「息子よ、思いどおりにならないのが人生だよ」作家・辻仁成が語る、家族の絆

「大変だったのは、みなさんご存じの通り。でも、そこを乗り越えて、今は息子とすごく深いところで信頼し合ってる」
Takeshi Miyamoto

作家の辻仁成さんはいま、フランス・パリで長男と暮らす。父と子、ふたりっきりの生活だ。そして毎日、「息子よ」と呼びかける言葉を、Twitter上で紡いでいる。そこには、こんな言葉が並ぶ。

「息子よ、思いどおりにならないのが人生だよ」

「生きる旅をしていると思えばいい」

「父ちゃんも微笑むことにする」

子に語りかけるように綴られた言葉だが、これらは自分の「息子」だけでなく、生きづらさを抱える人、そして自分自身に向けたメッセージでもあるという。

シングルファザーとして子育てをする辻さんは、「大変だったのは、みなさんご存じの通り。でも、そこを乗り越えて、今は息子とすごく深いところで信頼し合ってる」と、息子とのかけがえのない日々について語った。

「息子」に語りかけるように、自分に向けて書く

——Twitterで書かれている息子さんへの言葉が大きな反響を呼んでいますね。

「息子よ」って書いていますが、同時に自分に向けてるツイートでもあるんです。息子はフランスで日本人として生きている。特に大きな差別とかはないけど、日本人一人ですからつらいこともあるでしょう。

そういうときに、「こういうふうに考えたら楽になるぞ」みたいなことをツイートし始めたんです。

「息子よ」って書いてるんですけど、息子はまだ難しい漢字は読めませんから。読めたとしても父親のTwitterなんか見ない。すっごいクールな男なんで「やってるね。フォロー増えてんじゃん」ぐらいな話で。

——息子さん、今おいくつですか?

今、14歳です。

息子が読めないことをいいことに、ある意味、自分に向けて書いてるんですよ。毎日ひとつぐらい、「きょうの自分がこういうふうな心構えで生きるといいよね」って。まるで息子に語りかけるように。もちろん、日々、息子に語っている言葉がヒントになっています。

ここに登場する「息子」には、生きにくい時代を生きてる若い人たちも含まれています。世界中にいる、年下の弟や妹、そして息子や娘たちです。

自分もう来年60歳なんで。ちょっと年上の人間として、20代の子とか30代の子に、こういう心構えがあれば楽になる、と経験者としてのアドバイスも含まれています。

——「息子よ」と語りかけられると、素直に心に入ってきますね。

みんな自分に言われてるように思うみたいで。ここ数カ月、たまにちゃんと見てみると「いいね」の数が、めちゃくちゃ多くてびっくりするんですけど。

僕の息子のこと、誰も知らないから、「俺に言われてるんじゃない。でも確かに。息子さん、大変だな」って思ってくださるみたいで、自分と重ねてるフォロワーさんが多いのかな。

でも実は、自分に向けて言ってたりもするわけです。自分が一番折れてるんでね。

キッチンで「孤独だな」って思うのはいいこと

——辻さんは、シングルファザーとして仕事と家事、子育てをされています。私は今1歳の子供を育てていて、家事に仕事にいっぱいいっぱいです...。

いっぱいいっぱいですね。大丈夫ですよ。僕でもできるんだから。

料理をしてる人たち、お母さんたちがたくましいのは、毎日、家族のために家事をし、料理を作っているから。とくに家族のためにご飯を作るという行為は人間力を鍛えてくれます。

