「仲間も大事。家族も大事。だけど、やっぱり自分が一番大事」
作家の辻仁成さんは、そんな言葉を口にする。
小説『ピアニシモ』で作家デビュー。『海峡の光』で芥川賞に輝き、江國香織さんと綴った『冷静と情熱のあいだ』は俳優・竹野内豊さん主演で映画にもなった。
58歳になった彼はいま、日本から遠く離れたフランス・パリで息子と二人で暮らす。そして毎日、「息子よ」と呼びかける言葉を、Twitter上で紡いでいる。そこには、こんな言葉が並ぶ。
歩く速度を落としてみないか
八方美人は、八方塞がり美人
頑張れとか、ふざけんな
図々しくて構わない
時に諭すように、時に奮い立たせるように...。これらの言葉は、自分の「息子」だけでなく、生きづらさを抱えた全ての人に向けたものだという。
集団に馴染めない人、過度な「つながり」が苦手な人、生きづらさを感じる人...。そんな人達に向けて、辻さんは「孤独と孤立は違う。自分を大切にしてくれる人と仲良くしなさい」と説く。
(聞き手:吉川慧/ハフポスト日本版)
――辻さんは最近の世の中について、「心が折られちゃってる人が多い」と綴っています。今の時代特有の空気みたいなものを感じますか。
今の時代は、会ったことのない人と関わる機会が多いんじゃないんかな。先日、Twitterで「人間なんてごまんといる。嫌な奴らから離れて何が悪い。他人に悪口言われ馬鹿にされ続ける意味なんかあるか?世界は広い、小さなことは気にすんな。次の言葉を心に常備しておけ。誰の人生だよ!」ってつぶやいたんです。全部に関わるから辛くなるのかなあと。毎日、そんなことばっかり考えています。
――辻さんは自分のお名前をネットで検索(エゴサーチ)しますか。
しないですね。悪口しか出てこないから見ないようにしてます(笑)。
悪意に満ちた批評書かれたり、芸能ネタでコケ下ろされたり...。僕の人生、それがほとんどですから。いちいち心が折れていたら、生きていられない(笑)。戦う価値もないし、無駄な時間使う必要もなし。人間なんかごまんといるんです。まさに、誰の人生だよ、ですよ。
しかしね、僕の心得の中に「敵を味方にしてこその勝利」という言葉があります。
SNSで僕の悪口を書いた人に対して、敵意をむき出しにしても何も始まらない。砂に水を撒くようなものです。むしろ、そういう人たちに「辻って、あんま良いイメージなかったけど、なんかちょっと変わってきたよね」って言われるほうが、実は、人生には意味があると思う。
それが「立ち直る力」を得るための一歩だと思っています。
――そうした言葉を日々「息子よ」と題して、Twitterでつぶやいています。
Twitterでの言葉は、本当は息子にだけ向けられたものではないんです。
毎日1つ、2つですが「今日の自分は、こういう心構えで生きるといいよね」って、自分に向けて書いている。「息子よ」とは、世界中にいる年下の息子とか娘とか、弟や妹、生きにくい時代を生きている全ての若い人たちに向けての言葉でもあるんです。
――社会と自分の関係性の苦しさを書いているのも、多くの人に支持される理由かなと思いました。例えば「みんなに好かれてる人はみんなに優しいから、みんなのことを考えなきゃならない」とか。
すごくいい質問だと思う。やっぱり人間は「個人」対「社会」の中で生きているんですよ。
ストレスは社会が抱えてるもので、それは人間にぶつけられる。自分が抱えてるストレスを発散したい人は、一番近くにいる弱い者にぶつけがちです。会社なら、上司は部下にあたり、部下はストレスを抱える。
「個人」対「社会」の関係を克服できれば、生きやすくなるんだろうなって思います。
僕にとって「社会」って、僕と息子の家族2人しかいない。そんな狭い世界でも、例えば息子が反抗期に入ると、ちょっと生きにくくなるわけですよね。
会社に勤めていたり、もっと大きな家族の中にいる人たちは、もっとつらいだろうなって、思いをめぐらせます。
――「集団」を意識しすぎると、「個人」は生きにくいのでしょうか。
みんなに好かれようとするのは大変です。「八方美人は、実は八方塞がり美人だよ」って思う。みんなに八方美人であるということは、それだけ自分を犠牲にして全員に気を遣っている。自分をウソで固めている。
「みんなに愛されようとするから、君は疲れるんだよ」って思う。そんなことをして何になる。自分が苦しいだけじゃんってね。
