僕は水商売の世界に「企業のルール」をもちこんだ。「きれいごと」が分かる部下を育てるために。

【カリスマホストの裏読書術 #10】木村尚敬『ダークサイド・スキル 本当に戦えるリーダーになる7つの裏技』
Kaori Nishida

ビジネスの現場で、「ダークサイド・スキル」が注目されている。会計の知識やプレゼンをする技術などの「表社会のスキル」とは違って、部下や上司をうまく動かすための、泥臭い人間力のことを指す。たとえば、食事をして会社の別の部署の幹部と仲良くなり、根回しを重ねて仕事を進めていくようなスキルのことだ。

「歌舞伎町の住人には、ダークサイド・スキルしかない」と語るのは、ホストクラブ経営者の手塚マキさん。でも、それに頼り過ぎると落とし穴があるのだという。「僕は、ホストたちに対して、『きれいごと』のビジネススキルも分かる社会人になってもらいたいと思っています」。

経営共創基盤パートナーの木村尚敬さんが書いたビジネス書「ダークサイド・スキル」(日本経済新聞出版)を手に語ってもらった。

歌舞伎町では、ダークサイド・スキルが必須条件。

この本はネット上でもすごく話題だと聞きました。

会社の数字に強く、プレゼンがうまいだけの「優等生」では、たとえば古株の上司を動かしてビジネスを回すことは出来ない。やりたい仕事を実現するために、あの手この手を使って社内の人を動かすような「裏技」にスポットライトを当てたのが好評なのだと思います。

HuffPost Japan

僕はこの本を読んで嬉しくなりましたね。歌舞伎町では、新人ホストにですら当たり前に身につけさせるダークサイド・スキルが、超一流のビジネスパーソンたちに評価されている。俺たちの時代だ、と(笑)。

僕の部下のホストたちは、文章やロジックは苦手でも、口がうまい奴らが多いです。やりたいことがあったら企画書を作るのではなく、誰かを口説き落とす。もめ事があったら、その場のノリで解決していき、清濁あわせ呑んだ意志決定をしていきます。

3年間、毎日部下に「手紙」を書いた。

今回取り上げた本「ダークサイド・スキル」は、普通の社会人のスキルを持っている人に、あえてダークな手法を説いたのだと思いますが、僕が経営しているホストクラブのスタッフやホストには、逆に「きれいごと」のブライトサイド・スキル(表社会のビジネススキル)を一生懸命教えています。

20人の管理職には毎日、日報を書かせていますね。仕事をきちんと文章にすることで、

情報を共有したり、課題を整理したりできる。

僕も、しゃべって伝えるだけでなく文章で彼らに伝える努力をしてきました。3年間、社内の情報共有ツールに毎日、部下たちへの手紙を書いたこともあります。

Getty Images/iStockphoto

僕の店では、給与を現金で手渡しするのをやめて振り込みにして、お客様への明朗会計を徹底するため、お会計の不透明な水増しを完全撤廃しました。

「水商売」からの脱却。ブライトサイドに目覚める。

当然、スタッフやホスト達からの反発はあります。

こういう社会人の決まり事やルールが嫌で、水商売の世界に来たのに「どうして、普通のサラリーマンみたいなことをさせられるのか」と。

そういう部下の気持ちはよくわかります。でも、ホストクラブも変わっていかないといけない時代です。

Kaori Nishida

僕は、20代で経営者になり、自分より若い子たちや年上の人たちの人生を背負っちゃいました。一度僕に人生を預けた子たちです。ホストを卒業しても、この街を出ても、ちゃんと通用する普遍的な「社会人力」を身につけて欲しい——。ホストクラブには、それまでなかったように思えた"会社という概念"をちゃんと導入しようと思ったんです。

だって、日本では普通に背広着て、ちゃんとした敬語で挨拶や会話が出来れば、たったそれだけのことで印象がまったく違いますもんね。

ホストのセカンドキャリアも考える。

僕が現役の頃は、売れてるメインのホストは20代前半でしたが、今はアラフォーの売れっ子もいます。若くてかっこよくてトゲトゲした男より、人生の酸いや甘いをそれなりに経験して落ち着いた男がモテるんでしょうね。

とはいえ、さすがに全員60歳まで現役ホストでいるのも難しいので、彼らの次のキャリアを作るのが経営者である僕の課題です。

僕の会社が、ホストクラブだけではなく、バーや美容院、ネイルサロンなどの美容系の業態などで出店を増やしているのもそのためです。ほかの仕事にチャレンジできる「場」を用意してあげたい。あとは、たとえばワインを真面目に勉強しているやつには、ワインショップを開くサポートをしてあげようかなとも考えています。そのためには、最低限の常識的なブライトサイド・スキルが必要なんですよね。

ブライトサイド・スキルも大事、と手塚さん。
ブライトサイド・スキルも大事、と手塚さん。
Getty Images/iStockphoto

不良と「きれいごと」の両方を住まわせる。

こんな風に僕は、不良カルチャーの歌舞伎町で「きれいごと」を投げかけ続けていますが、まぁ伝わらないことも多いですね。

マネージャー20人にしたって、僕の言葉が1割でも伝わっていれば御の字。その下にいるほとんどの部下からしたら、僕はただの「細かいことを言うおじさん」って感じです。

それでいいんです。僕がきれいごとの経営を進めている一方で、現場は、必死こいて今日の売上げを立てるために、手練手管の限りを尽くしている。その溝は、なかなか埋まりません。

Kaori Nishida

大事なのは、僕が腹をくくって、正しいことを言い続けること。いつかは伝わります。

僕たちが当然のように持っているダークサイド・スキルが社会で脚光を浴びているのは嬉しい。希望も感じる。でも、社内で味方を作って根回しや段取りを裏でしたり、貸し借りで仕事を回していくような、ダークサイド・スキルってあまりにも特定の相手を対象とした技術でもあるため、会社や組織を出たら一気に通用しなくなる可能性もあります。

歌舞伎町でも、先輩ホストを信頼しているから辛い仕事もやるとか、男気を感じるから別のホストクラブから誘われても移籍しないとか、人間力をベースとしたダークサイド・スキルでまみれています。

だから、僕はしつこく「ブライトサイド・スキルを持て!」って部下に言い続けます。きれいごと、って普遍的じゃないですか。誰にでも、どこでも使える。地味だけど、持ってないと苦労するもんです。

まあ結局はバランスが大事なのかもしれませんが、優等生的な「きれいごと」って社会で生き残るために馬鹿にできないんですよね。「不良文化」に染まりまくった自分だからこそ、そう思っているんです。

もしかすると、ブライトサイド・スキルを当たり前に持っているような企業の方たちと僕たちホストで、人材を交換して研修でもやってみると面白いかもしれませんね。

Kaori Nishida

"本好き"のカリスマホストとして知られる手塚マキさん。新宿・歌舞伎町に書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンしました。

Twitterのハッシュタグ「 #ホストと読みたい本 」で、みなさんのオススメの本を募集します。集まったタイトルの一部は、手塚マキさんが経営する「歌舞伎町ブックセンター」に並ぶ予定です。

連載「カリスマホストの裏読書術」は原則、2週間に1回、日曜日に公開していきます。

過去の連載は下にまとめています。ぜひ読んでみてください。

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