件で、厚生労働省は10月3日、専門委員会の最終報告書をまとめ、発表した。

通常、報告書は1年以上かかることが多く、今回は社会的な反響などから、異例の早さで検証が進められた。

報告書では、結愛ちゃんの家族に関わった香川/品川の両児童相談所の対応の問題点として、10項目を指摘した。報告書の指摘と、過去の取材で得た証言から浮き彫りになった両児相の問題点を挙げる。

必要な記録を付けていなかった香川児相

結愛ちゃんの家族が目黒区に引っ越す前に住んでいた香川県の児相(香川児相:西部子ども相談センター)の問題点を、報告書は四つあげた。

・親子分離について、医療関係者や法律専門家に相談せずに自己判断を繰り返し、必要な記録をまとめていなかった。

・養父(父親:船戸雄大被告)に対する指導が十分に行えていなかった。

・虐待予防の観点で、市や幼稚園など関係機関と十分な情報が共有されていなかった。

・転居に伴うリスク要因を考えず、児童福祉司指導の解除をした。

報告書が指摘した最大の問題点は、香川児相が国の定めるガイドライン「子ども虐待対応の手引き」(ガイドライン)に基づくアセスメントシートなど、必要な記録を取っていなかったことだ。

厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」より

アセスメントシートは、一時保護などの際に、家庭や虐待の状況など持ち寄った断片的な情報を1つに統合するための情報整理の手段として使われる。

2018年春、香川県庁に取材した際、約数百ページに上る、結愛ちゃんの家族の記録があったことを確認している。確かに情報は膨大にあったが、それは庁内だけで通じるまとめ方で、全国共通で使われるべきものとされている「アセスメントシート」などの体裁ではなかった。別の児相に引き継ぐとき、ガイドラインにのっとった形での引き継ぎが困難になる。

一時保護を決めたり解除したりするとき、家族の虐待の危険度の評価や査定(リスクアセスメント)の内容を記録するときなど、逐一このシートに書き込むことになっている。

だが、報告書によると「どの段階においても(アセスメントシートとしての)記録が残されていなかった」という。

専門委は、結愛ちゃんを施設に入れるかどうか、児相が単独で判断していた点も問題視した。

結愛ちゃんが定期的に通っていた医療機関は「虐待が日常的に疑われる所見がある」と指摘していたほか、2回目の一時保護中にあった会議では、ほかの関連機関からも「施設入所などの措置が必要」と提案されていた。

しかし、香川の児相は医療関係者や弁護士など専門家には相談せず、児相だけの判断で家裁に申し立てなかった。

親子を離す措置をとるためには、法律に基づき、離すことが妥当かどうか、家庭裁判所の判断を仰がなくてはならない。この理由について、香川児相の久利文代所長は取材に対し、「アザの所見や原因、時期が分かりにく、家庭裁判所の許可が下りないレベルと判断した」と答えていた。

だが、厚労省の報告書をまとめた専門委の山縣文治委員長(関西大教授)は「専門的な知見を踏まえた医療機関や弁護士に相談すべきだった。さらにセカンドオピニオンを求めるくらいの慎重さが必要だった。通常では理解しがたい対応」と指摘している。

報告書について説明する山縣文治委員長(関西大教授)=10月3日
報告書について説明する山縣文治委員長(関西大教授)=10月3日
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2回目の保護解除、約束は反故にしたまま

結愛ちゃんは、2016年12月と、2017年3月に施設へ一時保護された。

結愛ちゃんが2回目に家に戻ることになったとき、行政が家庭に介入する根拠になる児童福祉司の「指導措置」が付けられた。

香川県庁への取材で、家に戻る際、児相では「祖父母の家に定期的に預ける」などの約束を両親にとりつけたとしていた。結愛ちゃんを見守る第三者を増やすのがねらいだった。

警察や保健所など、地元の関係機関でつくる協議会で話し合った上で、こうした約束を結ぼうと決まった経緯があった。

ところが、報告書によると、児相はこの約束を両親から取り付けていなかった。施設から家庭に帰る際、この約束の内容を父親が拒否したという。

このため、児相はこの約束を実際には帰宅の条件には盛り込まないまま、結愛ちゃんを家に帰していた。約束を盛り込めなかったことを児相は協議会には報告しないまま、児相内での見直しも不十分なままだった。

