アメリカ連邦最高裁判事の候補に指名された人物が、性的に不適切な行為を犯したとして告発されているにもかかわらず、その人物は最高裁判事に承認されようとしている。同じことが、27年前に起きていた。
ダイアン・ファインスタイン上院議員(民主党、カリフォルニア州選出)は2016年11月、女性初の上院司法委員会の幹部となり歴史に名を残した。彼女はこの画期的な人事について声明で、アニタ・ヒル氏の功績に感謝の意を表した。アニタ・ヒル氏は1991年、クラレンス・トーマス最高裁判事を承認するための議会公聴会でトーマス氏のセクシャル・ハラスメントについて証言し、ムーブメントを起こしていた。
「私は1992年、『女性の年』(この年の連邦議会選挙で、女性議員が下院で28人から47人、上院で2人から7人に急増した)に上院議員になりました。アニタ・ヒル氏の公聴会の後、私は司法委員会に所属する最初の女性となりました。カリフォルニア州選出初なのは言うまでもなく、女性初の司法委員会幹部となったのは、私にとって素晴らしい栄誉です」と、ファインスタイン氏は語った。
ファインスタイン氏は1992年、上院議員に選出された5人の女性のうちの1人だった。この年、女性下院議員が史上最多となった。彼女たちの多くは、ヒル氏の衝撃的なセクハラ被害の証言を受けて、圧倒的に男性が占める議会を変えようと躍起になった。
その当時、セクハラは女性たちのプライベートな場で語られるものだった。しかし、ヒル氏はそれを公に暴露した。白人男性で構成された議会公聴会で、若い黒人の女性が証言する強烈な光景は、これまでにないものだった。
上院司法委員会の男性たちは、ヒル氏が話すことなど理解できなかったし、気にも留めなかった。ハワード・メッツェンバウム上院議員(民主党、オハイオ州選出)の発言が、ヒル氏の訴えに対する議員たちの反応を象徴している。「それがセクハラなら、連邦議会の上院議員の半数が訴えられることになる」と、彼は繰り返し断言した。
当時、民主党のジョー・バイデン前副大統領が上院司法委員長を務めていた。彼は、最もヒル氏を擁護する立場になり得るはずだった。しかし、後にヒル氏が回顧録やコメントで明らかにしたように、彼はヒル氏を失望させた。彼はトーマス氏に対して公平な立場を取ろうとし、ヒル氏の証言を裏付ける可能性があった女性たちを公聴会に出さなかった。
アメリカは性的に不適切な行為の問題に関して大きな変化を遂げた。 #MeTooの時代に、女性たちは正々堂々と被害を申し立て、ハリウッドプロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン氏やNBCのニュースキャスターだったマット・ラウアー氏は仕事を失った。
しかし、さまざま面で、ほとんど何も変わっていない。上院司法委員会の民主党筆頭理事が女性であっても、状況に変わりはない。
トーマス氏が連邦最高裁判事に就任して27年後、同じく最高裁判事の候補に指名されたブレット・カバノー氏は、性的不品行の疑惑に直面し、議会で証言する。カリフォルニア州パロアルト大学のクリスティーン・ブレイジー・フォード教授は高校生の時、カバノー氏から猥褻な行為をされたと訴えている。カバノー氏はこの疑惑を否定している。フォード氏とカバノー氏は、9月27日の議会公聴会でそれぞれ証言する予定だ。
ファインスタイン氏は7月の時点でフォード氏に関する情報を把握しており、上院議員、側近、報道陣を通じてその噂は議会の中で広まっていた。しかしファインスタイン氏は9月13日にニュースサイト「ジ・インターセプト」が報じたことで初めて、書簡を受け取って連邦捜査局(FBI)に報告したことをようやく公に認めた。
ファインスタイン氏に近い情報筋は「ニューヨーカー」に、彼女はフォード氏のプライバシーを守るために、この書簡についてずっと内密にしてきた、と語った。当初フォード氏は身元が明かされないことを望んでいた。しかし他の民主党議員によると、ファインスタイン氏もまた、この問題を取り上げることに消極的だったようだ、と語っている。「ニューヨーカー」は、次のように伝えている。
