「一発屋芸人には才能がある」 髭男爵・山田ルイ53世さんは断言する

髭男爵・山田ルイ53世さんの新刊『一発屋芸人列伝』が、反響を呼んでいる。
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「あの人、最近消えたよね」

「今テレビに出まくってるけど、すぐ消えそう」

ネットで、飲み会の席で、しばしばこんな風に話のネタにされる「一発屋芸人」たち。彼らの人生にスポットライトを当てた書籍『一発屋芸人列伝』(新潮社)が5月に発売され、反響を呼んでいる。

著者はお笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世さん。自らも「一発屋芸人」の1人だ。貴族風の衣装に身を包み、「ルネッサ〜ンス!」とワイングラスを掲げる"乾杯ネタ"でお茶の間の人気者になった。

山田さんが筆を取るモチベーションになったのは、「一発屋芸人」と称される彼らが心ない言葉で評価されてしまうことへの「悔しさ」だったという。

ネットが普及し情報があふれる現代社会では、目まぐるしいほどのスピードでブームが移り変わる。一発屋芸人たちは、まるで突風を起こすかのようにテレビ界に颯爽と現れ、話題をさらい尽くしたあと、人知れずブレイクの波から去っていく。

レイザーラモンHG、コウメ太夫、テツandトモ、とにかく明るい安村、波田陽区...。

『一発屋芸人列伝』の目次には、かつてテレビで脚光を浴びた芸人11組の名が並ぶ。

波田陽区(2015年撮影)
波田陽区(2015年撮影)
時事通信社
ハローケイスケ(2015年撮影)
ハローケイスケ(2015年撮影)
時事通信社
髭男爵(2015年撮影)
髭男爵(2015年撮影)
時事通信社

「正統派漫才」とは一線を画するその芸風ゆえか、彼らは「嘲笑」の的になりやすい。テレビでも、Twitterでも、メディアでも、ブームが過ぎた後は「消えた芸人」として扱われてしまう。

「ネットでエゴサーチをしていると、誰かもわからない人に『おもんない』と言われたりして。『いやいや、おもろいから売れとんねん』とも思いますし、『なんでそんなこと言われなあかんねん』と。幼稚な怒りですけど、悔しさみたいな感情があって、根源的なところではその単純な思いがモチベーションになっています」

山田さんはそう話す。一貫して主張するのは、一発屋芸人は才能を持った人たちである、ということだ。

「みんな1回大きく売れただけあって、才能豊かで、しっかり芸の発明をしていたことが取材を通して再確認できました。全部に、みんなのギャグに理由があるというか。一発屋芸人はただ奇をてらってやっている、と思われがちなんですけど、実は全然違う。あまり芸人の立場からお客さんに向けて言うことじゃないんですが、まあ、僕1人ぐらい言う奴がいてもいいやろう、と思っています」

「売れるにはそれなりの理屈というか、ちゃんとした仕組みがある。それぞれの芸人の生い立ちから彼らが過ごしてきた人生、芸人になってから売れるまでの暮らしとか思いみたいなものが『フォー!』(レイザーラモンHGの決めポーズ)になったり、『右から来たものを左に受け流すの歌』(ムーディ勝山の持ちネタ)になったりするんです」

山田さんはそう話す。芸人が芸人について書くことの難しさはあったが、"傷の舐め合い"にならないよう、距離感に気をつけたという。

時にはツッコミを入れながら、フラットだが愛のある視点で芸人たちの個性とおもしろさをありありと映し出し、編集者が選ぶ「第24回雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。

レイザーラモンHG(2005年撮影)
レイザーラモンHG(2005年撮影)
時事通信社
ムーディ勝山(2015年)
ムーディ勝山(2015年)
時事通信社

『一発屋芸人列伝』が描くのは、テレビを見ているだけでは知ることができない、芸人たちの「素の顔」だ。ともすれば「イメージダウン」してしまうかもしれない一面ですら、赤裸々につづられている。

例えば、かつて「なんでだろう〜♪」のフレーズで一世を風靡したテツandトモ。現在は地方営業で大人気の彼らだが、作中には彼らのプロフェッショナルな一面を物語る、こんなエピソードが紹介されている。

テツandトモ含む一発屋芸人が出演するバラエティー番組の企画で、当時天才子役として注目を浴びていた芦田愛菜さんがゲストとして登場した時のこと。芦田さんが「なんでだろう〜♪」のリズムに合わせて番宣をするという内容だったが、こんなハプニングがあったという。

途中、愛菜ちゃんが上手くリズムに乗れなくなり、釣られて、テツも言い淀む。

次第に展開がグダグダになってきたその時、

「お前がちゃんとやれよ!!」

トモの、ツッコミと呼ぶにはあまりにも剥き出しの苛立ち......怒りが爆発した。

一気に緊張感を増す「旬じゃないルーム」(※)。息を呑む一発屋の面々。何より、天才子役の顔が引きつるのを筆者は初めて見た。

以来、トモがどれだけニコヤカに振る舞っていても、

(本当は"あれ"なんだ......)

