栃木県足利市にある「ココ・ファーム・ワイナリー」(関連記事「慈善ではなく、おいしいから」障害者のワイナリー「ココ・ファーム」収穫祭を訪ねて)。
ワイナリーに隣接する障害者施設「こころみ学園」の園生と様々な職種のスタッフが、ブドウを栽培したりワインを造ったり、一緒に働いている。「能力を生かし、それが仕事になる」というのは、障害の有無にかかわらず大事なことだ。
連載の4回目は、ワイン造りを担う醸造部長・柴田豊一郎さん(39)と、園生をサポートしてきた施設長・越知真智子さん(60)の体験を紹介する。
醸造部長・柴田豊一郎さん
■ タンク洗いから基本を学ぶ・四季の積み重ね「気を長くしてやる」
醸造スタッフは、柴田豊一郎さん(39)のもとに5人いる。さらに海外からの研修生も。ワイン造りはスタッフが主に担うが、ブドウのコンテナ運びやビン詰めの作業は園生の力が頼みだ。
柴田さんは醗酵物に興味を持ち、東京農業大の醸造科へ。醸造酒づくりに関わりたいと思っていたところ、大学での募集を見てココと出会う。「目指しているワインが質のいいもので、学園も興味深い。ワインが農業に直結しているのがおもしろそう」。研修を経て2001年に入社。仕事はタンク洗いから始めた。ワインを入れる前にタンクを洗うことで、ポンプの動かし方やホースのつなぎ方、「とにかく清潔にするのが大事」などの基本を覚えられた。
それから少しずつ、ココのワインを試して味を知った。仕込みの9月になると、「白ワインはブドウを絞って、赤ワインは皮と一緒に。ブドウを見てどうやってどんなワインにしていくか」というところから始めた。やってみながら先輩に教わって、怒られて覚えた。
冬から春はビン詰め。夏は手が空くので畑の手伝いだ。夏に実をつけると、畑に見に行き、味見する。ブドウがどんなワインになるかというのは、サンプルを見るチャンスが1年に1回しかない。「気を長くしてやるのがいいのかもしれない。醸造で同じことをしても毎年、味は違います。それでいいのかなと思う。蔵であれこれしない。どうしたら畑の味が出せるか、ブドウの状態を見て考えます」。繰り返し、四季を過ごして経験を積んだ。
■ 状態を細かく見極め・コンテナ運び、ビン詰めに園生が活躍
具体的なワイン造りの手順を聞いた。今は20種ほどのオリジナルワインを造っている。例えば赤ワイン「第一楽章」の場合。自家畑のマスカット・ベイリーAという品種のブドウが来たら、コンテナから選果台にあけて片付けるまでは、園生の担当だ。
その後は醸造スタッフが粒を取り、皮と一緒に醗酵。皮から味わいや色が出る。温度や時間を見ながら、皮が浮いてきたら混ぜる。酵母の力で熱が上がり、糖分の比重や温度を測り、1日に1~2回は味や香りを見る。もっと醗酵するか、温度を上げるか、年によって違う。酵母が糖分を食べきったらアルコール発酵も終わり。いつ頃、皮と種を取り除いて絞るか見極めが大事だ。搾りすぎないように、プレス機に張り付く。
スタッフがワインをタンクに入れ、時期が来たらタンクからビンに入れてコルク栓をする。ここでまた、園生の出番だ。コルク栓にキャップシールをかけ、ビンのラベル貼や箱詰めして運ぶところまで、活躍する。単純な作業だが、園生の集中力が生かされる。
「ワインができた順にビン詰めするので、いつ、だれがこういう作業をすると予定を組みます。次の秋までにはタンクを空けないと、新たなブドウが来てしまうから休んでいられない。スタッフは交代で休みますが、園生は週末も作業をしている。本当に働き者ですよ」
■ お互い根気がいる・品種や味も「こころみている」
柴田さんが最初にココに来た時は、園生との関係に戸惑い、カルチャーショックもあった。学園の食堂で一緒に食事をすると、大人数でどやどや、大騒ぎ。だがこの「同じ釜の飯を食う」経験があって、関係がスムーズにいったという。