僕は、キッチンで「孤独だな」って思うんですよ。

子供が帰ってくるまでキッチンで料理をする日課ですが、お米を研いでるときにこそ考える時間がある。

お米をとぎながら、空を飛ぶ鳥を見たり借景の木々を眺めながら、「さあ、これから子供をどうやって育てるか」とか、いろいろ考えるわけです。

米を研ぐ間の3分とか5分って、人生にとってはすごく貴重な哲学の時間なんですよ。ちょっと立ち止まる時間って、人間には必要なんです。

——料理について「時短はしません」とも書かれてましたが、正直なところ、まだそう思えるほど余裕がないです。辻さんは日々の料理、家事についてどう考えていますか。

料理っていうのは、愛する人のために作るもの。料理をすることは、人生の中で自分の意味を探す、すごく大事な修行の場でもあります。

子供のためじゃなくても、恋人でも、パートナーでも、親にでも、誰かのためにご飯を拵えるということは愛情を外へと向けるための愛情表現なんです。

美味しいごはんを作ってあげたいというのは愛情なんですよ。それが目に見える、味わえる、そこに存在させることができるものが、料理、なんです。

ある意味、修行のようなものでもあります。

——料理は、自分探しの修行だと。

時短で電子レンジでポンポンとやるのも時には必要です。でも、米を研ぐとか下準備を丁寧にするとかって地味な作業なんですけど、丁寧に料理をすることは、それだけ人生の修行をして高めているということだと思うんです。

身体にいいものを与えたい。疲れをとってあげたい。英気を養ってあげたい。明日もまた頑張れる力を与えたい。健やかに育ってほしい、こう思うことが愛情なんです。

時短も時には必要ですけど、修行ですから、あえて、時間をかけて、きちんと作ってあげる。大変な下準備も、修行だと思えば苦になりません。そして、おいしい、と言ってもらえたら、嬉しいじゃないですか。

——家族や子供がいなければ、そこまで料理と向き合ってなかったかもしれないですか。

いや。もともと料理が大好きだったんです。

苦しい人生の中で、食べることは楽しいじゃない? 最近は麺だって作りますよ。ラーメンは作れないけど、そばとうどんは作れます。

うどんは小麦粉なんで、息子と2人で足で踏みながら、「こうやってつくるんだよ」といって作ります。

——すごい。

生活の中から出てくる料理だから、うそがないんですよね。

うちの手作り味噌なんか最高ですよ、毎年。手前味噌。白と赤の中間ぐらいなんですけど仕込んでいます。春に仕込んでひと夏越すことで美味しくなる、秋には食べごろです。塩こうじもうまいしね。そういうのを工夫するのが、生きてることの醍醐味。

男の人が料理やったらいいと思いますよ。男が料理に燃えるって、めちゃくちゃかっこいいこと。

——一方で、息子さんがカップヌードルを食べて、「家事ばかりしてちゃ駄目だよ」といったこともTwitterでつぶやいていましたね(笑)。

カップヌードルもうちでは立派なご馳走です。バランスですよ。子供に戻ったみたいになって、二人でカップラーメンをすするのも大事なことです。

血のつながりだけが家族じゃない

——ハフポスト日本版では「家族のかたち」を特集しているのですが、あらためて、辻さんにとって、家族とはどんなものでしょうか。

世界一小さな家族ですが、最高の家族なんじゃないかな、と思いますね。

ちょっと大変な時期もありましたが、だけど、そこを乗り越えて、乗り越えたことで、強い絆を持つこともでき、すごく深いところで信頼し合ってる。

絶対、父親を褒めない子で。フランス生まれですから、恥ずかしいと思うんですよ。でも時々、ポロっと「ありがとう」っていうんですよ。「あんま無理すんなよ」とかいってくれるんですよ。実は、優しいやつなんです。

普段は一緒にYouTube見たり、卓球をやったり。バレーボール部ですからバレーやったり、ご飯を食べたり。

息子は僕のことを「うざい」と思っているとは思うんです。めっちゃうるさいですからね。でも、同時に感謝もしてくれている。父子ですが、時には兄弟のような親子です。

——不器用なりに、お父さんを気遣っていますね。

フランスから日本に来る時も保護者なしで、1人で飛行機にも乗れるようになったし、僕が日本で不在中は息子の親友家族2組が息子の世話を受け持ってくれています。

今はアレクサンドルっていう友達の家にいるんですけど、そこには歯ブラシから寝間着まで彼のものが全部あるんです。昨日は、お父さんから「明日、漫画フェスティバルに友達たちと行くといってる。勝手に行かせるけど大丈夫か?」って聞かれて。この辺はフランスはしっかりしています。

