子供のころ、用水路でザリガニ釣りを楽しんだ人も多いはずだ。棒の先に糸をつけて、サキイカなどをつけるだけで、真っ赤なアメリカザリガニが面白いように釣れた。そんなアメリカザリガニが、中国では食材として大ブームになっている。
「ザリガニなんて食べられるの?」と驚く方もいると思うが、原産地の北アメリカでは食用に漁獲され地元の名物料理とされるほか、フランス料理にも使われるなど、世界的にはザリガニ料理は意外とポピュラーなのだ。中国ではアメリカザリガニを食材として、どう活用しているのか。中国・中華圏ウォッチャーの如月隼人のレポートをお届けしよう。
中国・淮安市で開かれた「第16回国際ザリガニ祭万人ザリガニの宴」の様子。中国全土から3万人以上の食通たちが集まり、ザリガニを味わった
■KFCやマクドナルドを凌駕する「ザリガニ専門店」
ザリガニ料理は「13億人の胃袋を満たすため」ということで、産業規模も拡大の一途。中国メディアも大いに注目している。店舗数で「マクドナルドを超えた」、「ケンタッキーフライドチキン(KFC)を超えた」といった文字が踊っている。
中国大手の共同購入型クーポンサイトの美団(メイトゥアン)などによるリポートは、ザリガニ料理専門の料理店は2015年から爆発的に増え始め、2016年6月末には前年比33%増の1万7670店舗に達したと紹介した。
外食産業と言えば、中国でも米国ブランドのKFCやマクドナルドはなじみ深い存在だ。中国メディアは2014年ごろから、KFCの中国における店舗数は5000店規模に到達、マクドナルドは2000店規模などと盛んに報じた。そして現在、ザリガニ料理専門店の急増を伝える記事はKFCやマクドナルドの店舗数と超えたなどと強調することが多い。
政府発表でも、ザリガニブームは如実だ。中国政府の農業部漁業漁政管理局(日本の水産庁に相当)と中国水産学会が発表した「中国アメリカザリガニ産業発展報告(2017)」によると、2007年に26万5500トンだった養殖ザリガニ生産量は16年には85万2300トンに達した。9年間で約3.2倍に成長したことになる。捕獲分を含めれば、16年にはザリガニの総生産量が89万9100トンに達したという。
同報告によると、中国で「ザリガニ産業」が発展し始めたのは1990年初頭で、当初は捕獲業者が外食業者に直接販売している状態だった。しかし現在はすでに養殖、加工、「流通と外食産業」に属する業者が分業化した。各段階を経て最終的に消費者に提供される「産業チェーン」が形成されているのだという。
中国・淮安市で開かれた「第16回国際ザリガニ祭万人ザリガニの宴」の様子
■小型イセエビの異名も。四川風スパイスと「幸福な出会い」で大人気に
中国人はアメリカザリガニをどのように調理しているのか。とりわけ人気のメニューは四川料理風の味付けだ。料理名は「麻辣小龍蝦(マーラー・シァオロンシア)」。舌をしびれさせる刺激(麻)が特徴の「花椒(ホアジァオ=中国山椒)」と、唐辛子の辛さ(辣)を合わせて用いる。レシピ紹介サイトを見ても、「麻辣小龍蝦」がずらりと並んでいる。
それ以外の調理法を見てもウイグル料理などで多用されるクミンを使う料理法や胡椒を使う方法など、スパイスを利用する場合が多い。「小龍蝦」とはアメリカザリガニのことだ。食材が外来種と知らねば、まるで伝統中華と思ってしまうような料理名が並ぶ。
なお、「小龍蝦」は「龍蝦(=イセエビ)」にちなむ呼称だ。中国ではアメリカザリガニが「小型イセエビ」と呼ばれるようになったことも「高級食材に近い」とのイメージを発生させ、人気を呼んだ理由のひとつになったようだ。
一口に中国料理と言っても、地方による伝統的な味付けは相当に異なる。かつては一般庶民が自分の生活圏以外、あるいは出身地以外の料理を味わうことは、それほど多くなかった。大きく変化し始めたのは1980年代だ。その背景には改革開放政策に伴い、各地の人々が出身地を離れて個人経営の庶民向け飲食店を開くことが容易になったことがある。
そして、四川風の「麻辣」やウイグル風のクミンを効かせた味付けは、本場の味と全く同一であるかどうかは別にして、全国的に受け入れられることになった。舌をピリリと突き刺す味付けが、後になって登場した食材のアメリカザリガニにもぴったりだったいうことだろう。アメリカザリガニは中国で、スパイスとの「幸福な出会い」を果たしたと言ってよい。
なお、地方によっても違いがあるが、アメリカザリガニの出荷が最も盛んなのは6月から8月ごろだ。しかも「ビールとの相性は抜群」とされている。中国人にとってアメリカザリガニはまさに、夏を代表する味覚のひとつになったわけだ。
中国・広州市で開かれたザリガニを食べる選手権の参加者(2005年撮影)
■調理次第では「寄生虫症」の危険も
アメリカザリガニの食用には注意せねばならない点もある。寄生虫の問題だ。アメリカザリガニに寄生する生物種は多いが、代表的な例として肺吸虫がある。肺吸虫が恐ろしいのは、ヒトの体内を移動することで「幼虫移行症」という事態を引き起こすことだ。腹腔を経由して胸腔、さらには肺に侵入して気胸を起こしたり腹膜炎により水がたまったりすることが多いという。
陝西省西安の地元紙である華商報は6月19日付で、市場で売られていた生きたアメリカザリガニを検査したところ使った3体のサンプルのうち2体から寄生虫が見つかったと報じた。記事はさらに、最近になり江蘇省蘇州市で女性1人が喀血し、肺吸虫が寄生していたことが判明した事例があると紹介。同女性はしばらく前にアメリカザリガニを食べたことがあるという。
この記事では、西安市民にアメリカザリガニを自宅で調理する場合の方法を尋ねたところ、強い火を用いて短時間でざっと炒めると言う人が多かったという事例を紹介した。中華料理で「爆炒(バオチャオ)」と呼ばれる技法だ。短時間の加熱の方が食感がよいからとの理由だったという。
しかし、専門家は短時間の「爆炒」で寄生虫を完全に死滅させることは困難と指摘。アメリカザリガニの場合、全体を摂氏100度の温度に10分間さらす必要があるとした。そのために、「爆炒」の技法を用いて調理する場合には、その前に蒸すか圧力鍋で煮るなどで、十分な加熱をしておくことが必要とした。
■ザリガニ料理が急成長を維持できるかの鍵は「安全性」
中国人にはもともと、「自分の健康を守るのは、最終的には自分自身」との考えが強い。しかも、中国では食の安全に絡む問題が続発している。アメリカザリガニは伝統的な食材でないだけに、寄生虫症の発生が問題になれば、「やはり食べるのはやめよう」という人が続出する恐れがある。
中国における2017年のアメリカザリガニ生産量は前年比で2桁成長を維持して97万トン程度になるとの予想もある。「ザリガニ産業」が高度成長を維持できるかどうかは、飲食店が安全・安心の料理を提供し続けられるかどうかにかかっている。
執筆:中国・中華圏ウォッチャー 如月隼人(きさらぎ・はやと)
■関連スライドショー(世界のザリガニ料理)
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