単なるグルメ漫画じゃない『将棋めし』 松本渚さんが「無理をしても描きたかった」と語る棋士の矜持とは

異色の漫画だからこそ「棋譜の部分や対局の部分はしっかり描きたい」
「月刊コミックフラッパー」(KADOKAWA)で連載中の『将棋めし』
「月刊コミックフラッパー」(KADOKAWA)で連載中の『将棋めし』
Kei Yoshikawa

藤井聡太四段の活躍を受けて、この国は史上空前の「将棋ブーム」に湧いている。そんな中、棋士の食事をテーマにした異色の漫画『将棋めし』が人気だ。

2016年8月から「月刊コミックフラッパー」(KADOKAWA)で連載が始まった同作は、実写ドラマになるほどの人気に。艶やかに描かれた「うな重」や「カツ丼」といった実際の棋士御用達メニューや、それを美味しそうに頬張る主人公「峠なゆた」の笑顔が魅力だ。一方で、「将棋×めし」という異色の漫画だからこそ「棋譜の部分や対局の部分はしっかり描きたい」と、作者の松本渚さんは語る。

時には「女流棋士のコンプレックス」といったシリアスなテーマも描く。単なるグルメ漫画にとどまらない『将棋めし』に、どんな思いを込めているのか。松本さんに聞いた。

『将棋めし 1』を読む松本渚さん
『将棋めし 1』を読む松本渚さん
Kei Yoshikawa

——松本先生が将棋に興味を持たれたのは大学生のころだったそうですね。

コンピュータと人間の棋士が対局する「将棋電王戦」(第1回、2012年)が始まる、少し前の時期でしたね。放課後にずっと対局してる友達が2人がいて、そこそこ喋る仲だったけど「友達になりたいな」って思って。彼らと仲良くなるためにルールを覚えて将棋をはじめました。

ちょうどそのころ、「週刊ヤングジャンプ」で『ハチワンダイバー』が連載されていたんです。柴田ヨクサル先生のファンだった知人が「将棋好きなら、ハチワン読んでみなよ」って教えてくれたんです。盤面の様子がわかるようになっていた頃だったので面白かった。

そのうち「プロ棋士はどんな将棋を指すんだろう」って思って、佐藤康光九段(日本将棋連盟会長)のことを知りました。佐藤先生は独創的な手を指す「緻密流」と呼ばれる棋風で、とても興味を持ちました。

Kei Yoshikawa

——佐藤康光九段、ファンからは「1億と3手読む男」とも言われますね。

同じころ、女流棋士の里見香奈女流五冠についても知りました。女の人で、将棋が強くて、奨励会に入ってプロ棋士を目指している。「それって超カッコいい!」と思った。それで「将棋が強い女の子の漫画が描きたいな」って思い、今に至ります。

——そこから、『将棋めし』を描こうと思ったきっかけは。

将棋ファンの間では、棋士の食事は以前から観戦ポイントの一つでした。ただ、棋士の食事をテーマにした将棋漫画は珍しいですよね。

「うな重」が好きな加藤一二三九段や、唐揚げを増量した「唐揚げ定食」を注文する丸山忠久九段など、棋士の先生と食事に関するエピソードがすごく好きだったんです。

ニコニコ生放送(ニコ生)の将棋中継番組でも、対局中の棋士や解説棋士が「どんな食事を頼むと思う?」といったアンケートがありまして。自分も参加して「よっし当たった」とか喜んでました(笑)。

加藤一二三九段の御用達、ふじもとの「うな重」(写真は松)
加藤一二三九段の御用達、ふじもとの「うな重」(写真は松)
Kei Yoshikawa

実は、過去の自分の作品にもベースはあったんです。過去に描いた『盤上の詰みと罰』でも、将棋と食事をかけ合わせた台詞を少しだけ入れたことがありました。さすがに話の主軸に置くことになるとは思ってなかったですが(笑)。

——作品中には板チョコを2枚重ねで食べたりする加藤九段のようなキャラクターもいます。登場する棋士にモデルはいらっしゃるのですか?

