今年は東京でもまとまった積雪があり、駅で電車を長い時間待たされる人々の姿など、雪に弱い大都市の混乱が大々的に報じられた。
一方で、雪国の新潟県では除雪作業中の死亡事故が日常茶飯事だ。2017年までの過去10年で111人が亡くなっている。亡くなる方の大半は、65歳以上の高齢者だ。若者の担い手不足が最大の原因とされる。
しかし、こうしたニュースは、地元紙でも小さくしか扱われない。
十日町市で小林政好さん(90)が2月19日、除雪作業中に屋根から転落して亡くなった。
新聞記事によると、第一発見者は「家族」とあった。なぜ、90歳の老人が危険な雪下ろしをしようとしたのか。一緒に住む家族に頼むことができなかったのか。単に担い手不足だけでは説明できない背景があるのではないかと思い、私は小林さん宅を訪ねた。
私が暮らす南魚沼市から50分ほどで小林さんが暮らす地区に着いた。自宅はどこか通行人に尋ねようとしたら、1人の老人に出くわした。
3階建ての家の1階が車庫になっており、そこの地面にある雪をシャベルでかいている。雪といっても、3-4センチほどしか積もっていない。70か80歳くらいだろうか。体のどこか悪いのか、手も足もふらふらしている。
「おいくつですか?」と尋ねると、「82歳だ」という。「一人暮らしなのですか?」と尋ねると「いや、6人いる」。「雪かきはおじいちゃんがしないとだめなのですか? 息子さんとかやってくれないのですか?」と聞くと、「屋根の上はやらせてもらえない。だから、ここだけ自分でやっている」と、そのお年寄りは話した。
「やる」と言っても、ほとんど雪のない地面をスコップでかいているだけだ。脳梗塞を患っているという。「なんで、そこまでして雪かきをしたいのですか?」と尋ねると「いや。できるだけ自分でやりたいと思ってね。昔からやっていることだし」と答えた。
その後、2、3人の通行人に道を尋ね、ようやく小林さん宅に辿り着いた。
■ 「他人様に迷惑になる」といって屋根に登り...
葬儀の準備などで忙しいだろうとは思いながらも、玄関をくぐった。すると、若い男性が取材に応じてくれた。
彼の名前は小林好晃さん。27歳。農協の職員という。小林さん宅は6人家族だった。政好さんとその妻、長男夫婦と、好晃さん含め、孫が2人。
私たちは小林さんが転落した現場に行った。好晃さんは「あの屋根から落ちたんです。この屋根は狭いから一番危ないんです。でも、おじいちゃんはあそこを一番優先にやろうとしていた。あの屋根から落ちる雪は、隣の家に向かう道に落ちるから、『他人様に迷惑になる』って。おじいちゃんらしいですよ」
私は小林さんのことをもっと知りたいと思い、2週間後、もう一度自宅を訪ねた。今度は、小林さんの長男、茂さん(62)が作業服姿で出てきた。農作業しながらであれば、話をしてくれるという。茂さんは「大崎菜」というホウレンソウのような地元の野菜をプラスチックに入れながら、政好さんのことを語ってくれた。
茂さんによると、小林さんは80歳近くまで大工をし、その後は農作業だけをやっていた。冬もビニールハウスで農作業をし、とにかくじっとしていられないタイプだった。しかし、昨年から視力が低下し、大崎菜の収穫が思うようにできなくなった。
農業が生きがいだったという政好さん。冬は雪かきしかできることがなくなり、数センチの積雪でも屋根に上がっては作業をしていた。どれだけ茂さんが注意しても「息子のお前が何言っている」と聞く耳を持たなかった。だから、常に先回りして雪かきをして、茂さんにさせないように心がけていた。
問題は、実家だけでなく、400メートルほど離れたビニールハウスの除雪もしなければならなかったことだ。「私がビニールハウスをやれば、親父は実家をやるし、私が実家をやれば、親父はビニールハウスに行く。先回りしようがなかった」と苦笑する。
亡くなった当日も「親父がビニールハウスやったら危ないな」と、そちらへ雪かきをしに行き、帰り途中、「屋根に上がってないだろうな」と心配していたら、政好さんが地面に倒れているのを見つけた。
「屋根はすべりやすいから。でも、普段は慎重に作業をしていたから、大丈夫だろうという安心感がどこかにあった」と、茂さんは振り返る。
政好さんの妻キクイさん(92)は事故後、「じいちゃんのいない部屋で寝たくない」と居間で寝るようになった。小林さんの仏壇には、亡くなるまで被っていた黄色のヘルメットが捧げられていた。手に取らせてもらうと、「昭和60年」とあった。「本人なりにずっと前から安全には気を使っていましたから」と、茂さんは語った。
小林さんの葬儀には200人近くが参列した。茂さんは「家では口数の少ない怖い親父だったけど、老人会とかでは陽気に歌ったり、野菜を近所に配ったりしてたから、それなりの人望はあったのでは」と言う。「まだ亡くなったっていう実感がないこともあるけど、もし今ここにいたら『バカじいさん』って言ってやりたい」と、しんみりと語った。
■ 外国人留学生が名乗り「私が代わりになれないか」
県によると、県内で今年19人の方が除雪作業中に亡くなり、統計が残っている2007年度以降では2番目に速いペースだ。19人中17人が65歳以上で9割近くを占め、内11人が80歳以上。死傷者数は266人中、65歳以上が157人で6割弱となり、高齢者ほど被害が深刻化している実態が浮かび上がる。
最大の死因は屋根やはしごからの転落で、ほとんどは1人で作業しており、事故直後に通報できていたら助かった可能性がある方もいたという。そのため、県は2人以上での除雪作業を奨励し、他にも、命綱やヘルメットの着用、こまめに休憩を取ることなどを呼び掛けている。
除雪の担い手不足も深刻で、県の担当者は「雪かきボランティアは各地にいますが、命綱をつける設備がない限り、屋根の上の作業をボラティアにさせることは危険で、できません」と言う。
現状で命綱をつける設備がある家屋はほとんどなく、高齢者でも、周辺に頼める人がいない場合は、自力でやらなければならないのが実情だ。
雪かきで高齢者が困っているという話を聞いて、「私が代わりにやる」と言ってくれたのが、国際大学に通うシリア人のムハンナッドさんだ。彼は「そんなご高齢の方が、あんな肉体労働をするなんてシリアではありえない。私が代わりになれないか」と話す。
「シリアでは、独居老人はほとんどいません。子どもの誰かが親と一緒に住み、身の回りの世話をします。自分の場合、私の兄が両親と一緒に暮らしていますが、戦争中のシリアに両親を残してきたことに罪悪感があります。だから、日本の高齢者を助けるのは、両親への恩返しをしているような気分です」と言った。
ムハンナッドさんは、2011年にシリアで内戦が勃発後、隣国ヨルダンに逃れた。2015年、シリアの内戦激化を受け、日本政府のシリア難民受け入れ特別プログラムで、昨年国際大学へ入学した。大学院で経営学を専攻し、日本で就職できるよう、日本語も一生懸命勉強中だ。妻と長男と次男の4人で暮らししている。
「お年寄りしか住んでいない家に私たちがホームステイできれば、私は日本語が学べ、お年寄りは、雪かきなどの肉体労働を私にやってもらえる。ウィンウィンな関係が築けますね」と、ムハンナッドさんはそう話していた。
彼が呼びかけて結成されたモロッコ人、モンゴル人、インド人らによる雪かきボランティア隊は、大学近くの空き家の雪かきをし、地元住民に喜ばれた。
ムハンナッドさんは地元紙の取材に「私たちは日本の方たちの税金でここに来させてもらっています。だから、少しでもこうやって恩返しがしたいです」と話した。