洋服の買い物スタイルは大きく変わってきている。
デジタル化、グローバル化はショッピングにも及び、私たちは、便利なファッション通販サイト「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」や、GU(ジーユー)やZARAなど、安くてそこそこオシャレなファストファッションを手に入れた。
競争が激化する中、多くのお店は「セール」でお客さんを繋ぎ止めようとしている。
しかし、安売り頼みになってセールの時期が長くなるほど、お店側の儲けは減ってしまうし、正規価格で売れる期間が短いと洋服メーカーが良いモノを作ろうという気持ちも薄れてしまう。
そんな"悪循環"のファッションの世界に、未来はあるのだろうか——。
*
ファッションビルを運営する「ルミネ」の新井良亮(あらい・よしあき)会長は、「ルミネがやります」というキャンペーンで、2017年の夏のセールを約2週間遅らせた。バーゲン頼みのお店にも、安売りばかりを求めてしまう私たちにも、丁寧に買い物をする「理想」を訴える。
セール競争が根強い業界では、優等生すぎる発言にも感じてしまう。新井会長、どうしてこんなことを仕掛けたのですか?
ルミネの新井良亮会長
——2016年の全国の百貨店の売上高が36年ぶりに6兆円を下回るなど小売り業界は大きな激変期にあります。ルミネは2017年の夏のセールを前年より2週間後ろ倒し、7月28日から行いました。ショッピング施設によっては6月末から夏のバーゲンを始めているのに、大丈夫でしたか。
ルミネの経営をはじめて7年目に入りますが、2年目ぐらいからこの業界はこのままではもうだめだ、と感じていました。
百貨店や商業施設では、バブルがはじけてからお客さまをつかむために、セールの常態化や前倒しがどんどん進んできました。
お店のショップスタッフは疲れ果て、利益もあがらなくなります。スタッフの給料を上げられなくなり、お客さまと向き合う余裕や、自分を高めるためのお金も減っていきますよね。
お店の現場が慌ただしくなり、お客さまに服のデザインや素材の素晴らしさを説明する余裕もなくなっていくんですね。
どこの商業施設のトップもそういうことは分かっているはずなんです。しかし、横並びのところがあり、「おかしい」と思っていながら、変わらない。そうこうしているうちに、季節がめぐり、またセールの時期がやってきて同じことを繰り返す。誰も決断できないので、「ルミネがやります」と踏み切ったわけです。
——「ルミネがやります」キャンペーンでは、セール続きに疑問を持つショップスタッフやお客さまの本音を描きました。「売れ筋を大量に作って全てのお客さまに『お似合いですよ〜』って笑顔で言う」などブラックな声も出ています。
踏み込んだ表現をしたのは、本当にお越しいただきたいお客さまの像や、本当にお客さまに体験していただきたい買い物体験を表現したかったからです。
服を着ることによって自分の素晴らしさに気づく。新しい自分を感じる。自分の成長に合わせて似合うものを着る。人気商品に踊らされるのではなく、作り手のストーリーや素材にこだわる。ルミネが理想としている買い物体験に、共鳴した人だけお店に来てくださいと本当に思っています。
ルミネのキャンペーン「ルミネがやります」
——そんなに「意識の高い」お客さんってちゃんと存在しているんでしょうか
ルミネの思想に共鳴する人は確実にいます。
もしいなかったら、理想のお客さまや、理想の市場を作り込んでいくことこそが経営だと私は考えています。
今の時代、買い物するにしてもたくさんの情報や手段があります。でも「満足」を与えられても「感動」を与えられる場所は限られているのではないでしょうか。バーゲンやセールばかりで、お客さまを引きとめようとしてはダメなんです。
お客さんは常に「感動」を求めている。ルミネのようなお店がますます必要になっていると思います。
——実際にはZOZOTOWNなどのECサイトで買い物をする人も増えていますよね。
お客さまにとって、購入の手段が増えているのは良いことではないでしょうか。選ぶのはお客さまですから。
ただ、我々が提供している価値と、そこにある価値は全く違います。本物の商品と画面越しに見る商品は全く違うのです。
画面越しの商品が満たすことができるのは、お客さまの「物欲」だけです。でも、本物の接客を受けたお客さまは、「体験」、そして「学び」を得ることができます。
オンラインでの買い物で、ものづくりの素晴らしさや、着ることによる社会への貢献といったことを学べるでしょうか。
——なるほど。ファストファッションはどうでしょうか。おしゃれが好きだからこそ、安くて何度も買い換えることができるファストファッションを選ぶ人もいるはずです。
何度も買い換える前提で買うという行為に、お客さまは何を見出すのでしょうか。
いっけん合理的な買い物に見えるかもしれませんが、人生は、効率や合理性で進まないところはたくさんありますよね。非合理なもののなかに意外と真実はあるのではないでしょうか。
ファストファッションを全否定はしませんが、大量にモノをつくって、大量に捨てることを「私らしくない」と思う人もいるはずです。合理性を超えた部分で、自分自身の価値を見出す人もいるはずです。
——なぜほかのショッピング施設などアパレル業界はセールにこだわるのでしょうか
経営哲学の問題です。業界全体の判断や動きを待ってアクションすることは経営とは呼べません。
困った時、セールをやりますとしか言わない。ビジネスはターゲットが大事です。誰に来店し続けて欲しいのか。そのターゲットがはっきりしないから、セールに頼る。百貨店の「百貨」ではないですが、全てが揃っているからお客さんが来る時代ではない。業界が、思考停止になっています。
多くの企業が単年度決算(毎年の売上や利益)にとらわれ、特に売上ばかりに固執している現状が挙げられます。本当に重視すべき指標は売上ではなく、利益なのに。
雇用はどんどんひっ迫しています。少子化も進んでいます。優秀な人材を確保するためには、利益を上げて社員に還元しなければなりません。このままではファッションが好きで入ってきた素晴らしい人材がほかの業界に行ってしまいます。
それなのに目先の売上のために、8割引、9割引で売られる商品も出てきてしまいます。良いものを安く売り続けているのですが、心を込めてその商品を作った人を何だと思っているのでしょうか。
——ルミネは、ファッションブランド各社に「テナント」として、店を出してもらう形態をとっています。テナントの中には、別の商業施設にも出店しているところもあり、ほかの施設ではセールが始まっているのにルミネ内のお店では正規価格のまま売ると「二重価格」になってしまいます。
それを解決するのが、各企業の「商品施策」ではないでしょうか。
ほかの商業施設とルミネの両方にテナントとして入るのであれば、安売りを望むお客さまとルミネの価値観に共感するお客さまとでターゲットが違うのだから、それぞれ違う商品を開発し、売るべきだと思います。
——「ルミネの理想はわかるが、売上も大事なので、今までのスケジュールでセールをやらせてくれ」というテナントの声もあったのではないでしょうか。
今年4月にルミネの営業戦略説明会を実施した時に、夏のセールを後ろ倒しにすることを伝えました。そして、ルミネにテナントとして入っている以上、ルミネの方針に従ってください、反した場合には、テナント契約の更新はしませんとも言いました。
また、ショップの経営者だけではなく、各店の店長やルミネの社員、すべての人に等しく理念と覚悟を伝えました。「本当に真剣になって、正規価格で売りましょう」と。
ルミネ2017年秋広告「愛は、声で。」
――そういった理念が形になって効果を表すまでは、ルミネの経営に響きませんか。
売上や利益が下がるのが当たり前だったらやりません。下がらないようにするのが経営ですから。
経営は、難しいことを当たり前にやることです。難しいことを難しいと言っているうちは経営者じゃないです。それは一般社員の仕事です。
実際ルミネも、2012年から少しずつセールを後ろ倒しにしてきていますが、数字もちゃんとついてきています。ルミネ単体で2017年通3月期の営業利益は前年比101.6%を達成しています。
——夏のセールの後ろ倒しは来年以降も続けますか。
来年以降もずっと変えませんよ。やり続けないと意味がないです。これまでも広告キャンペーンなどを通じてルミネの意志や思想を伝えてきました。それがある程度浸透した上で、セールの後ろ倒しに踏み切ったので、さらにルミネの思いが浸透するまで続けますよ。
——「ルミネがやります」キャンペーンは手応えがあったということですね。
そうですね。たくさんの声がありました。
とりわけ、ブランドのデザイナーからの反響が大きかったです。セールに頼るのではなく、ショップスタッフとお客さまがじっくり向き合って、洋服の本来の価値を改めて伝えようとしたメッセージは、自分たちが一生懸命「ものづくり」をしている思いを表現してもらったように感じたという反応でした。また、私たちの思想に共感するお客さまからのSNS投稿などもありました。
――これを続けていくことで、先ほどおっしゃっていた"理想のお客さま"は今後増えていくと思いますか。
増えると思いますよ。増やすために、ルミネでは多様な経験や学習をした働き手を大事にしています。買う人も、売る人も生活者ですから。
ルミネでは3年働けば、育児や配偶者の転勤などで5年間仕事を離れても復帰できる制度があります。結婚したり、子供を育てたりという他の経験をして、いろいろな価値観に触れた人に戻ってきてもらう。生き方を大事にしている人が、良い商品を支えると感じているからです。
ルミネ新宿2のショップスタッフ
——セール期間の短縮はほかの商業施設も真似をするのでしょうか。
新しい方向にみんなで進んでいく、というよりもむしろ、本来あるべき姿に戻すということだと思っています。
——本来あるべき姿とは。
日本には、独自の感性や価値観がある。ファッションでいえば、色合いやデザイン、素材など日本文化とも呼ぶべき素晴らしさがあります。
それなのに安売りの常態化で日本のものづくりがとても貧弱になっています。
東洋と西洋の文化を融合し、熟成させて出来上がった日本のものづくりの素晴らしさ。それをもう一度紐解いて、きちんとあるべき姿で価値を提案する。
それだけです。歪んだものを元に戻すだけです。
窮している時こそ、奮い立って仕掛けていかないとだめなんです。
将来を前向きに見立てていく過程に、人間の成長もあるわけですし、悲観は何も産み出しません。
だから我々は「損して損して得を取る」という姿勢で「商い」をしているんです。
これからも、文化を作り続けなきゃいけませんから。
取材後記:会長の言葉はカッコよすぎたけど...。
ルミネの夏のセールが始まる直前の土日に、私はいくつかのショップを訪ねてみた。本当はセール前なのに、「スペシャルプライス」などの文字。「セール」という言葉を使わず、値下げしたアイテムを一生懸命売るスタッフがいた。
施設全体を管理するルミネが「セールの後ろ倒し」を目指しても、中に入っているお店には、売上をアップさせないといけないプレッシャーがある。ルミネの顔を立てつつ、お客さまをつかまえたいという苦肉の策だったのかもしれない。
セールの後ろ倒しは、百貨店大手の三越伊勢丹ホールディングスの大西洋・前社長が取り組んでいた。しかし、2017年3月に突然社長職を退いたため、「改革派」でもある、ルミネの新井会長の存在感は高まっている。
私自身も、新しい価値(あるいは新井会長が言う「本来の価値」)を持つ消費者が増えていると感じる。同世代の女性に話を聞くと「最近、来年も着られるかを意識するようになった」と話してくれた。
新鮮さだけを求めて、2,3回洗濯したらくしゃくしゃになってしまう洋服を買って、本当にくたびれているのは私自身ではないだろうか。大切な洋服を、ブラシをかけ、直したりしながら、丁寧に着たい。
目先の数字と安売り競争で生まれた「過剰なセール」と向き合うルミネ。景気がそれほど回復していない中、私を含めた消費者にとって「安さ」が魅力なのは当たり前だ。そのため、ルミネの新井会長の言葉は、今の時点ではやや「理念先行」のところがあるとも感じるが、テナントも次第に変わるのではないだろうか。少なくとも私は、考えながら洋服を選ぶ、個人でありたいと思っている。(南 麻理江)
▼新井良亮(あらい・よしあき)氏 プロフィール
株式会社ルミネ 取締役会長。
1987年4月に東日本旅客鉄道株式会社に入社。総務部、事業創造本部などを経て、2011年に株式会社ルミネに代表取締役社長に就任。2017年6月以降現職。