親が育てられない子供を、別の家庭で一時的に育てる「里親制度」。
里親制度で親になるのは、自分では子供を産まなかった人や、自分の子育てを終えた人たちなのかと思っていた。
ところが、実子が4人いながら、自宅を「ファミリーホーム」にして親が育てられない6人の里子たちを実子と一緒に育てている女性が千葉県にいた。
(※ファミリーホームとは、養育里親と同じように、生みの親が育てられない子供を家庭に迎えて養育する「家庭養護」。養育里親より預かれる子どもの数が多い。また、里親の経験がある、児童養護施設等で職員をしていた、など一定の条件を満たさなければいけない)
実子4人だけでも多いのに、なぜ里親を? ファミリーホームを始めた理由は? 女性の家を訪ねて、その歩みを聞いてみることにした。
◇自宅を訪ねたら......。
千葉県にある吉成麻子さんの家はとても賑やかだった。玄関を開けると、3歳の男の子が走って迎えに来てくれた。
吉成さんの実子は20歳〜15歳。長男と長女はすでに進学して家を出ているが、東京に住んでいるので帰ってくることもある。今は次男と三男、そして8歳〜生後10カ月までの里子たちと一緒に暮らしている。
吉成さんが里親を始めたのは、子供たちがまだ幼かった2007年だ。2016年には自宅を「ファミリーホーム」にして、さらに多くの子供を受け入れる態勢を整えた。
◇どうして里親をしようと思ったのですか?
子育ては大変ではないのだろうか? 近所から迷惑に思われたりしないのか? 聞きたいことが色々と頭に浮かぶが、まずは、そもそもなぜ里親登録をしようと思ったのかを聞いてみた。
「虐待を受けていた子供を自宅で預かったことがきっかけでした」と、吉成さんは語った。
その子供は、当時小学生だった長女の同級生だったそうだ。
食事をつくったり、児童相談所に相談したりしているうちに、世の中には実の親が育てられない子供たちがいることを知った。同時に、その子供たちに家庭的な場をつくる仕事があることも——。
「自分にも何かできることがあるかもしれない」。吉成さんは、里親登録をした。
◇吉成家に来た13人の子供たち
これまでに、預かった子供の数は13人。吉成家に来た子供たちは、性別も年齢も国籍もさまざまだ。親が心の病をわずらって一時的に子育てできなくなった子供もいれば、予期せぬ妊娠で子育てにうまく対応できなかった親を持った子供もいる。
子供がたくさんいたら、日々の子育てや家事に追われて旅行や趣味は楽しめないのでは?と思ったが、吉成さんはむしろ「とてもアクティブな生活をしている」という。
子供たちを連れて新潟の農家民宿に行ったり、東日本大震災の被災地のボランティアに行ったり。農家民宿では、子供たちは集落の人たちに孫のように可愛がられていると話してくれた。
◇どうして里親からファミリーホームに?
養育里親の場合、預かれる子供の数は18歳未満の実子を含む6人まで。だが、ファミリーホームだと、実子の数に関係なく最大6人まで子供を受け入れられる。
実子が4人いる吉成さんは、自宅をファミリーホームにすることで、より地域に開かれた形でとりわけ乳幼児を補助者の力を借りながら育てたいと思ったそうだ。
親が育てられない赤ちゃんの多くは、乳児院という施設で育てられる。吉成さんも乳児院にいる赤ちゃんをたくさん見てきた。
しかしこれまでの研究から、乳幼児にとっては特定の大人と一対一の愛着関係を築くことが、その後の人生で他の人間関係を築く上でも大切だとわかっている。吉成さんはこう話す。
「乳児院の先生たちも一生懸命やっているんですけれど、親のように一対一の関係を築くことはできません。それに、乳児院には障がいを持った子も多くいました」
「そういったお子さんをお預かりさせていただけないかとお願いしても、なかなかマッチングしてもらえませんでした。障がい児専用施設の空き待ちで、4歳の女の子が乳児院にいたこともあります」
「ダウン症を持ったお子さんでも、親がその子にあった教育環境を整えることで、社会で活躍し幸せな生活を送ることができています。それなのに、親が育てられないという理由だけで、社会から隔絶されたところで一生を過ごすのは良くないことだと感じていました」
ファミリーホームにすることで児童相談所からの信頼も厚くなるだろうし、人数も受け入れやすくなる。そう思い、吉成さんは家をファミリーホームにすることを決断した。
◇里親のつながり、すごく大切
2016年3月にファミリーホームの認可を受けてから、念願だった新生児を次々に受託し始めた。現在は10カ月と1歳の男の子を預かっている。
赤ちゃんは手がかかるし、6人も里子がいるのは大変だ。遠くに住む親戚が亡くなった時など全員連れて出かけられない場合もある。それを助けてくれるのが、 里親仲間や地域のママ友だ。
ファミリーホームでは、少なくとも2人の補助員を雇うことになっている。ファミリーホーム吉成では主たる養育者の吉成さん以外に三人の補助員を県に登録している。それでも手が足りない時は補助員だけでなく地域の里親仲間や友人たちがお手伝いしてくれる。
