蓮舫氏、戸籍の一部公開「こうした開示は私で最後にしたい」 二重国籍問題をどう説明した?

民進党の蓮舫代表は7月18日、日本国籍と台湾国籍との「二重国籍」問題をめぐって、記者会見を開いた。
時事通信社

民進党の蓮舫代表は7月18日、日本国籍と台湾国籍との「二重国籍」問題をめぐって、記者会見を開いた。日本国籍の取得直後に台湾籍を放棄したと勘違いしていたと謝罪する一方、台湾籍の放棄を証明する資料として、日本国籍の選択宣言の日付が記された戸籍謄本の一部を公開。「こうした開示は私で最後にしたいと強く思います」と述べた。

蓮舫氏は会見の冒頭で、日本国籍の取得や台湾籍を放棄した経緯について説明。17歳だった1985年、改正国籍法の施行に伴い日本国籍を取得した後、台湾国籍を放棄していなかったが、父親が手続きをしたと勘違いしていたと謝罪した。

その後、二重国籍を指摘する報道を受けて、2016年夏に台湾政府に問い合わせた。台湾籍が残っていることが確認され、10月7日に外国籍を放棄する「選択の宣言」をした。

公開理由は「子供が成人したから」

蓮舫氏は、戸籍を公開した理由について「個人のプライバシーに属するもので、慎重だった」と断った上で、「子供が成人し、理解が得られたことや、私が1人の政治家を超えて、より強く説明責任を求められる公党の代表としての立場を勘案した」と説明。

一方で、「親や本人の国籍、出自など、日本人と違うことを見つけ、違わないということを戸籍で示せと強要することがない社会をつくっていきたい」と訴えた。

報道陣との質疑応答では、問題が浮上した2016年夏に公開しなかった理由に関する質問が相次いだが、「戸籍の一部が含まれるのであれば、子供の情報が記載されており、それがブレーキになった」と繰り返した。

二重国籍を禁じている国籍法に違反していたことに対しては、「手続きを怠ったのは事実で、日本籍のみと思っていて疑っていなかった。公職につくものとして深く反省している」と発言。一方で、「法律を遵守していないという認識はなかった」と話した。

蓮舫氏は、過去に使用していた台湾パスポートの写しも公開。失効期限が1984年7月になっており、更新や再発行の有無を問われると、「それ以降は日本のパスポートを使用している」と強調した。

蓮舫氏の国籍問題、これまでの経緯

なお、蓮舫氏はこれまで、自身の国籍について以下のことを明らかにしている

・1967年に台湾籍の父(故人)と日本人の母の長女として、日本で生まれた。

・出生時点の日本では父親の国籍しか取得できなかったため台湾籍として日本で暮らした。

・日本と台湾が断交した1972年以降は中国籍の表記となった。

・日本の国籍法改正により1985年1月21日、17歳の時に日本国籍を取得した。

・同時期に父と台北駐日経済文化代表処(大使館に相当)を訪れて台湾国籍放棄の手続きをしたと記憶し、過去にそう説明してきた。

・しかし、実は「代表処での父親の台湾語がわからなかったので、実際どういう作業が行われていたかわからなかった」と明らかにする(2016年9月6日の記者会見)

・指摘を受けて国籍について台湾側に問い合わせ、戸籍が「残っている」と2016年9月12日に返答があった。

・念のため、2016年9月6日に再度、国籍放棄の書類を提出した

・「二重国籍」状態になっていた台湾籍の離脱手続きが完了したと報告(2016年9月23日

・日本国籍を選択したことを証明する戸籍謄本を公開する考えは、「ない」と強調(2017年5月25日

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