フランスは、誘拐が多いから、子どもの行動には結構厳しいんです。身長も僕よりデカいから誘拐されることはないと思うんですけど、やっぱりまだ未成年なので。

すごくしっかりしてる人たちに助けられてます。家族って、多分、周りも含めて助け合うことだと思いますよ。

——血のつながりだけが家族じゃない。

血のつながりは大事ですが、ご近所の方々も、社会の人たちも家族になることができます。

うちはヨーロッパに親戚がいないんで、シングルの子育ては人一倍大変なんですよ。でも、そうすると疑似家族ができるんです。

フランスの友達たちの家族が息子を自然と支えてくれる。二人に足りないものを周囲の他人が補っていく。これは素晴らしいと思いますよ。

フランスには息子を助けてくれる他人が大勢います。いざという時に家族のように接してくれる仲間たちや大人たちがいます。血がつながっていなくても、家族以上に思いやってくれる先生や仲間たち、その親御さんに彼は育てられているんです。

——2人でいることが自然?

とっても自然。ずっと旅を続けてきた。アイスランドからアフリカから、世界中をずっと2人で回った。日本も津々浦々回ったんです。

言葉にすると悲しくなることがあるから、とにかく黙って旅を続けています。きちんと暮らすんですよ。何か批判されても言い訳しちゃいけない。人間って、黙っていれば勝つんですよね。

現実には、言葉よりも大事なことが実はある。それは、横にいてあげることだったり、近くにいて暮らすってことだったり。一緒に旅をして、寝起きを共にしてれば、「そっか」と思ってくれるんですよ。

分かってくれるし、こっちも分かる。それ以上の説明は要らないじゃないですか。「愛しているよ」なんて言葉はいいません。自明ですから。父ちゃんはこんなに苦労している、とも言わない。涙を誘ってもしようがないし、何も言わないです。

本当は寂しく思うことがあると思いますけど、見せないんだと思う。お互い言わない。それが成長ですよね。

——ずっとTwitterで息子さんへのメッセージを続けています。

継続は力で。ご飯も、毎日、朝昼晩作ることは大変だけど、やめたら死んでしまうから。

皆さん、自分の心臓を思い描けばいいんですよ。心臓って偉いよ。ぼこぼこって音がするけど、生まれてからずっと動いてるんですよ。

自分が負けそうなときも、心臓は動いてる。だから、自分がつらいときは心臓を触ったらいいんです。そうすると、心臓はこんなに頑張ってるよって、ここで弱音を吐いたら心臓に失礼じゃないか、って。ああ、今日のツイートは、それにしようかな。

——今、58歳で、もうすぐ還暦ですね。辻さんは、今後の人生をどうお考えですか。

取りあえず息子を大学出すまで、頑張って働いて(笑)。

フランスの大学を出たいって。向こうは学費がタダなんで大学も年間4万円ぐらいしかかかんないんですよ。だからフランスの大学出てくれって頼んでます。

それが終わるまであと10年くらいあるんで、老後はその先かな。少しは幸せを目指したいかな。

これからは幸せを目指して、「あの人は、幸せな人だ」って思われるような人生を生きましょう。

辻仁成(つじ・ひとなり)

東京都生まれ。フランス在住。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞し、作家デビュー。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』で仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。多数の著書があり、世界各国で翻訳されている。現在は、ミュージシャン、映画監督、演出家として多岐にわたり活躍中。Twitterでは、自身の息子に向けて紡いだ言葉が大きな反響を呼んでいる。

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辻さんの新著『立ち直る力』は光文社から発売中。

原作・脚本・演出を手がけた舞台「99才まで生きたあかんぼう」は、2月22日から3月4日まで東京・よみうり大手町ホールで公演し、名古屋・福岡・大阪と公演中。

家族のかたち」という言葉を聞いて、あなたの頭に浮かぶのはどんな景色ですか?

お父さんとお母さん? きょうだい? シングルぺアレント? 同性のパートナー? それとも、ペット?

人生の数だけ家族のかたちがあります。ハフポスト日本版ライフスタイルの「家族のかたち」は、そんな現代のさまざまな家族について語る場所です。

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