来た当初は、自分よりも園生のほうが、キャリアが長い先輩。お互いに「根気がいるね、長い目で見よう」という感じだった。新しくビン詰めに当たる園生も、時間はかかるができるし、得意な仕事なら長続きする。対等な仲間だから、さぼっていたら園生を怒る。自分たちも、失敗する。醗酵がうまくいかなくて、いいワインができない時もある。
「いろいろな品種のブドウを試し、足利に合ったものを造ろうとしているのは、おもしろいですね。さらに、各地のブドウを使っているワイナリーは珍しい。様々な背景を持つスタッフが集まっているのも、うちらしいです。こころみ学園の名前通り、常にこころみている」
施設長・越知真智子さん
■ スペシャリストの園生、さぼったら外す・必要とされて頑張れる
ビン詰め作業にも、スペシャリストの園生がいる。その成長を、学園の施設長・越知真智子さんは見守ってきた。越知さんは、学園を始めた川田さんの次女。栽培や福祉の勉強をしながら、園生をサポートしてきた。
ワイン造りの技術を伝えてもらおうとアメリカから迎えたブルース・ガットラヴさんと、園生とのエピソードがある。「12時にお昼休憩と決めている園生は、ビン詰めの作業が途中でも、そわそわして行ってしまい、ブルースに怒られた。限られた時間でスケジュールをこなすのが、生き物を扱う時のルールです」。ビン詰めは時間内に終わらせたい。休憩に行ってしまう園生はメンバーから外すことにした。呼ばれなくなって仕事がなくても、なぜかわからない。しばらくは呼ばれなくてもワイナリーに来ていたが、別の人が自分のポジションにいるので、自分は必要とされていないとわかったようだ。
保護者との面会日に、初めて「家に帰りたい」と両親に言ったことでショックを受けているとわかった。職員が間に入ってよく話をして、なぜ外されたか話した。「やっぱりやりたい」というので謝り、元の仕事に戻った。
その後、園生は「早くお昼にしよう」とつぶやくけれど、やらなければならない作業中は、待っていられるようになった。越知さんは「彼はコルク栓の上にシールをかける作業が手際よくて素晴らしい。器用で機械のタイミングについていける。単調な作業だからと眠くなっているメンバーに注意してくれたことも。知的障害のある人は自分だけの世界に入っていると思われがちですが、自分があてにされている、選ばれていることは理解しているんです。うまく表現できないだけで」と話す。
■ 必ず得意なことはある・掃除や食事作りで支える園生も
越知さんは、職員は「園生を保護しなきゃ、守らなきゃ」と思いがちという。ビン詰めのメインの園生に微熱があり、休ませるとブルースさんに言うと「僕には彼が必要なんだ。せっかくビンを4日かけて洗って準備したのに、彼がいなければビン詰はできない」と言われた。本人に「大丈夫?」と確かめると、「大丈夫、やる」といって、ビン詰めの作業に来てくれた。そして作業をしていたら元気になった日もあった。
畑にスタッフが越知さんしかいなかったころ。園生が斜面で重いバケツを持ってくれて助かった。今、ワイン造りに直接は関わっていない園生も、掃除や洗濯、お弁当作りなどを分担し、大事な役割を果たしている。「学園の食事も一緒に作ります。園生やスタッフ全員の食事を作るのは、職員だけではとてもできない。園生には、皮むき、千切り、薄切りとそれぞれ得意な人がいます。必ず秀でているところがあって、生かせる仕事がある。園生の力なしでは、学園の生活は成り立ちません」
【ココ・ファーム・ワイナリー】
1950年代、地元の教師だった川田昇さんが、知的障害がある生徒と一緒に山の急斜面を開墾し、ブドウ栽培を始めた。69年、障害者の施設「こころみ学園」ができる。現在は入所を中心に18歳~90代のおよそ150人がいる。「園生が楽しく働ける場を」と、80年に保護者の出資でワイナリーを設立。約20種、年間20万本のワインを製造。ワイナリーが学園からブドウを購入し、醸造の作業を学園に業務委託する。ワイナリーのスタッフは30人。
なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki