難民問題が深刻化しているロヒンギャの行方不明者を探そうと、日本人のカメラマンが彼らの家族の写真をインターネットで公開、情報を呼びかけている。
ロヒンギャはミャンマー西部に暮らしていたイスラム教徒で、ミャンマー政府の迫害により多数が隣国バングラディシュの難民キャンプに逃れている。
逃避行の際にはぐれたり、当局に連れ去られたりするなどして行方不明になった人も多く、彼らとの再会を望むロヒンギャ難民らを東京在住の苅部太郎さん(29)が撮影。「Letters To You」という企画名のサイトで約30組の写真を公開している。
プロジェクトの名前通り、掲載写真は「手紙」の意味が込められている。ロヒンギャ問題をめぐっては2017年8月、彼らの武装勢力がミャンマー軍と激しく衝突。数十万人が難民としてバングラディシュに逃れたことから世界的に注目された。
だが、ロヒンギャに対する迫害はすでに数十年続いており、行方が分からなくなっている人は数知れない。写真は、そんな行方不明者に対し、家族が今も再会を待ち望んでいることを伝える狙いがある。
写真はInstagramにも投稿。有力情報はまだないが、より多くの手がかりが集まることを期待している。
写真はあえてポラロイドカメラで撮影した。「ポラロイドの写真は1点もの。デジタルカメラで撮影した写真は電子データであり、容易にコピーできますが、彼らがかけがえのない存在だということを強調するために、あえてポラロイドにしました」と苅部さんは言う。
写真の裏にはミャンマー語でメッセージも書かれている。サイトでは裏面も掲載し、英訳も添えている。
例えば、娘を抱きかかえる姿で写真に収まったアイシャ・ベゴムさん(20)は、ミャンマー軍に連れ去られた夫カウル・アミンさんの無事を心配している。
ある夜。ミャンマー軍と仏教徒400人以上がアイシャさんが暮らす集落を襲撃。数千人が殺害され、湖にはたくさんの遺体が浮かび、若い女性たちが強姦されたという。
ベゴムさんは無事で、9日間歩いて難民キャンプにたどり着いた。だが、アミンさんとはいまだに連絡が取れない。字が書けないベゴムさんに代わり、別の難民が書いたメッセージは次のような意味だった。
私は2人の子どもと一緒にいます。私1人で生きて行くのはとても厳しいです。どうか私たちのもとに帰ってきて。
1人で難民キャンプまで逃れたアヌアー・サデク君(7)は、ミャンマー軍と仏教徒の襲撃で母を殺された。父も拘束され、行方が分かっていない。父にあてた代筆のメッセージには次のように書かれている。
もしお父さんを見つけられたら本当にうれしい。この世のどこかに生きているのを感じます。
苅部さんが難民キャンプを訪れたのは2017年11月。2週間ほどかけて撮影した。仮設住宅は黒いビニールシートで覆われて熱がこもりやすい。土地はぬかるんでいて、劣悪な状態の中、ロヒンギャの人たちがひしめき合って暮らしているという。
プロジェクトを始めたきっかけは、自分自身、ロヒンギャ迫害問題にリアリティを感じることができなかったからだ。
2016年に起きた熊本地震のとき、現場に入って被災者を撮影しました。それまで会ったことがない、という意味では、ロヒンギャの人たちも同じだったんですが、熊本のときのような感情が動かされるということがなかったんです。
ロヒンギャ問題は違う国の話なので、そう感じたんでしょうが、自分でもはっきりと答えを出せず、どうしてなんだろうと考えていくうち、頭がこんがらがってきて。しまいにはその人たちが本当に存在してるんだろうか、とも考えたり。よくわからなくなってしまい、思い切ってロヒンギャの難民キャンプに行って見ることにしたんです。
ニュースを通じて触れるロヒンギャのイメージにも違和感があった。逃避行する難民というステレオタイプの印象ばかりが強調され、「消費されるだけの同じようなストーリーが多い」と思ったという。
ロヒンギャのリアルを知ろうと、現場では撮影する人たちに、家族のことや暮らしぶり、それまでの人生について丹念に尋ねた。「そうした話はニュースとかだと、『ノイズ』扱いされて省略されがちですが、実はそれこそがロヒンギャの人たちがこの世に存在するという現実感を与える情報だと思ったんです」と苅部さんは言う。
苅部さんは続ける。
ロヒンギャの人たちはミャンマーでは国籍も与えられず、土地の所有も認められていない。固有の文字もないし、逃げた先のバングラディシュでも難民という扱いです。その意味で、彼らはとても曖昧な存在。だからこそ、写真というこの企画を通じて、彼らの生きた痕跡を残したかった。
企画の名前は「あなたへの手紙」ですが、「あなた」とは当然、行方不明になっている人たちのことを指しています。でもそれだけではありません。私のようにロヒンギャについてあまり知らなかった人のことでもあるんです。
ロヒンギャは、バングラディシュに接するミャンマー西部のラカイン州に住むイスラム教徒の人たちのことを指す。仏教徒が多いミャンマーでは少数派だ。
ミャンマーが1948年にイギリスから独立した後、ロヒンギャを名乗るようになったが、ミャンマー政府は彼らを国民とは認めず、国籍をはく奪し、国内から追放するようになった。
それ以来、迫害と難民流出が繰り返されてきたが、2017年8月にはロヒンギャの武装集団とミャンマー軍の衝突が激化。多くのロヒンギャの人々が亡くなったり、難民としてバングラディシュに逃れたりすると、国際社会の注目が改めて高まった。
ミャンマー民主化のシンボルであり、ノーベル平和賞も受賞したアウンサンスーチー国家顧問もロヒンギャ問題に対して消極的だとして批判を浴びている。
ロヒンギャ難民への食糧支援を続ける国連世界食糧計画(WFP)によると、毎月食料支援をしているロヒンギャ難民は約90万人に上るという。
WFPは難民に対し、米や豆、食用油などの配給支援などを続けている。2018年1月末までの約1カ月間、現地の難民キャンプで支援に携わっていたWFP日本事務所の浜井貢さん(44)によると、難民流入のピークはすぎたものの、依然予断を許さない情勢だという。
とりわけ緊急性が高いのはキャンプがある地盤の問題。山を切り開いてつくっているため脆弱で、9月ごろまで続く雨期に土砂崩れなどが懸念される。
浜井さんは「支援活動にはどうしても資金が必要です。ロヒンギャ問題をもっと知ってもらうのはもちろんですが、寄付という形で日本の皆さんにも協力していただけたら本当にありがたい」と呼びかけている。WFPは公式サイトで寄付に関する情報を提供している。
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