医療機関からの情報提供、リスクアセスメントシートに記録せず

2回目の一時保護が解除された後も、結愛ちゃんの様子をみていた医療機関は、2度にわたり、結愛ちゃんが「けがをしている」と、児相に情報提供をしている。

また、結愛ちゃんが父親から暴力を受けていたことや、「家に帰りたくない」という旨の発言をしていたことも、医療機関から児相に伝えられていたた。だが、一時保護などの行動には出ず、情報を基に、虐待の危険度の再評価を怠った。

2度目の一時保護解除の後の対応について、香川児相の久利所長は、母親(船戸優里被告)が「結愛が最近、よく嘘をつくので」と話していたことなどから「虐待と判断するかどうか見極めが厳しかった」として、経過観察にとどめたと説明していた。

専門委の山縣委員長は「どの段階でも、アセスメントシートなどの客観的な情報記録が残されていなかった。シートを作る意味合い、重要度が理解されていなかったのかもしれない」と指摘。

報告書でも、シートが作られなかったことが、結愛ちゃんの家族が転居した後、引き継いだ品川児相が、状況を判断することが難しかったのではないかと分析している。

父親は指導できていなかった

2度にわたる一時保護では、いずれも父親からの虐待が疑われていた。

医療機関や児相、市の担当課などは、継続的に母親との関わりを持っていたが、父親に対する指導は十分ではなかった。

香川県庁への取材によると、同県に家族が住んでいたころは、父親は働いていて「帰るのが夜中になるため面談がしにくかった」という。一方、働いていたことで結愛ちゃんと父親が接する時間が少なく、深刻な虐待に陥る危険性が比較的低かったのかもしれないと、香川児相はみていた。

だが、報告書では、香川に家族がいた時点で「夫が妻に対するDVの疑いがあるなど、支配的な関係を関係者は感じていた。だが、そうした家族関係を踏まえたリスク評価ができていなかった」と指摘されている。

見守り情報の共有

関係機関での、情報共有の齟齬も問題点として挙がっている。

結愛ちゃんは、まだ幼稚園に通っていた2016年12月、園から住んでいた市の担当課に「あざがある」と伝えられていたが、緊急性を受け止めていなかった市から、児相へけがの情報が報告されなかった。

また、取材では、警察との情報共有もうまくいかず、転居を警察が把握していなかったことが分かっている。

引き継ぎ資料が不完全だった

報告書では、香川から東京へ引っ越した際の問題点が4つあげられた

・けがの写真やアセスメントに関する客観的な資料が不完全

・ケース移管か、情報提供かでもめ、移管先は緊急性の高い事例と判断しなかった

・対面での引継ぎがなかった

・市町村間より児相間の引き継ぎが遅く、直ちに対応しなかった

香川児相が作製した資料・記録は、全国共通の体裁にはなっていなかった。

この点について、専門委は「引き継ぎ資料が膨大である一方で、けがの写真など客観的な資料に欠け、要点が不明確」と指摘。また、児相の担当者の間でやりとりされた電話での補足説明も、品川児相側が要点を把握するには十分ではなかったという。

香川児相では、虐待の危険度を測る独自の基準を作っていた。「生命の危険あり」「重度」「中度」「軽度」「虐待の危険あり」と5段階に分類。結愛ちゃんの家族では、当初から3段階目の「中度」とし、その後、危険度が変更されることはなかった。