みんなに愛されることは無理。みんなに愛されるには「平均」を取っていかなきゃいけない。それって、どんだけ気を遣わなきゃいけない社会で生きているのかな、と心配になる。
周囲から嫌われても、本当のことを言ってくれる人のほうが信頼できますよね。そういう見方を僕はしています。
――ただ、学校でも会社でも、みんなに好かれる人こそ正義とする空気を感じます。「みんな明るく元気良く」という言葉が教育目標だったり、友達の多さが価値とされたり...。
日本に帰ってくると、30〜40代の若い起業家の方々に会うんですが、これから会社つくろうとする人たちは、みんなこぞって「大事なのは、人脈ですよ!」って必ず言う。
でも、僕は名刺を持ったことない人間だから「人脈づくり」なんてしたことないんです。でも、誰よりも人脈、人脈という言葉は嫌いだから、仲間がいると思っている。(笑)
人脈って「くだらない人脈」と「本当の人脈」があると思うんです。
「くだらない人脈」っていうのは、数の人脈。「名刺をこんだけ持ってます」「この社長さんも知っています」みたいな。でも、それって、ただ名刺交換しただけですよね。それは人脈とは言わない。
僕は名刺を渡されると「名刺はないんです」って正直に言うんですよ。すると、みんな笑って和みます。その中でなにか気になる人がいたら、僕はその方にメールを返すようにしてるんですよ。そこから縁(えん)ができるわけですよ。
――能動的な縁ですね。
そう。あえて自分が皆さんよりも引いて「名刺さえもない人間です」と。お会いしたら、お礼に本を送るか、メールを送る。そうするとメールには返信が来る。そうやって生まれたご縁って、繋がっていきますね。
世界各地に、そういう縁の方がいっぱいいる。不思議とその出会いが別の出会いと繋がっていく。そこからまた何かいろんなアイデアが生まれたり、面白い出会いが生まれたりするんですよ。
――不特定多数と付き合おうとしちゃいけないってことですね。
「ご縁」っていうのは、つくろうと思うよりも、やっぱり襲いかかってくるものなんですよね。
「縁」というのは、自分が過去の人生がつなげてくれるもの。良い縁もあれば、悪い縁もある。たまに脈略なく名刺を渡されるときもありますけど、そういうときは「どういうご縁なんだろう?」って考えるんです。
ちょっとした雑談の中で「この人とは縁をつくったほうがいいな」と思うと、頂いた名刺が役に立つ。何かあるときにはこちらから連絡するようにしています。名刺のない僕はインパクトを手渡すようにしています。
名刺というのも「縁をつくる」ことが目的。ただ名刺を配ればいい、人脈をつくればいいってことじゃない。
――「敵を味方にすることが大事」という話がありました。一方で、自分を偽らないといけない人間とはどう付き合えば良いでしょうか。
そうですね。今すぐ離れる。無視していい。敵を味方にしていいけど、本当の敵に頭を下げる必要はない。そういう縁は悪縁ですから。悪縁は切りなさい。
やっぱり全部に関わってることはできないよ。人間はごまんといるんだから。その全てに関われないから、大事なものだけに特化していったほうがいいんじゃないかと思う。
――自分を大事にしたほうがいいって話ですね。
僕が言いたいのは「自分を大切にしてくれる人と仲良くしなさい」ということ。「あなたの人格を否定しない人たちと仲良くしなさい」と。
否定してくる人間にぺこぺこする必要あるのかっていう。そんな人間にありがとうって言う必要はありますかっていうことを感じます。
――まさに「辻説法」ですね(笑)。
人生そんなことに費やす時間なんかないでしょう? こういう考え方を否定する人もいるかもしれないけど、そこまで人間は賢者になれないと僕は思う。
自分の人生で精いっぱいでしょう? 学校でも会社でも「君のことを認めない人間のために生きる必要ないよね」って言いたい。
それよりも「あなたのために頑張るわ」と言ってくれる人を信じたほうがいいし、そういう人といるほうが幸せじゃないかな。
――「嫌なものは嫌」と、割り切れるようになれると良いですね。
たしかに「嫌なものは嫌」ってきっぱり思えるタイプの人はいい。だけど、思えないタイプの人がやっぱり大変だと思う。僕もそういうことで苦しんだ時期があったから。
――「嫌いなことは嫌い」と言えず、他人に振り回され、自分を肯定できない人もいる。どんなことを心がければ良いですか。
それは、自分を出せていないだけだと思います。「自分を出す」ということが、すごく大事。それが一歩前に進むことにつながると思うんです。「ポジティブ」と言ってもいいかもしれない。
