育児休業を取得したスウェーデンの父親たちの写真集「Swedish Dads(スウェーデンのパパたち)」を出版したヨハン・ベーヴマン氏が来日し、12月7日、東京・広尾の展示会場で駐日スウェーデン全権大使のマグヌス・ローバック氏とともにトークイベントに臨んだ。
ヨハン氏はこの写真集が育児休業を取得しようと考える父親たちのロールモデルとして機能することを意図したと話す。
私は5年前に父親になった時に、一人で生命の全責任を負う重大さに直面し、ショックを受けました。しかし模範となる人が近くにいませんでした。
そこで、失敗もあり疲れることもある、「パーフェクト」ではない父親のリアルな姿を写真に収めることに決めたという。
また、ヨハン氏だけでなくローバック大使も育休取得の経験者としてこう語った。
「妻がニューヨークに仕事で6週間滞在中、双子の赤ちゃんと3人だけで過ごした時にはZEN(禅)の境地に達しました(笑)」
「私も父親になった時に途方に暮れました。一番頭を悩ませたのは子どもと仕事のどちらを取るべきかということ。しかし妻も同じことを悩んでいました。私達は2人とも『両方ほしい』という結論になったのです。育児は義務と思われていますが本当は権利なんです。男性の私達も、子どものそばにいる権利を持っているのです」
また、スウェーデンが男女平等政策を始めた70年代から80年代に出生率が下がったことで「政府は平等政策を進めすぎたのでは」という批判を浴びたが、現在は1.85(2016年)に回復したことを紹介し以下のように語った。
「スウェーデン人が子どもを欲しがっていることは喜ばしいことです。社会が変わりました。女性たちが、『子どもを産んでも仕事を諦めなくていい。キャリアの成功と両立できる』という自信を深めている証なのではないでしょうか」
「社会をより平等にしていくためには確信に基づいた力が働かないといけない。その牽引力が必要です。現在の日本が直面する労働力の不足は大きな牽引力になります。しかし、いま、日本に欠けているのは、思いを持つ女性たちによる(権利要求の)ムーブメントです」
11月2日に発表された世界経済フォーラム(WEF)のジェンダーギャップ指数で、世界5位となったスウェーデン(日本は114位)は、充実した育児休業制度で知られる。
男性の育児休業取得率は90%に上り、わずか3%の日本との差は大きい。主に女性が単独で育児にあたることが多い日本では、女性が抱える「ワンオペ育児」の悩みや、キャリア断絶による男女の不均衡が問題となっている。
日本はどうにかすれば、「スウェーデン並み」になれるのだろうか。
◇ ◇
育児休業にまつわる2つのポイント
スウェーデンの男性育休について、スウェーデン社会研究所代表の所長で、明治大学の鈴木賢志教授にも話を聞いた。鈴木教授は2005年、現地の研究所勤務時代に3カ月半の育休取得経験がある。
その経験談からは、さらに育児休業制度を支えるもう2つのポイントも浮上した。それは、「フレキシブルな育休制度」と、「雇用の流動性」という点だ。
こうしたポイントを踏まえず、「スウェーデン並み」を目指して日本で男性育休の取得だけを進めても、難しいことがわかる。
フレキシブルな制度
鈴木教授は2004年に第一子が誕生。子供が1歳になるまでは妻が育児休業を取得。妻の職場復帰後に、交代で鈴木教授が取得することにしたという。
期間は約3カ月半。保育園に相当する施設に預けながら、午後に半日という形での取得だった。
実はスウェーデンの育児休業は、1日を8分の1に分割して取得することができる。これが日本との大きな違いだ。そのため、勤務は続けつつ「半育休」として両立させることができる。申請手続きは、社会保険庁に相当する機関のサイト上でできる。
また、そうした制度が整えば幼稚園という選択肢も選べる可能性が出てくると鈴木教授は指摘する。