なぜ危険性を認識して、本人に会わなかったのか

香川児相から引き継ぎを受けた品川児相の対応についても、専門委は次のように指摘した。

・子どもの安全確認を怠った

・本人確認をしようとした目黒区に、訪問を差し止めた

取材に対し、品川児相の林直樹所長は「仮に人手が十分いたとしても、頻繁に会うようなケースではないと判断した」と説明していた。

だが、専門委のヒアリングでは「香川の資料や、電話でのやり取りを受け、1月29日の時点で『(結愛ちゃんに)早く会わなければならない』と思った」と説明。そして、直後には香川児相が「中度」としていた危険度を、品川児相はさらに引き上げていた。こうした対応から、品川児相は虐待の危険性を把握していたことが覗える。

だが、危険度を認識していながらも、ただちに介入には至らなかった。その理由を、品川児相は「介入的な関りよりも、実母との関係性構築を優先する支援的な関わりを優先する支援的な関わりが必要と判断した」と専門委に説明している。

品川児相が、結愛ちゃんの家族を「虐待ケース」と扱うようになってから10日後の2月9日、担当者が初めて自宅を訪問したが、母親と弟にしか会えず、その後も本人がいるかどうかを確認することはなかった。

この訪問に先立ち、結愛ちゃんの家族が住んでいた目黒区役所の担当者が、「結愛ちゃんの確認をしたい」と、家庭訪問をしようと品川児相に連絡したところ、児相の担当者が「児相が訪問するまで待つように」と要請したという。だが、その後の役割分担や見直しもしないまま終わった。

2月20日、入学予定の小学校の説明会が開かれたときも結愛ちゃんを確認できないと区から連絡が来たが、その後の児相での会議で「支援的な関わりが必要」という方針を変えず、介入には足踏みをしたまま、児相内で虐待の危険性を見直さなかった。

品川児相のこうした対応に対し、報告書は次のように指摘した。

「安全確認ができていない場合などでは、リスクがあると判断し、速やかに立ち入り調査や、(カギを開けて部屋に確認に入る)臨検捜索などの対応を検討する必要があった。面会拒否には、毅然として対応する」

今回の事件について、検証を踏まえて専門委は国への12の提言をまとめた。

厚生労働省「 社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」より

社会全体が、子どもに関心を

山縣委員長は「今までの検証や提言が、全く生かされていない事件だった。提言してきたことや、国や自治体が作っているマニュアルを守っていたら、亡くなる可能性はかなり低くなっていた」と顔を曇らせた。

そのうえで「今回の提言を、今後事件が起きないよう周知したい。また、社会の人たちにも、子どもの暮らしを守るために、関心を持ってもらいたい。虐待だけでなく、いじめ、貧困問題に苦しむ子どもが社会の一員として生きていけるために、できることを考えてほしい」と語った。

なぜルールはガラパゴス化したのか

報告書からは、ガイドラインを独自に解釈した、ガラパゴス化したルール運用の実態や、「介入ではなく支援を優先」する姿勢が浮かび上がった。

関係性を優先し、安全を脇に置いていた品川児相の支援方法は、いままでの虐待死事件で繰り返されてきた問題点であり、香川児相の独自の基準に依った運用など、つたなさもみえてくる。

調査から読み取れる香川児相の対応について、専門委でも「マンパワーを含め、こうした資料を理解しまとめる力があったのだろうか」などの意見もあったという。

山縣委員長は、「こうした独自の運用は香川だけでなく、全国の地域に存在する可能性がある」と話す。その対策として「ガイドラインを理解し、そこにある文言を、背景の意味まで共通化して認識することが必要。全国レベルで改善しないと、また同じことが起きる。地道に研修をつづけるしかない」と語っている。

だが、こうした「ガイドラインの理解」について、現場の能力だけに責任を帰していいのだろうか。

現場で独自のルールや資料の体裁が作られていたということは、ガイドラインの内容に、解釈の余地を許す曖昧さがなかっただろうか。介入的関わりではなく、心理的な側面から相手を理解するようリードしていることはないか。 300ページに及ぶガイドライン。そこに、理解が難しいという問題点も指摘される。

現場の改善も不可欠だが、ガイドラインが現場で運用しやすい明確さを持っているか、その再検証も必要なのではないだろうか。

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