主人公のなゆたにはモデルはいないんです。なゆたは成長していかなきゃいけないキャラクターだから、友達みたいな感じに近いんですよね。

松本渚/KADOKAWA

——劇中のセリフで「負けても、素手で戦ったら絶対俺が勝つ」ってありましたが、あれは深浦康市九段のエピソードですね。

そうですね。深浦九段だけではなく、将棋を指せる人ってそういう風にを思う人が多いと聞きました。例えば上司にすごく嫌なことを言われた時には「こいつ将棋だったら俺には勝てないだろう」って(笑)。

もしくは「将棋で負けても、素手だったら絶対こいつには勝てる」みたいなことを、リアルで思う人もいらっしゃるみたいです。

——いい意味で人間性が表れているなというか。人間臭さが出てますよね。

ただ、どうしても有名なエピソードだとパロディに傾きすぎてしますので、そこをなんとかしたいっていうの自分の今の目標ですね。

オリジナルキャラクターになっているのは、主人公のなゆたとライバルの黒瀬時彦ですね。ちゃんとプロ棋士を超えられるエピソードを考えつつ進めてはいますが、内容を考えているうちに実際の棋士の方が面白いエピソードを生み出しちゃうので困っちゃいます(笑)。

——作品に名前が出てくる杜谷龍王や白川名人は、松本先生の過去作品『盤上の詰みと罰』にも名前が登場していますよね。世界観は繋がっていたりするんですか。

そうですね。『将棋めし』は、その未来の話になっています。『盤上の詰みと罰』はいろいろと消化不良で終わっちゃったので、同じ将棋だから世界観を活かしてあげたいなと思いました。

『盤上の詰みと罰』
『盤上の詰みと罰』
Kei Yoshikawa/HuffPost Japan

——現実にも、アマチュアから名人とはいかないまでも、プロ棋士になった方はいらっしゃいます。森下卓九段の師匠だった花村元司九段がその代表的な存在ですよね。

花村先生は元真剣師で、編入試験を経てプロになった異色の人です。名人戦まで進んで大山康晴・十五世名人にストレートで負けた。

なので、もし漫画でこのあたりの話を描くとしたら「実際にアマチュア出身者が名人戦で勝った場合は...」みたいな話も描いてみたいですね。

——グルメ漫画には『美味しんぼ』のような調理の知識に重点を置いたもの、『孤独のグルメ』などようにひとりで好きな食事を楽しむもの、『ダンジョン飯』のようなファンタジーと現実をかけ合わせた物語など多様な作品があります。松本先生が『将棋めし』を描く上で工夫されていることは。

食事の内容と対局がちゃんと混ざっていて、食事一辺倒にならないように気を配っています。あとは、「メシだけ食べて、女の子が可愛い」で終わりたくないという思いがあります。

ちゃんと主人公が将棋を指して、戦って、葛藤する。その差別化がなかなか難しいですね。

——たしかに、作品を拝読していると食事と将棋のバランスがとれていると思いました。食事だけではないし、将棋だけでもない。上手く掛け合わせていると感じました。

そこが難しいところで(笑)。話の中では、食事が対局に良い影響を与えて勝ったり、場合によっては食事がきっかけで負けたりするので、将棋と食事のバランスには気を付けています。

ネームを描く前に実際に食べに行って、食べながら構想を練ったりします。 さらに、どうやって登場人物を戦わせようかな...って。

そういうことをずっと考えたりしていると、いつの間にか「締切がやばい」みたいになっていることがよくありますが(笑)。

松本渚/KADOKAWA

——登場するメニューはどれもおいしそうなのですが、食事のシーンを描く上で気をつけていることはありますか。

やっぱり主人公の顔ですね。食べ物自体はある程度しっかり書き込めば、多少は美味しそうに描ける。ただ、食べ方次第では不味く見えてしまうんです。

例えば食事のマナーもそうですよね。箸をバッテンにして食べてる人の姿を見ると、美味しいものを食べてるはずなのに、こちらの気が散ったりする。

食事のシーンは、読者さんが不愉快にさせる場面は絶対に出さない。特に、なゆたが美味しそうにご飯を食べてる表情に最も気を遣っています。

最近思うのですが、一緒に食事をしている時に「もっともっとおいしいご飯を食べさせてあげたいな」って思える女の子ってかわいいんですよね。食べさせてあげたいな、もっとそういう顔が見たいなって思うんです。ご飯も美味しそうに見える。