上院司法委員会に詳しい情報筋によると、ファインスタイン氏は当初、他の民主党議員に対し、この事件は過去の出来事すぎて公の場での議論に値しないし、「取り扱いに注意している」と伝えていたという。
さらにファインスタイン氏は、民主党議員がカバノー氏に質問する時、個人的な問題より法的な問題に焦点を当てた方が良い、という意識で動いていた。上院司法委員会の他の委員の下で働く情報筋たちは、その女性のプライバシーを守る必要性を尊重したが、なぜファインスタイン氏が、この疑惑に関する質問を控えたのか理解できないと語った。
「(ファインスタイン氏が)なぜ議員に状況説明しなかったのか分からない。全くもっておかしなことだ」と、議会筋の一人は語った。「ファインスタイン氏は7月下旬から、ずっとこの書簡を持っていた。そして私たち全員が、その存在に気付いていた」と、別の情報筋は付け加えた。
バイデン氏の前例もあり、ファインスタイン氏は、性的不品行の告発の取り扱いを誤るとどうなるのか、そのリスクを十分認識していた。しかし、ファインスタイン氏が躊躇したことを見ると、未だに多くの部分が1991年当時と全く変わっていないのだと思い知らされる。
ヒル氏は14日に発表した声明の中で、上院司法委員会を招集して公正で中立なプロセスを整備し、こうした告発に対処するよう求めた。ヒル氏もまた、女性が名乗り出るのは未だに困難なことだと語っている。
ブレット・カバノー氏に対する性的告発に関するアニタ・ヒル女史の声明
「告発者が名乗り出ることを躊躇するのは、この#MeToo時代においても、力のある人による嫌がらせや虐待、暴行を報告することが今なお、いかに大変なことであるかを示しているのです。こうした申し立ての深刻さを考えると、政府は告発を調査する公正で中立な方法を確立しなければなりません。
上院司法委員会は、こうした種類の告発者の声が届くようなプロセスを整備するべきです。こうしたプロセスの中で告発者が攻撃されるとどのような事態になるのか、私は目の当たりにしました。誰もがもう二度と我慢するようなことがあってはならないのです」
最高裁判事指名で呼び起された、事件の痛み
「ニューヨーカー」によると、フォード氏(当初は匿名)は7月、ファインスタイン氏やアナ・エシュー下院議員(民主、カリフォルニア州)ら国会議員と接触し、カバノー氏から過去に受けた性的不品行の内容を告発した。カバノー氏が最高裁判事の候補に指名されたことで、1980年代に起きた事件の痛みが呼び覚まされたのだ。フォード氏は名乗り出るべきかどうか、ひどく葛藤した。
エシュー氏やファインスタイン氏と面会した後、判事に承認されることはほぼ確実だと思われるカバノー氏の状況を目の当たりにし、フォード氏は公の場には出ないと決心した。しかしカバノー氏が14日、疑惑を否定する声明を発表すると、フォード氏は自らの実名を公表し、上院司法委員会で証言することに同意した。
ヒル氏も当初は口を開くことに乗り気ではなかった。彼女は限られた人たちにしか自分の身に起きたことを話していなかったが、フォード氏と同じく、噂がワシントンで広まり始めた1991年9月初旬になってようやく、上院議会の補佐官が彼女に連絡をとってきた。それはトーマス氏の指名を承認する投票の数週間前だった。
ヒル氏は自分に起きたことを話す意思があった。自分の持っているすべての情報を捜査官たちに話す公共の義務があると思ったからだ。しかし彼女は公聴会での証言を望んでおらず、メディアに知られるのも嫌がった。彼女は確実にしっかりとした調査されることを望んでいた。そして他にも告発者がいるのかを明らかにしてほしいと思っていた。
最終的に、バイデン氏の事務所からヒル氏に連絡があった。しかし彼女が自分の回顧録でも書いたように、彼らは彼女の話をまともに取り合わず、そして彼女が要求しても最新情報を提供してもらえなかったことから、ヒル氏はすぐに苛立ちを感じるようになった。FBIが彼女を聴取したが、彼女はFBIがまとめる報告書に追記したいと文書に記した。バイデン氏のスタッフは、そのヒル氏の文書を彼女の同意がないまま委員会のメンバーに共有した。ヒル氏が初めて上院のスタッフから連絡を受けてから約3週間後の9月28日、委員会は投票でトーマス氏を最高裁判事に承認した。