未だに、あの空気が忘れられない。

P.78〜P.79より / ※編集部注:番組内の企画名

その後の山田さんのインタビューで、トモさんは当時の心境について、「ちゃんとしたかった」「営業でも、30分でと言われたら、30分で終わらせたい」と振り返ったという。プロ意識に徹するがゆえの、相方への厳しい叱責だった。

テツandトモ(2003年撮影)
テツandトモ(2003年撮影)
時事通信社

プロの現場で起きたことだ。でも、もしこの一幕をお茶の間の子どもたちが見たり、知ったりしたら、どうなるのだろう...。こんな生唾を飲み込んでしまいそうなリアルな出来事も、山田さんはあるがままにつづっている。

「夢、壊れました?」と、山田さんはどこか"してやったり"の表情で笑う。

「本来、お茶の間の皆さんというか、お客さんでもある『視聴者』に伝えるべきではないことを書いてますからね」

「基本的に、ここに書いてる人たちの話は、全部芸人さんにも事務所にも原稿チェックをしていただいてます。でも『ここは切ってくれ』みたいのはなかった。テツトモさんも『大丈夫です、書いてください』というスタンスだったんで、逆に『すごいな、潔いな』というか。プロ意識が高いんです、テツトモさんは。特にトモさんは」

同著は月刊誌『新潮45』の連載を書籍化したものだ。「子どもは読者のターゲットと考えていない」と前置きしつつも、山田さんはこう話す。

「ただ、僕はそういうところも大人は子どもに見せるべきやな、とも思っていて。たとえば、今は何でも『0か100か』、わかりやすい味しか子どもに教えない。大人ですら、それこそネット空間とかでは、本当に『勝ちか負けか』みたいな、この2つしかない状況が多いですよね」

「いずれにせよ、みんなで叩いたり持ち上げたり、不気味なほどに二極化しているというか、単純な味しかみんな理解しないようになっている。そういう意味では、この本に載ってる人たちの人生は非常に複雑で、芳醇で、発酵食品のような味わい深いものだと思います。それがいいな、と思いますし、伝わってほしいと思うんです」

世間から「消えた」と言われる一発屋芸人たちの"その後"の人生は多様だ。

ラップ芸のジョイマンは、Twitterで「消えた」と呟く人たちに「消えてないよ!」と次から次へとメッセージを送ったり、お客さんが1人も来ないサイン会の様子をツイートしたりして、話題を呼んだ。波田陽区は福岡で再起を図っているところだ。キンタロー。さんはテレビ番組の企画で社交ダンスに打ち込み、日本代表に選ばれた。

ジョイマン(2015年撮影)
ジョイマン(2015年撮影)
時事通信社
キンタロー。(2014年撮影)
キンタロー。(2014年撮影)
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「一発屋」として一世を風靡した彼らは、また大きな花火を打ち上げるために、今もしのぎを削っている。

芸能人に向かって、大上段に構えて『お前なんかおもんないわ』というのは自由ですけど...その意見に対して『そういうお前は何様やねん』と心の中でツッコんでいる人もいるはずで。去年テレビ番組で、その厳しい目を自分自身に向ける勇気はあるのか、みたいなことを言ったんですが、そういう意味でこの本に登場する人たちは、その厳しい目をみんな自分に向けています。本当に、1番厳しい目を自分の人生とか芸に向けている人たちですから

最終章では、自らのコンビ・髭男爵について書いた。

担当編集者から「最後は髭男爵で」と言われていたが、半年間は拒み続けたという。「相方のことをちょっと悪く書いて逃れるっていう迂回の仕方をしてます」と言いつつも、悩んだ末につづった自らの「列伝」には、まさしく「発酵食品のような味わい深さ」がつまっていた。

相方・ひぐち君との哀愁入り混じった「コンビ仲」が特に印象的だ。「コンビを組んで2、3年は、『どうせ樋口は"帰る場所"がある人間だ』と余り信用もしていなかった」(P.221)とドライな本音も赤裸々につづられた。

山田さんは中学生から芸人になるまでの6年間、引きこもりを経験している。これは2015年に自伝『ヒキコモリ漂流記』が出版され、広く知られたことだ。

「追い詰められていましたから、やっぱり。20歳まで6年間引きこもっていて、本当に社会の一員でも何でもなくなっていた状況でずっと生きていたもんですから。もう誰の言うことも信用できない、みたいな感じになっていたんですね」

その追い詰められていた時期に「髭男爵」の一員としてスタートを切った、10年後。"挫折"の日々を微塵にも感じさせないような、明るい「ルネッサ〜ンス!」のかけ声で、山田さんとひぐち君はブレイクした。試行錯誤し、笑いを追求した結果の大ヒットだった。

髭男爵(2009年撮影)
髭男爵(2009年撮影)
時事通信社

「視聴者」である私たちは、テレビに映る芸人たちの「本当の顔」を知らない。テレビの向こう側にいる彼らが何を思っているのか、本当はどんな人でどんな人生を送ってきたのか、「表」を映し出すだけのバラエティー番組を見て推し量ることは難しい。

だからこそ、「消えた」なんて後ろめたさを持たずに言えるのかもしれない。けれどもう少し、その前後のドラマにも、思いを馳せてみたい。

「ここまで来たらね。50歳とか60、70歳ぐらいになっても、シルクハットをかぶってひぐち君もあんな格好して、『何とかかーい』とか言うてたら、逆におもしろいかな、ということで。今はコンビとしてはそこを目指してます」

ひぐち君はワイン道を極めるために、「ワインエキスパート」の資格を取得した。髭男爵の2人のコンビとしての活動は、今は地方営業が主だという。数ある「一発屋芸人」たちと同じように、もちろん、山田さんの芸人人生も続いているのだ。

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