松本渚/KADOKAWA

——なゆたの顔をみると、心から食事を楽しんでいるんだろうなというのが伝わってきます。

『将棋めし』を読んでいただいて、「ご飯が美味しそう」と思っていただけるのは、多分なゆたの顔に、全てが表現されているからかもしれません。食事以外に雑念が入らないようにしたいと思うんですが、読者には味はわからない。

だから、そのキャラクターの表情を見て「こんな味なのかな」とか、文章を見て「こういう食感なのかな」って思ってもらえるようにしています。

ほかにも、細かい所も気を付けています。たとえば、うな重を食べ終えたこのコマ。食べた後の重箱にタレがついている感じで「本当に食べたんだ」と感じてもらえるように描きました。

それと、ごはん粒の影。米粒は気にしていますね。 夜中に読んでもらった時に「おいしそう!」って思わせるような。特にタレが染みている料理も気を付けています。夜に見ると、飯テロのダメージがデカいと思うので(笑)。

松本渚/KADOKAWA

——飯テロで与えるダメージを意識している、と(笑)。

描いている時は、自分も空腹で描いています。仮に深夜0時を超えていたとしても、お腹がグーってなった状態で、ずっと描かないといけない。料理を描く前には、その料理と別のものを食べないようにもしています。

だってそうでしょう。もしもカツ丼を食べた後にうな重を描けるかって、そりゃ無理ですよ。頭の中がカツ丼なのに、うな重は描けない。まずは、自分が空腹になって描くようにしています。

松本渚/KADOKAWA

——食事だけでなく、対局の風景もしっかりとした臨場感を感じます。対局の棋譜は相当作り込まれていますね。

『将棋めし』って、テーマは食事で主人公は女性のプロ棋士。今までの将棋漫画に比べると、現実的でない話に思われるかもしれません。だからこそ、棋譜の部分や対局の部分はしっかり描きたいと思っています。

棋譜は、全て監修の広瀬八段にご相談させていただいています。特に第1話の棋譜をいただいた時は「超かっこいい!」としびれました。特に、主人公が食事休憩でカレーを食べている最中に「詰め」を読み切ったあたりはすごい。

主人公がタイトルホルダーである所以が垣間見えるような、そんな棋譜になっています。私自身も将棋そのものが好きなので、そういう魅力もしっかり描きたいんです。

松本渚/KADOKAWA

——作品の中では、時にシリアスなテーマも描かれています。例えばコミックス1巻の第6話。大盤解説で女流棋士の赤兎馬アンナは悪手しか見えず、同じ女性ながらプロ棋士の主人公はすぐに最善手を見つけ、赤兎馬はコンプレックスを抱いた。あの話を描こうと思ったきっかけは。

「女性のプロ棋士」を主人公するにあたって、女流棋士の話は避けられないテーマだなと思っていました。主人公を女の子のプロ棋士としたからには、「女流棋士の意味」という部分も描かないと不誠実だと思ったんです。

松本渚/KADOKAWA
松本渚/KADOKAWA

現実世界で女流棋士からプロ棋士になった人はまだいませんが、女流五冠の里見先生は奨励会に在籍しており、「女性初のプロ棋士」に最も近い位置にいると思います。私は里見先生のことが大好きで、ずっと注目していました。

なので、「もし里見先生がプロ棋士になったら、今持っている女流タイトルはどうなっちゃうのか」「他の女流の人はどういう目で見られるのだろうか」と、ずっと考えていました。三段リーグには里見先生だけでなく西山朋佳・奨励会三段もいます。

松本渚/KADOKAWA
松本渚/KADOKAWA

自分が描いていい舞台かどうかは、ずっと悩みました。ただ、女流棋士へのリスペクトや女流棋士にしかできないこと、その矜持といった部分は描かないといけないと思った。描けるなら無理をしても描きたかったんです。そこも将棋の魅力だと思うんです。

松本渚

振り飛車党新人漫画家。

2014年から漫画雑誌『コミックハイ!』(双葉社)にて『盤上の詰みと罰』を連載。

2016年7月から漫画雑誌『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA)で『将棋めし』を連載中。(既刊2巻)2017年7月驚愕のスピードでテレビドラマ化。ただいま放送中。

『将棋めし 2』はKADOKAWAから発売中。

【インタビュー後編はこちら⇩】

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