中でも日頃から子どもも含めて親しく付き合っている里親仲間は頼りになる存在だ。
「お互いに子どもを預けあったり、里子特有の悩みを聞いてもらったりと里親仲間には本当に助けられています」
「ファミリーホームを続けていけるのは、地元の里親仲間や補助員、パートで来てくれる方はもちろん、これまで実子を育てる過程で築いた地域の皆さんとの繋がりがあるからです。周りの皆さんに日々感謝しています」と、吉成さんは話す。
◇「どうしたらいいかわからない」里親を支えた言葉
また、里親仲間は精神的な面でも大きな支えとなっている。実子も里子も一人として同じ子どもはいないので、子育ては楽しいけれどラクではないと吉成さんは言う。
里子の中には、虐待を受けた子供や、愛情を十分に受けずに育った子供もいて、親の愛情を試すような行動をする時もある。里親になって日が浅い時は、慣れないことも多く、深刻に悩んでしまう人もいる。
以前、小さい子供を預かっていたある里親さんから「3日間子供が泣き止まなくてどうしたらいいかわからない」と電話で相談されたことがあった。精神的に追いつめられた彼女に、吉成さんは「明日も泣いていたら、うちで預かるよ」と伝えたという。その言葉にほっとして、彼女は乗り越えることができたそうだ。
「真面目な人もいて、子育てが上手くいかない時に児童相談所には相談できないまま、『もう無理』と、里親を続けるのを諦めてしまう場合もあります。そんな時、一晩預かるだけで気持ちもリセットできます」
吉成さんは現在、月1回「里親ランチ」を開いている。初めは自宅で始めた小さな会だったが、現在は近くの公民館を借りて開くほどの規模になった。養育里親や縁組希望者、委託の有無に関わらず毎月30人以上に声がけして集まっている。地元農家に協力してもらいイチゴ狩りやお芋掘りなど四季折々のイベントも実施している。
◇ファミリーホームを次の世代に「引き継ぐ」
子供とふたりだけで頼れる人がいないひとり親、子供と一緒に生活したいと思っても収入がなくて育てられない悪循環に陥ってしまうシングルマザー......。里子の親の中には、他に頼りにできる親戚や友人がいない人もいる。
子供たちを預かって育てるうちに、吉成さんは「子供たちだけではなく、実親たちへのサポートも必要だ」と気がついた。吉成さんはファミリーホームを、そういった親やその子供たちにとって実家のような場所にしたいと考えている。
ただ、ファミリーホームを続けるには体力がいる。吉成さんは今年、50歳になった。自分がいつまで以前と同じように働けるかはわからない。だから自分が引退することを見据えて、ファミリーホームを次の世代に引き継いでもらう計画を立てている。
「乳幼児ほど、家庭で育つのが良いと思ってファミリーホームの認可をもらいました。ただ、乳幼児を預かるということは、その後17、18年一緒に暮らす可能性があるということです。今育てている子たちを長く預かることになるかもしれない。その時は、要件を満たしている人に、家ごと引き継いでもらえたらいいなと考えています」
里子たちにとってスムーズな移行となるよう、日頃から当事者を含む若い人たちも大勢ファミリーホームに遊びに来てもらっている。時間をかけて人間関係を築き、引き継いでいけたらと考えている。
◇「普通にいろんな子が暮らせる家庭がもっと増えて欲しい」から
どこか遠い存在のように思える里親制度だが、吉成さんは「誰にでも身近になりうること」と話す。
実際に吉成さんは、知り合いのママが入院して4歳と1歳の子供たちを預かった。子育て中に突然病気になる可能性は誰にでもある。実家が遠かったり、親が高齢で頼れなかったり、周りに頼れない場合もある。そういう人たちを支える社会の基盤が今は整っていない、と吉成さんは感じている。
「世の中には様々な事情で生みの親が育てられない場合がありますが、子どもたちに責任はありません。ひとりひとりの子どもに充分な愛情や手間をかけ、その子らしい人生を送れるような基礎をつくることは社会のおとなの責任だと思います」
「実際、子育ては楽しいこともあるし喜びにあふれた仕事だと思っています。ただ子供が好きなだけでやっているわけではありません。里親は私ができるささやかな社会貢献なんです。親が育てられない子供たちが、家庭的な場所で成長できる環境をつくりたいから」
吉成家のアルバムには、4人の実子たちと一緒に笑顔でうつる里子たちの写真がたくさん残っている。家の前でみんなで撮影した写真、旅行先で嬉しそうに笑う写真。
社会で支えきれない子供や親たちをサポートし続ける吉成さん。一人の女性が里親となり、後に始めたファミリーホームは、多様な家族のかたちのひとつとして、しっかりと地域に根を張り、広がっているようだ。
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