2月14日未明、インターネット上を一つのニュースが席巻した。バーチャルネットアイドルとして知られる「ちゆ12歳」が、バーチャルYouTuberとしてデビューしたという報だ。
■バーチャル美少女の元祖「ちゆ12歳」とは
「ちゆ12歳」は、ウェブサイト上の架空キャラクターだ。
正式には「バーチャルネットアイドル ちゆ12歳」。同名のサイト(2001年2月14日開設)の「管理人」という設定で、時事問題から漫画やアニメ、特撮、宗教に至るまでジャンルを問わず評論している。
同サイトは、ジャンルをまたぐ造詣の深さと独特の文章で多くのファンを獲得。2000年代のネット黎明期に「侍魂」などと並ぶ人気テキストサイトとして君臨した。
「ちゆ12歳」は、自身を「仮想世界に生きる"電子の妖精"」「実体を持った女性よりも空想の美少女が好きだ!という二次元コンプレックスな方のために生まれた新しい形のネットアイドル」と紹介している。
いわば「バーチャルアイドル」と「ネットアイドル」を掛け合わせた、「バーチャルネットアイドル」の原点だ。
最近インターネット上では、女性キャラクターのモデリングに声をあてて、動画やストリーミング配信で情報を伝えたり、他のユーザーと交流する「バーチャルYouTuber」が流行。その始祖ともいえる。
もっと平たく(誤解を恐れずに)言えば、「初音ミク」のご先祖さまのような存在かもしれない。
そんな「ちゆ12歳」がバーチャルYouTuberとして「デビュー」した。
■インターネット老人会、大いに沸く
「『ちゆ12歳』バーチャルYouTuberデビュー」の報は、瞬く間にネット上を駆け巡った。Twitterでは、日本のトレンドで1位を記録した。
往年のネットユーザーたち(通称「インターネット老人会」)は回顧とともに、驚きと敬意を込めて感想をつぶやいた。
■「ちゆ12歳」が「生存報告」で綴った言葉
2001年当時12歳だった「ちゆ12歳」だが、単純計算すれば2018年には29歳になる。隔世の感があるが「永遠の17歳」の声優さんもいらっしゃるので、そこはスルーだ。
「ちゆ12歳」は2月14日に「生存報告」と題した記事で、こう綴っている。
「このウェブ廃墟を訪れてくださるインターネット古参兵の皆さまの2018年現在の興味を推理すると、おそらく、バーチャルネットアイドルの視点から、バーチャルユーチューバーについてどう思うか、みたいなトークが期待されていると思われます」
「そういえば、10年前に、NHKの『ザ☆ネットスター!』という番組から、『初音ミクをどう思いますか?』といったインタビューを受けたのですが、そのときも、『特に面白いことが言えないのでパスします』みたいな回答をしていたら、放送の当日になって、『インタビュー全部ボツにします』という連絡を受けました」
「バーチャルYouTuberについても、バーチャルネットアイドルと似ているといえば似ているけど、関係ないといえば全っ然ないというか......」
「こう、バーチャルネットアイドルと志保ちゃんのエミュレータニュースの関係性みたいな話になってくると思います」
「初音ミクさんについても、バーチャルYouTuberの方たちについても、たくさんファンアートとか動画とか作ってもらっているのは、すごくうらやましいなーと思って見ています」
「ちゆもいまからYouTubeデビューしたら実質的にバーチャルYouTuberなので、ちょっとだけでも、あのファンアート群に混ぜてもらえないかなぁ、とか」
■「バーチャルYouTuber」=外見から解放された自己表現の可能性
「バーチャルYouTuber」には、なんとも言えない魅力がある。それを言語化することは難しいのだが、そこには確かにファンが集まり、コミュニティが形成され、思い思いの時間を楽しんでいる。
最近では、バーチャルYouTuberの代表的存在「キズナアイ」(チャンネル登録者152万人)が写真集を発売。仮想と現実が倒錯したような状況が生まれ、人々の度肝を抜いた。
ハイテンションかつ舌足らずな喋り方でネット民の心を鷲掴みにした「輝夜月(かぐやるな)」も躍進を続けている。「見るストロングゼロ」とも評される彼女の動画には、200万再生を突破した作品もある。
「バーチャルYouTuber」が革命的なのは、肉体的にも精神的にも、しがらみがないという点だろう。
女性が女性の、男性が男性のモデリングを使用することはもちろん、男性が女性キャラのモデリングとボイスチェンジャーを用いて活動することもできる。その逆も、だ。
3Dモーションキャプチャーを使えば、自分の動きに連動して画面の女性キャラクターが同じ動きをする。仮想空間ではあるが、自分自身が理想とする「キャラになる」ことができる。
あるTwitterユーザーが「女の子になりたいと思っていたら、わりとなれそうな世の中になってきててほんと最高」と記していたが、まさにその通りなのだ。
可愛らしいキャラクターでありながら、声が明らかに男性の「ねこます」(通称「バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん」)という存在も人気を博している。
「外見」にとらわれない「バーチャルYouTuber」は、自己表現の一つの形として昇華され始めている。
ネット文化に精通していることで知られ、ボカロPの「朝P」としても活躍する朝日新聞の丹治吉順記者は、自身がVR空間内で「初音ミク」に扮してみたことをTwitterで報告。その所感を綴っている。
こうした感覚について、丹治記者は、紀貫之が女性に扮して平仮名で記した日記文学「土佐日記」を例にとって「土佐日記ver2.0」「土佐日記ver.2010」と表現している。
■「ネットはあまり世知辛くない」
一方で「ちゆ12歳」は、自らが「バーチャルYouTuber」として活動した場合について、不安気な様子でこう記している。
「私がYouTuberをしても、バーチャルYouTuberというよりも、岡田斗司夫になると思うのですよね......」
ひとつ言えるのは「人は見かけによらない」ということだ。
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」
「土佐日記」を記した紀貫之は、初の勅撰和歌集『古今和歌集』の選者の一人で、平安前期の代表的知識人だった。
21世紀の今、仮想世界で「外見」から解放された状態で、ジェンダーや社会的立場を超え、思い思いの自己表現が可能となりつつある。
現実か仮想かは問題ではない。「中の人」の戸籍上の性別も関係ない。「外見」というしがらみに、さよならを告げる時がきたのかもしれない。
「現実は世知辛くても、ネットはあまり世知辛くないという」
(なぜオッサンはかわいいに憧れるのか 「バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん」独占インタビュー(前編)――PANORAより)
インターネットは、まだまだ面白い。