10月3日、ヒル氏は公共ラジオ局NPR のニナ・トテンバーグ氏から電話を受けた。その翌日、 ニューズデイ紙のティム・フェルプス記者からも連絡があった。彼らは2人とも、最終的にヒル氏の名前を公表して記事を掲載した。記事が掲載されると、ヒル氏の人生は一変した。
そのときになってようやく、上院議員たちはヒル氏の主張が真実だと気がついたようだった。そして一般市民たちから激しい怒りを買ったが、ほとんどの議員たちは何をするべきかわからないようだった。あるいは、10月8日に迫っていたトーマス氏の指名はもはや止められないと思っていたのかもしれない。
ヒル氏は疑惑の目を数多く向けられた。民主党のデニス・デコンチーニ上院議員(当時)は、性的な嫌がらせを受けた女性は「長い間無為に過ごすのではなく、そのことに腹を立てるはずだし、それに関して何かするはずだし、不平を言うはずだ」と語った。言い換えれば、被害者だったら(彼が考える)取るべき行動を取っていなかったのだから、ヒル氏はおそらく嘘をついているのだろう、と思われていた。
共和党のアラン・シンプソン上院議員(当時)は、ヒル氏が証言したら、「傷つき、打ちのめされ、けなされ、嫌がらせを受けるだろう。それも性的なものとは異なる、本物の嫌がらせだ」と警告した。
ヒル氏は証言中に共和党のアーレン・スペクター上院議員(当時)から最も苛酷な扱いを受けた。彼はトーマス氏を擁護するため、共和党からヒル氏を攻撃する役割を担っていた。しかし、ヒル氏は民主党から擁護されることはほとんどなかった。
民主党側にヒル氏の支持者がいなかった
ヒル氏を擁護したのは、下院の女性議員たちだった。バーバラ・ミカルスキ氏は当時唯一の女性民主党上院議員だった。しかし上院本会議前に予定されていたトーマス氏の指名承認投票当日、7人の女性議会議員が国会議事堂を行進し、ジョージ・ミッチェル上院院内総務(当時)と話したいと要求した。彼女らは最終的に彼を説得し、トーマス氏の指名投票を遅らせた。
バイデン氏は、共和党からも圧力を受けていた。トーマス氏を支援していた共和党のジョン・ダンフォース上院議員(当時)がその中心人物だった。バイデン氏は当初2週間の延期を望んだが、ダンフォース氏が公正を期すためには手続きの進行を早めるべきだと説得した。バイデン氏はヒル氏の証言を1991年10月11日に設定し、15日にトーマス氏の指名を上院本会議で行う前に、司法委員会がもう一度投票を行わないことに同意した。バイデン氏は、トーマス氏のポルノグラフィに対する関心など、彼の性的な側面に関する質問を公聴会では行わないと語った。
「ジョー(・バイデン)は、何が何でもトーマス氏を最高裁判事にしようする共和党に対応するために、余りに譲歩しすぎたのです」。前出のメッツェンバウム氏は後に、トーマス氏とヒル氏の戦いを追ったノンフィクションを書いたジェイン・メイヤー氏とジル・エイブラムソン氏にそう語った。
また、バイデン氏は、トーマス氏がヒル氏が証言する前後2回にわたって証言することに合意し、共和党に大勝利をもたらした。中でも決定的だったのは、ヒル氏の告発に対するトーマス氏の証言を、数百万人がテレビを見るゴールデンタイムである金曜日の午後9時に設定したことだ。
ヒル氏は回顧録の中で、バイデン氏がそのような対応をしたことで、裏切られたと感じたと書いている。彼女の回顧録によると、バイデン氏はヒル氏が証言する3日前に、「望めばいつでも、最初と最後に証言する選択権がある」と電話で伝えたという。
バイデン氏は元々、ヒル氏の証言で公聴会を終わらせる予定だった。しかし、自身を弁護する機会を奪われたと主張するために記者会見を開くと脅すトーマス氏の側近からの圧力に、バイデン氏は屈してしまった。
バイデン氏はヒル氏が証言する2日前、「疑惑を向けられ告発された人に、機会を与えることを前提に始めなければならない。私は真実を追い求め、単刀直入に厳しい質問をしなければならない。ヒル氏が真実を伝えることになれば、彼女にとって不公平な状況になると、内心思っている。しかし一方で、私が正当な質問をしなければ、全く無実かもしれない人に対し極めて不公平となる。2人の人間の人生を危機に追いやるのだから、とんでもない板挟み状態だ」と、ニューヨーク・タイムズ紙に語った。
