8月6日、広島は73回目の原爆忌をむかえた。
人類史上初めて原子爆弾が投下されてから73年。これまでに、世界各国の指導者や著名人が広島を訪れた。
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、インドのネール首相、フランスの哲学者サルトル、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラ、旧ソ連の指導者ゴルバチョフ氏、そしてアメリカのオバマ大統領...。それぞれが、ヒロシマの悲劇を伝える言葉を紡いだ。
被爆地について語られた言葉を、平成最後の広島原爆忌にふりかえりたい(肩書きなどは当時)。
「痛ましいのは原爆が投下されて14年たった今年も後遺症で多くの人が亡くなっていることだ」
「資料館では、胸が引き裂かれるような場面を見た」(帰国後、現地紙に寄稿)
(2006年8月1日・朝日新聞「革命家ゲバラが見たヒロシマ」)
「広島を訪れて、日本に来てから最大の感銘を受けた。原爆にあった人たちが勇気をもって生活している態度に尊敬を覚えるとともに、多くの人たちが平和のために苦しんでいる人たちとの連帯の気持ちを持ち続けるべきだと考える」
(1991年8月1日・朝日新聞「ヒロシマが語りかける 原爆資料館、全面改修し再開」)
「原爆の被害がどんなに悲惨だったかみせつけられた。今は科学が進歩しているから、これよりも何十倍、何百倍もの威力を持つ爆弾が使われ、被害は想像もつかない」
(1991年3月1日・朝日新聞「映画俳優ジャッキー・チェンさん 広島に学ぶ」)
「いまここであの日の瞬間、爆風を感じている」
「瀕死(ひんし)の被爆者がさまよっていた。父と母の姿も見えた。川に浮き沈みする遺体も見えた」
「(米国の歴史を批判する)僕たちの主張は、米国の大手メディアは受け入れない。時々無力感を感じる」
「私の最大のメッセージは、真実を学んでほしいということ。若者に関心を高めてほしい」
「若い世代は、広島についてもっと学ぶべきだ。僕だって5、6年前まで広島の歴史を知らなかった」
(2013年8月6日・朝日新聞「オリバー・ストーン監督、広島入り」)
「戦後70年間、広島が被爆したことは全世界の人の心にあり続けた。平和を祈りたい」
「(「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑文について)犠牲者の気持ちを思い、いまを生きる私たちが平和を守るということですね」
(2015年7月31日・朝日新聞「ジミー・ペイジさん、被爆地訪問」
「ヒロシマに多大な苦痛をもたらした恐るべき罪悪が二度と起こらないよう、神がわれわれ一人ひとりを愛するように互いに愛し合いましょう。愛と祈りの行為が平和の行為であることを忘れないようにしましょう」
(1997年9月6日・朝日新聞「マザーの愛忘れない マザー・テレサ死去」)
「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません」
「過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。広島を考えることは、核戦争を拒否することです。広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです」
「(平和記念資料館の印象について)本当におそろしい広島の模様をそこで見た」
「核兵器が、絶対的な権力を持っており、激情にかられ理性の入る余地のない人たちの手に入ったらどうなるのか」
「非武装化された世界を目指すべきだ。そのためには、私たちの世代がそのための考えをとりまとめなければならない」
(2010年11月12日・朝日新聞「広島、ノーベル平和賞サミット開幕」)
「人類は広島の教訓を十分学び取っておらず、世界はまだ危険のふちにいる。たくさんの人々が広島を訪れなくてはならない」
(2003年3月4日・朝日新聞「被爆の教訓、人類は学べ キューバ カストロ議長が広島を訪問」)
「恐ろしい原水爆禁止のために私は皆さんに共鳴し闘う」
(1991年8月1日・朝日新聞「ヒロシマが語りかける 原爆資料館、全面改修し再開」)
「それは二度と起こってはならない」
(1995年11月1日・朝日新聞「シュミット・元西ドイツ首相、広島を訪問」)
「この資料館は世界の人々にとって、平和とよりよい理解に向けての永遠の思い出とならなければならない」
(1995年8月8日・朝日新聞「ヒロシマから」)
「歳月がヒロシマの悲劇の痛みを和らげることはできませんでした。このことは決して繰り返してはなりません。私たちは原子爆弾の犠牲者のことを決して忘れてはなりません」
(2016年5月12日・朝日新聞「世界からヒロシマ訪問、これまでどんな人が」)
「広島と同じように、世界はこれらすべての脅威を忘れない。そして広島と同じように世界が平和な生活の道を歩むことを私は信じる」
(1995年12月7日・朝日新聞「芳名録に「平和」の祈り ハベル大統領らが記帳」)
「世界のリーダーたちは広島を訪れ、核兵器の惨禍を学ぶべきだ。核兵器を手に入れようとする者、戦争を仕掛ける者は、広島の経験から学び、反省するべきだ」
(2010年2月8日・朝日新聞「アッバス・パレスチナ議長『広島から学べ』 初の訪問、原爆慰霊碑に献花も」)
「心臓を締めつけられる思いだ。この悲劇を二度と繰り返してはならない」
(1991年8月1日・朝日新聞「ヒロシマが語りかける 原爆資料館、全面改修し再開」)
「いかに今日の広島が美しかろうとも、この地に立てば、そのすさまじい悲劇について思いをめぐらさずにおれない」
(1995年8月8日・朝日新聞「ヒロシマから」)
「核を保有する国々は、勇気を持って恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求しなければなりません」
「世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります」
「この未来こそ、私たちが選択する未来です。未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう」
「核なき世界」を呼びかけたバラク・オバマ氏が、アメリカの現職大統領として初めて広島を訪れたのは、2016年5月のことだった。
原爆投下への謝罪や原爆投下の是非には言及しなかったが、かつて原爆を投下した国のリーダーが広島を訪れたことは、歴史的なことだった。
あれからたった2年。核廃絶をめざす動きは大きく様変わりした。オバマ氏に代わって大統領の座に就いたトランプ氏は「小さく使いやすい核」の開発を進めるとしてロシアを牽制。これにプーチン大統領は「たとえ小さな核でも、使用されれば核で報復する」とやり返す。かつての米ソ冷戦を彷彿とさせる応酬だ。
原爆慰霊碑に刻まれた「過ちは繰り返しませぬから」という誓いの言葉が、ポスト平成を生きる私たちに、未来を問いかけている。