池井戸潤は貫く、職業作家としての信念を。“弱者の味方”扱いは「正直、勘弁してほしい」

「作家なんかデタラメなやつばっかりだよ。自分を含めて(笑)」

大手自動車会社の「リコール隠し」をモチーフにした池井戸潤さんの小説『空飛ぶタイヤ』が映画化され、ヒット上映中だ。

「半沢直樹」シリーズや『陸王』など、これまでにも池井戸さんは、企業の不正や中小企業の奮闘を描いた作品を発表してきた。だが、"弱者の味方"のよう持ち上げられることは「正直、勘弁してほしい」と語る。

「僕が書いているのは、あくまでエンターテインメントです」

池井戸潤は、なぜ小説を書くのか。本人に聞いてみた。

Aya Ikuta/HuffPost Japan

――日本人の気質って、よく「真面目」「几帳面」「職人気質」などと言われたりします。でも、企業の不正は後を絶ちません。役所でも、財務省で決裁文書の改ざん事件などがありました。なぜ、こういうことが起こるんでしょうか。

残念ながらそういう人達だったんでしょうね。まあ、「日本人が真面目だ」とかいうのは、「日本人論」みたいなものだと思うな。

――「日本人論」ですか?

そう。昔、イザヤ・ベンダサンという人が『日本人とユダヤ人』(1970年)という本を書いて、これがベストセラーになった。

この人物はユダヤ人で、日本人の日本人たる特徴を記した。たとえば、日本は村社会で、日本人は土着で移動しない農耕民族。一蓮托生じゃないけれど、以心伝心の世界を持っている...という具合にね。

これに多くの読者が共感した。「なるほど、これがユダヤ人から見た日本人か!」と。その通りだと思った。

ところが、このイザヤ・ベンダサンっていうのはペンネームで、筆者は実は評論家の山本七平だった。それがわかって、みんな衝撃を受けた。だけどその後、「日本人論」っていうのが流行り始めるわけ。

――「世界に誇れる日本」みたいな...。

「日本人は几帳面で真面目」なんていうのも、実は作られたイメージで、最近は「そんなこともないんじゃない?」っていう気がするな。ちょっと気を緩めたら、「隠蔽」とか「改ざん」のようなことが起きる。

起こしたことが悪いのか、バレたことが悪いのか、それはわからないですよ。たとえば麻薬で捕まって「反省はしていないけれど、後悔はしてる」っていう人もいるわけで。「もっとバレにくいところに隠しておけばよかった」とかね。

――なるほど。完璧な人間なんていないわけですからね...。

会社だってそう。全面的に「真っ白な会社」なんてない。必ずどこかでマズいことがあったりする。

だけど、それは程度の問題で、今後も不正が無くなることはないでしょう。でも不正のレベルにも色々なものがある。ものによっては「お前らダメじゃん」くらいで収める懐(ふところ)の深さみたいなものが、今の日本には重要だと思う。

僕達の日常生活に関係のないようなことは、マスコミがそんなに目くじら立ててもしょうがない。

——「空飛ぶタイヤ」でも、企業の不正を報じようとする週刊誌の記者が登場します。池井戸さんからみて、今のマスコミに必要なことって何だと思いますか。

本当に重要な問題と、日常生活に関係のないこととの「線引き」ですね。本当はそれを、マスコミがするべきだと思うんです。

何が問題で、何が重要なのかをうまく説明できていない。大切なことを後回しにしている。それを誰も指摘しないのは、おかしくないかなという気はするな。

ストーリー:ある日突然起きたトレーラーの脱輪事故。整備不良を疑われた運送会社社長・赤松徳郎(長瀬智也)は、車両の欠陥に気づき、製造元である大手自動車会社のホープ自動車カスタマー戦略課課長・沢田悠太(ディーン・フジオカ)に再調査を要求。
ストーリー:ある日突然起きたトレーラーの脱輪事故。整備不良を疑われた運送会社社長・赤松徳郎(長瀬智也)は、車両の欠陥に気づき、製造元である大手自動車会社のホープ自動車カスタマー戦略課課長・沢田悠太(ディーン・フジオカ)に再調査を要求。
Ⓒ2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