バイデン氏の決断のなかで最も議論を呼び、そしておそらくは最も決定的だったのは、疑惑を否定するトーマス氏に反論するために、ヒル氏の主張を裏付ける3人の女性を公聴会に召喚しなかったことだ。上院司法委員会の職員が彼女たちに聞き取りを行ったが、公聴会での証言ほどインパクトを残せなかった。
バイデン氏は、自ら率先して3人の女性たちから聞き取りをしたと主張している。しかし、バイデン氏の補佐官だった人物によると、それは誤りで、バイデン氏は他の上院議員と同じく、ただ公聴会を終わらせたいだけだったと証言している。
バイデン氏は、ヒル氏が厳しい立場に置かれていたにもかかわらず、自分はヒル氏に協力していたと考えているが、当のヒル氏はそのようには思っていない。
ヒル氏は2016年、ハフポストUS版のインタビューでこう語っている。
「3人の女性が、実際に体験し、あるいは目撃した(トーマス氏の)行動について法廷で証言する意志を示していました。しかしバイデン氏は、彼女たちを召喚しませんでした。上院が流していた間違った情報ではなく正確な情報を伝え、一般市民がセクハラについて理解できるようにする専門家もいました。バイデン氏は、彼らも召喚しませんでした」
ファインスタイン氏への批判
カバノー氏が最高裁判事の候補に指名された当初は、子どもの送り迎えをする良い父親、ビールとバスケットボールが好きなごく普通の人など、彼の人物像について様々なエピソードが語られた。
公聴会では、民主党議員らはカバノー氏の人格に関する質問を避けてきた。民主党議員が質問したのは、人工妊娠中絶、医療保険、大統領の権限に関するカバノー氏の考えや、カバノー氏がジョージ・W・ブッシュ大統領政権下で勤務した際の文書を共和党が民主党に対して公開しないことなどだ。
しかしこの公聴会の後、論点に変化があった。民主党議員らはカバノー氏に対して、ギャンブルで問題を抱えたことがあるか、男性同士で出かけた後の友人とのメールではどのようなことを話していたのかといった質問を投げかけた。
カバノー氏の最高裁判事就任に反対する人たちは、性的暴行を受けたと話すフォード氏が当初匿名でいたいと願っていたのだから、ファインスタイン氏が情報を公開しなかったことは理解できるとしている。しかし、ファインスタイン氏はセクハラ疑惑を公聴会で取り上げるにはあまりに時間が経過している、あるいは議題からずれていると考えた。この対応には疑問が残る。
評論家のマイケル・トマスキー氏は、「ダイアン・ファインスタイン、あなたは何を考えていたんだ?」という見出しでニュースサイト「デイリー・ビースト」にコラムを書いた。その中でトマスキー氏は、ファインスタイン氏は女性の身元を明かさずとも他の議員と情報を共有できたはずだと指摘し、ファインスタイン氏が数か月もの間、寄せられたセクハラ疑惑の情報に何の対応もとらなかったことを非難した。
ダイアン・ファインスタイン。ジョー・バイデン。指名された候補が変わっただけで、(彼らは)同じようにがっかりするような行動を取っている。
カバノー氏の性暴力疑惑をめぐっては、フォード氏にとどまらず、告発者が実名・匿名で次々と名乗り出る事態となっている。
23日の「ニューヨーカー」によると、カバノー氏とイエール大学で同級生だったデボラ・ラミレス氏は、学生寮でのパーティでカバノー氏から性的な嫌がらせを受けたと告発した。
また、トランプ氏との不倫疑惑をめぐって提訴している俳優ストーミー・ダニエルズ氏の弁護士マイケル・アベナッティ氏は26日、集団性的暴行の被害を受けたと主張する女性の供述書をTwitterで公開した。供述書によると、被害を申し立てたジュリー・スウェトニックさんは1982年、パーティーで集団暴行され、その現場にカバノー氏がいたという。
NBCニュースは26日、別の匿名女性から上院司法委員会にカバノー氏からの性暴力被害を訴える投書があり、調査を進めていると報じた。これまでに、4人の女性がカバノー氏からの暴力被害を訴えている。
※Huffpost US版の記事を翻訳、編集の上、最新情報を加筆しました。