人間は、なかなかポジティブになれない。では、ポジティブになるためにどうするか。
まずは自分に対して、自分へのご褒美として「お前、今日頑張ったじゃん。よく生きたじゃん」って言い聞かせてあげることじゃないかな。
自分のことは、自分しか褒めてくれないんですよ。人に褒められようと思ってもダメ。まずは自分で自分を「よく生きたね」って言ってあげる。
自分の中で、自分を再生させていく力が大事。仲間も大事です。家族も大事です。だけど、自分が一番大事。自分で自分を励ます力を持てば、なんとかやっていける。
自分を出せない人達の中には、いい人たちがいっぱいいて、才能もある人もいる。でも、孤立している人がいる。物書きとしては、そういう人達にどれだけ光を当てられるかが大事だと思っています。
――辻さんが考える「孤独」の「孤立」の違いは。
「孤独である」というのは、自分を大事に思って、ひとりの世界をきちんと持っている人ですね。だから「私は孤独です」っていうのは、すごくいいことだと思う。
「自己嫌悪」も、実は悪い言葉じゃなくて...。自分を批判するということは、自分をきちんと見ているっていうことなんですよ。
――「孤独」な人ほど、自分を客観視できてると。
「俺は駄目な人間だ」って思えることは、何も悪いことじゃない。自分の悪さを知っているのだから。
自己嫌悪に陥る人もいると思うけど、それは理想が高いのだと思う。それだけ志があるということじゃないかな。「孤独」も似ていて、自分の世界をきちんと持ってるからこそのひとり。
――では、「孤立」は?
「孤立」は、しっかりとした自分の世界を持っていない。社会の中で適応できず、他者の悪口を言ったり、周りから疎外されてしまう。それが「孤立」だと思う。
「孤独」は、自ら選んで「ひとり」であって、人とつるまずに自分の中の精神を極めていくということ。素晴らしいこと。
でも、「孤立」っていうのは違うんですよ。みんなに嫌われて孤立してるんですから。つらいんです。孤独はいいけど孤立は駄目だっていうのは、そういうことなんですよ。
魂や心は死ぬまで成長を続けている。だけど「自分は60で終わり」って思えば、そこまでの人生になってしまう。たとえ80歳でも90歳でも、明日があるって思える人って長生きして成長できると思います。身長は十代で成長を止めるけれど心は死ぬまで成長を続けます。
辻仁成(つじ・ひとなり)
東京都生まれ。フランス在住。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞し、作家デビュー。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』で仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。多数の著書があり、世界各国で翻訳されている。現在は、ミュージシャン、映画監督、演出家として多岐にわたり活躍中。Twitterでは、自身の息子に向けて紡いだ言葉が大きな反響を呼んでいる。
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辻さんの新著『立ち直る力』は光文社から発売中。
原作・脚本・演出を手がけた舞台「99才まで生きたあかんぼう」は、2月22日から3月4日まで東京・よみうり大手町ホールで公演し、名古屋・福岡・大阪と公演中。
ハフポスト日本版は、自立した個人の生きかたを特集する企画『#だからひとりが好き』を始めました。
学校や職場などでみんなと一緒でなければいけないという同調圧力に悩んだり、過度にみんなとつながろうとして疲弊したり...。繋がることが奨励され、ひとりで過ごす人は「ぼっち」「非リア」などという言葉とともに、否定的なイメージで語られる風潮もあります。
企画ではみんなと過ごすことと同様に、ひとりで過ごす大切さ(と楽しさ)を伝えていきます。
読者との双方向コミュニケーションを通して「ひとりを肯定する社会」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
『だからひとりが好き』Facebookページも開設しました。最新記事や動画をお知らせします。
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