北海道の最北地にほど近い天塩町。人口3000人ちょっとの小さな町に、外務省から副町長として着任したのが齊藤啓輔氏だ。
地元発信の地方創生モデルをつくりたいと、2016年7月の着任以降、豊富な食材の掘り起こしや磨き上げに着手。2018年3月には、天塩町から届く地元の食材を調理して、Instagramに投稿する公認インスタグラマーを採用し、自治体初とみられる試みに取り組んでいる。
齊藤副町長と公認インスタグラマーに就任したナヲさんに、天塩町を選んだ経緯や場所にとらわれない働き方などについて聞いた。
外務省から、3000人の町の副町長に
北海道紋別市出身の齊藤副町長は、外務省でロシア課に配属され、北方領土担当になったのきっかけに、地元・北海道をよく訪問するようになった。
「子どものころ、本当に嫌で嫌でしょうがなかった風景とは別の風景が見えました。食べ物や風景も、ポテンシャルがとても高い地域だなと思いました」
どんどん魅力発信するよう地元の人たちに勧めたが、なかなか意見が一致しなかった。それでも地元発信の地方創生のモデルケースをつくりたいと、「地方創生人材支援制度」を活用し、2016年7月に天塩町の副町長に着任した。
数ある候補地の中から天塩町を選んだのは、「一番ハードそうで、課題が山積している町だったから」。大きな産業こそないが、食材の宝庫である点に着目し、新商品の開発など食の磨き上げを徹底した。
フォロワー5万5000人。趣味のインスタがそのまま仕事に
その一環として取り組んでいるのが、公認インスタグラマーによる食の魅力の発信だ。
フォロワー数1000人以上の主婦を対象に、地元の食材を調理してInstagramで紹介してくれる人材を公募。人材サービス「ビズリーチ」の求人サイト「スタンバイ」を通じて、東京都在住の30代のナヲさんを採用した。
ナヲさんは、1歳の子供を育てる専業主婦。「撮って『いいね!』をもらったら励みになる」からと、結婚を機に料理の写真をInstagramに投稿していたら、フォロワーは約5万5000人(応募当時、5月28日現在は約6万6000人)にまで増えた。
もともと、今は子育てに専念するため、仕事への復帰は考えていなかった。そんな時、たまたま目にした天塩町の募集が、趣味で続けていた"インスタ投稿"する仕事だった。場所や時間の制約がなく、自宅でできることに魅力を感じ、手を挙げた。
「フォロワーが多くて、写真が素晴らしく綺麗。(面接で)お話を伺ったら、お母様が北海道出身ということでまさに縁を感じました」(齊藤副町長)
ナヲさんは発信力や料理の腕前、"おいしく見せる"スキルを生かして、天塩町の魅力を伝えることになった。業務委託という形で、年に4回ほど送られてくる地元の食材を自由に調理して、Instagramに投稿する予定だ。
ナヲさんは、こう意気込みを語る。
「インスタグラマーとしての仕事は初めてですが、天塩町の魅力をしっかり伝えて、投稿を見た人が『食べてみたい』『私が美味しいと言っているのなら試してみたい』と思ってもらえるような発信をしたいです」
「何これ?」インスタ映えする料理
初めての投稿は4月17日。天塩町から届いたラム肉、ホッキ貝など春の食材をふんだんに使った料理の写真をInstagramに載せた。「天塩の春を告げる味のおすそわけ、最北端にほど近い天塩の海(日本海)を見に行きたくなってしまった。。」とコメントも添えると、「いいね!」の数は3000件を超えた。
「『インスタ映えする料理』が求められていると思うので、『何これ?』と思ってもらえるようなものを作りたい。いわゆる郷土料理というよりは、インスタを見てる人たちにおいしそうだと思ってもらえるようなアレンジや、『こういうものも昔からあるんだよ』と紹介したいです」
ナヲさんなりのアレンジや工夫を加えながら、これから夏秋冬の味覚を発信する。
あたらしい雇用の形は地方を救う?
公認インスタグラマーは、食の魅力発信だけにとどまらず、行政によるあたらしい形の雇用創出や人材確保につながっている。
一つは、専業主婦・主夫を対象とした点だ。齊藤副町長は「出産・子育てのため離職した人向けの雇用を生み出す狙いがあった」と語る。さらにInstagramを活用することで、東京にいながら、1000キロ以上離れた北海道北端のまちのために働ける環境をつくった。
齊藤副町長自身も、場所にとらわれない働きかたを実践している。東京や海外への出張が多く、天塩町に月の半分いないこともあるという。その際は、パソコン一つで町政業務に当たっている。
「事情を知らない人から見たら、『またいない』と思われるかもしれませんが、オフィスにいて何も生み出さないよりは、外に出て色んな人と生み出した方が有益だと考えています」
そうやって人的交流や流動性を高めることが、天塩町の成長には不可欠だと語る。
「自治体側に住んでいる人は、新しい視点に触れないと自分たちが閉鎖していることにすら気が付かない。そうすると発展性がなくなってしまいます。地方は人材が限られているので、流動性を高めれば外部の力を借りることができます」
「色々な人が来たり関わったりすることが、町にとって最大の利益や宝だときちんと町民が認識して、発展につなげていくことができればいいと思います」