「本に触れる機会を……」開湯1000年の温泉街に“8畳ひと間”の古本屋を営む24歳

開店資金は8万円。アルバイト代を貯めたお金を使い、DIYで節約

デジタルの進化が進み、世の中がどんどん便利になっている昨今。めんどうなことはすべてロボットが私たちの代わりにやってくれるという時代もくるのでしょうか。もちろん、歓迎すべき未来ではありますが、一度、足を止めて考えたいこともあります。

この時代にあって"てまひま"かけて毎日を過ごしている人がいます。便利の波に乗らない彼らの価値観のなかには、私たちが忘れがちなこと、見落としがちなことが少なくありません。そんな"我が道を貫く"専門家の元を訪れ、生きるためのヒントを得る企画。今回は、「おんせんブックス」を営む越智風花さんです。

長野県松本市。松本駅からバスで25分ほどの場所に、開湯1000年の長い歴史を誇る温泉街があります。浅間温泉です。その一角に、ひっそりと「おんせんブックス」と書かれた小さな看板が立っていました。

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コンセプトは、"ちょうどいい温度の本"

週1で自分の古本屋を営業し、ほかの日は2つの新刊書店でアルバイト。おんせんブックスの店主、越智風花さんは現在24歳。22歳のときにおんせんブックスを開店し、今年で3年目を迎えます。

キャッチコピーは、"ちょうどいい温度の本を集めています"。

「両親が本好きで家にたくさんある環境だったので、物心ついたときから私も本が好きでした。でも、将来本屋さんになりたいとは考えていなかったんです」。小学生の頃は、当時猫を飼っていたことから獣医さんになりたかっという越智さん。

「大学生になって周りのみんなが就活をはじめて、改めて何をやろう? と考えたとき、ワンダーフォーゲル部に所属していたこともあって、最初は山に関わる職業に就きたいと思っていました。山岳ガイドになるか、山道具のショップ店員になるか、山小屋で働くか、山の雑誌を作っている出版社に入るか。でも、考えていくうちにどれもピンときませんでした」

就職活動と、大家さんの後押しが転機に

山以外の仕事で何がやりたいかを再度考えたとき、本屋にいきついたのです。「本に関わる仕事をしたい」と自覚した越智さん、下宿先の大家さんに雑談のつもりでその話をしたところ、「ここでできるよ」と後押ししてもらったことがきっかけで起業を決意。そこで参考にしたのが、昔から憧れていた『なタ書』。香川県高松市にある、完全予約制のちょっと変わった古書店です。

「本の選び方がとにかくすごいんです。最近の古本屋さんって、古書や貴重書をメインに売るか、きれいな状態の古書をセレクトして売っているスタイルなんですけど、同店はちょうどその真ん中くらいにあって。なんて表現したらいいか、難しいんですけど......」

『なタ書』は、新刊書店で見たことのあるような本が古本屋さんとして並んでいるわけでもなく、かといって、貴重な本が並んでいるわけでもありません。

「行くと必ず気になる本に出合えるんです。でも、『なタ書』を目指してお店づくりをするにはかなり知識がいるので、憧れはあっても、たどり着けないだろうなって思っているんですけどね」

越智さんは控えめにほほ笑みますが、22歳でひとり起業し、開店までの準備期間はたった1カ月だったというから、情熱は相当のもの。

ソファを什器にしようとしたのも、『なタ書』がお手本。「松本市にあるカレー屋さんがソファをくれました。お店をやるって決めて、まずおんせんブックスのFacebookページを作ったんです。そこにソファが欲しいですってつぶやいたら、面識もないのに譲ってくださって」

実際には本を置いてみたところ圧迫感があったため、什器にはせず、お客さんのくつろぎスペースとして活躍中。その場でゆっくり読書してもよし、もちろん、気に入った本があれば購入してもよし、というユニークなスタイルのおんせんブックス。8畳ひと間と、けっして広くはない空間ですが、そこにはおっとりした越智さんらしいスロウな時間が流れていて、つい腰を据えたくなります。

立派なソファは、松本市にある『ガネーシャ』さんから。譲ってくれたうえにここまで届けに来てくれたそう

開店資金は8万円。アルバイト代を貯めたお金を使い、DIYで節約

「開店までにかかった費用は8万円くらいです。アルバイト代を貯めたお金を使って準備しました。大家さんが本屋を開くうえで必要な経費などの相談に乗ってくれたおかげで、それなら私にもできるかもって、現実味を帯びてきたんです。本棚の作り方も大家さんが教えてくれて、自分で作って節約しました」

スペースに合わせて自作した本棚。細い木をいくつも組み合わせている

訪ねて来てくれるのは、近所のおじいちゃんおばあちゃんから、お子さん連れのママ、大学生など様々。「1年以上前に取材を受けたときの新聞の切り抜きを持って訪ねてくれるおばあちゃんもいるし、FacebookやTwitterを見て来てくれる人もいたりして、色々な人が来てくれます」

そのため、本はなるべくジャンルが偏らないようにセレクト。ほかにも、越智さんがおもしろいと思った本、読んでほしい本が置いてあります。

オープンする前は、浅間温泉に来た人がふらっと立ち寄ってくれたらいいなと思っていたそうですが、実際には「おんせんブックスをめがけて来てくれている」とのこと。交通の便がいいとは言えない立地ですが、それまでしても足を運んでみたくなる魅力がここにはあるのです。

本棚には温泉街らしい演出も。そのときのイチオシを入れている

「本は本棚に」という概念にとらわれすぎない、じつにユニークな置き方

突然家に誰かが遊びに来てくれる"サプライズ感"があって楽しい

猛スピードでインターネットの普及が進み、紙の出版物が衰退していると言われる昨今、新しく本屋を作って本を売るのは難しいものを感じてしまいますが、越智さんからは意外な言葉が返ってきました。

「うーん......大変なことってなんだろう? オープンしているのも週1ですし、なるべく労力がかからないようにやっているものあって、開店して大変に思ったことはないかもしれません。うちは常連のお客さんって少なくて、ふらっと新しい人が訪ねて来てくれるので、オープンする日はいつも楽しみです」

「突然知り合いが来るときもあって、なんだか自分の家っぽくもあるんですよね。来るんだったら事前に連絡くれればいいのに~って(笑)」。そんなサプライズ感も嬉(うれ)しい、とニッコリ。

オープンして3年目。越智さんには、これから描いている夢があります。

「ゆくゆくは松本の市街地や隣の塩尻市などに移転して、新刊も扱えるお店にバージョンアップしたいと考えています。今は週1ですが、週4、5日オープンして、今よりちゃんと(笑)。そのための計画を今練っていて、色々な人に話を聞いています」

今秋には、アルピコ交通とタッグを組み、電車のなかで本を読むイベント『しましま本店』の第3回を計画中。

いそがない、あわてない、越智さんのてまひまかけた毎日は、まだ始まったばかり。でも確かな一歩として前に進んでいるようです。

(文・写真 山畑理絵)

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INFO / 取材協力:おんせんブックス

住所 / 長野県松本市浅間温泉3-30-13 篶竹(すずたけ)荘

営業時間 / 不定期営業のため、ウェブサイトから営業時間要確認

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