——池井戸さんの作品はいくつも連ドラ化されています。ファンとしては映像化は嬉しい。一方で、最近の映画やドラマではオリジナル脚本が減ってきているという声も。原作モノに頼る構造についてどう思いますか。

オリジナルで書く力のある脚本家が、活躍しづらくなっているんじゃないかなと思う。

もっと言えば、オリジナルを書ける脚本家が作品を発表できる場が少なくなっているのかもしれない。プロデューサーは視聴率と戦わないとならないから、新たなチャレンジがなかなかできないんだろうし。

——なるほど。才能ある脚本家は、まだこの国にはいっぱいいると。

書ける人はいると思うので、そういう人がオリジナル作品をどんどん発表できる環境が生まれるといいですね。

Aya Ikuta/HuffPost Japan

——池井戸さんは今年でデビュー20周年。平成が始まったタイミングで銀行マンとして社会に出て、それを活かして小説家になられた。この30年間、「平成時代」を振り返っての感想は。

いや、大変だったよ(笑)。今でも大変だけどね。でも、平成時代の評価は全然わからないな、すまん(笑)。

マクロ的なことってよく聞かれるんだけど、実は「そんなのわからないよ」っていつも言ってます。そもそも、まだ評価するには早すぎるよね。江戸時代を評価するのはわかるけれどさ。

やっぱりそういうのは、ちゃんと勉強して、それをテーマにしている大学の先生とか、専門家に聞くべきだよな。

みんなが名前を知ってるからといって、その人のコメントがあてになるかって、全然あてにならない。特に作家なんかデタラメなやつばっかりだよ。自分を含めて(笑)。みんな知らないから知識人扱いするけど、冗談じゃない(笑)。

——池井戸さんも「企業の闇や世の中のサラリーマンの闇を描いてくれて素晴らしい!」みたいに持ち上げられたりするのは...。

正直、勘弁してほしいです。「中小企業を応援するコメントをくれ」と言われることがあるけど、僕が書いているのは、あくまで普通のエンターテイメント。

僕が小説を書く目的は、読者に読んでもらうため。そして、売れるためには面白くなきゃいけない。

Aya Ikuta/HuffPost Japan

――「空飛ぶタイヤ」は実際に起こりそうな事件をモチーフにしています。それをエンターテインメントに昇華するのは筆力がいると思いました。

これは、リコール隠しという事件をエンターテイメントとして組み直した作品です。どこにでもいそうなサラリーマンの人生というか、どこにでも起きそうな話だよなと思ってもらえるように、人間くさく書いたつもりです。そういう一般性をお客さんに持っていただけるかどうか、いつもそれを考えながら小説を書いています。

——エンターテイメントであることが大事。

職業作家ですからね。実は、「正義」とかあまり考えたことがないんです。「企業はこうあるべきだ」とも、実はそんなに思っていないし。

もちろん「こういう事件はよくないよね」という道徳観はあるけど、それよりもはるかにエンターテインメントであることを目指しながら書いています。

このお話も、「こういう事件が起きないようにしよう」とか「不正が起きないようにしよう」とか、そういうことを言おうとしているわけじゃない。純粋にエンターテインメントとして楽しんでもらいたい。それが最優先で、最大の目的です。

それで「すごく面白いな」と思ってもらえれば、それが一番うれしいかな。

いろんな事件が起きた時に、「会社って、内部でいろいろとあるよな」とか「そういえば似たようなことを書いていた小説があったな」とか、そのくらいでいいんじゃないかなと思います。

Ⓒ2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

映画『空飛ぶタイヤ』公開中

原作:池井戸潤『空飛ぶタイヤ』 (講談社文庫、実業之日本社文庫)

出演:長瀬智也、ディーン・フジオカ、高橋一生、深田恭子、岸部一徳、笹野高史、寺脇康文、小池栄子、

阿部顕嵐(Love-tune/ジャニーズJr.)、ムロツヨシ、中村蒼ほか

監督:本木克英

配給:松竹

(C)2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

公式サイト:soratobu-movie.jp

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