「例えば日本では、すごく教育に熱心で幼稚園に入れたいという共働き家庭のニーズに答えられていません。保育園の待機児童問題を解消する一つの手段になるかもしれないのにすごくもったいないですよね」
雇用の流動性
もう一つのポイントは雇用の流動性だ。育児休業を取得する社員が出れば、不在で企業が受ける損失は確実に発生する。しかし、スウェーデンと日本の大きな違いは、雇用の流動性だ。
日本では男女問わず、産・育休の穴埋めのために代替要員が雇われる例は少なく、休んだ社員分の仕事のしわ寄せが他の社員に行くのが一般的だ。しかし鈴木教授によると、スウェーデンの一般的な企業では、育休社員の穴埋めのために、学生や若者のインターンなどが活用される。
スウェーデンでは、企業が従来型の日本企業のような新卒一括採用・終身雇用型の方式を採用しておらず、若者は常に就職のチャンスを伺っている。そのため、社会にとってはそうした「穴」の存在も重要だ。たとえ有期雇用であったとしても正社員への登用が望めるし、キャリアのステップとしても活用できるからだ。実際に鈴木教授はそうした実例を目の当たりにした。
しかし、育児休業中に別の従業員を雇用するとなると、「戻る席がない」ということにならないのだろうか?その点は、法律によって企業側が育休取得社員に対して差別的な扱いをしないことが厳格に守られているという。
女性は、幸せなの?
一方で鈴木教授は、スウェーデンの制度を導入すればすべての日本の女性が幸せになるかというと、そうとは限らないとも指摘する。
最近、日本のアニメもスウェーデンで流行っています。『ドラえもん』とか『サザエさん』には専業主婦が描かれていますよね。あるスウェーデンの新聞の社説で、アニメを見て「専業主婦に憧れる。仕事しないで家にいられるなんて」と考える子の話が書かれていました。
ただ、社説の内容は「こんな考え方はあるまじきことだ」というトーン。主婦・主夫は、基本的に「仕事のできない駄目人間」と考えられています。要するに、日本の「ヒモ」という言い方が感覚として近い。
だから別に、良いことばかりでもないんですよ。「自分はそんなに仕事とかもしたくないし、子供が好きだ」っていう人にとっては、日本のほうがよっぽどいい社会でしょう。
また、スウェーデンでは、男女平等が進んだ時期に、冷凍食品を推奨していました。暮らしに手をかけたいという人にとっては「ぎょっ」とする話かもしれませんが、そうしないと成り立たなかったのです。
ただ、教育への投資、あるいは女性の能力の開発によって社会や経済のブレイクスルーを狙うのであれば、男女平等の考え方は必要です。
ひとりひとりの気持ちに寄り添うと、考え方はそれぞれ違うので。ある意味、そうした人々を切り捨てているとも言えます。しかし、税金で教育しているのに、女性への投資が生かされないのは社会としての損失。というドライな意識があります。
鈴木賢志教授・プロフィール
政治社会学者、明治大学国際日本学部教授、一般社団法人スウェーデン社会研究所代表理事・所長。1968年、東京都生まれ。主に、日本と北欧諸国を中心に先進諸国の社会システムと人々の社会心理を比較研究している。東京大学、英国ロンドン大学、ウォーリック大学を経て、1997年から2007年までスウェーデン、ストックホルム商科大学欧州日本研究所で研究・教育に従事。2007年から2008年まで英国オックスフォード大学客員研究員を経て帰国し現職。近著に『日本の若者はなぜ希望を持てないのか』(2015年、草思社)。編訳に『スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む: 日本の大学生は何を感じたのか』(2016年、新評論)
◇ ◇
「スウェーデンのパパたち」の巡回写真展は、12月9日〜25 日に東京・渋谷の「グローカルカフェ」で開催され、9日にはヨハン氏のギャラリートークも予定されている。
2017〜2018年にかけて巡回写真展が日本各地で行われ、主催するスウェーデン大使館では2018年7月までに展示できる会場も募集している。