いわゆる「LGBT」ブームと言われる昨今、メディアにセクシュアル・マイノリティの若い当事者が登場することも増えている。彼らの多くは大学のLGBTサークルやNPOで活動している人たちだ。広く社会問題に関心を持ち、アクティビズム(社会的・政治的変化のために行動する主義)に積極的に関わっていこうとする若年層が増えていることは事実だろう。
一方で、ゲイのなかにはこのような活動とは距離を置き、ゲイタウンやクラブで盛り上がることをメインの活動とする層も存在する。彼らのようなゲイたちの憧れであり目標が、"ゴーゴーボーイ"(ゴーゴー)だ。彼らの声なき声を聞き、その実情に迫ってみたい。
■ドラァグ・クイーンとゴーゴーボーイは、どう違うのか
ゴーゴーボーイと聞いて、なんのことか分かる人は少ないだろう。ゴーゴーボーイとは、ゲイ向けのクラブイベントなどでセクシーな衣装を身にまといステージで踊って会場を盛り上げるダンサーのことを指す。
同じくゲイのクラブシーンに欠かせないドラァグ・クイーン(以下ドラァグ)が、それなりにメディアに露出し世間に認知されているのとは対照的だ。
その違いは何か。ドラァグは、女性性を過剰に表現することで異性愛的な価値観を転倒させようとする試みであり、そもそも政治的な存在だ。ドラァグの多くはセクシュアリティについて一家言持っていて取材に応じて自分の主張を明確に訴える。
ゴーゴーボーイは、同じくゲイのクラブカルチャーを担う存在でありながら、全く政治的ではない。彼らはただただカッコいい存在なのである。カッコいいゆえに若いゲイの中には、彼らに憧れ自分もゴーゴーボーイになりたいと思うものが少なくないのだ。
政治的な存在ではないゴーゴーボーイは、あまり一般のメディアに登場して自らについて語ることはない。今回も何人かにインタビューを申し込んで断られたのち、知人を介してひとりのゴーゴーにたどりついた。
■ガリガリに痩せていた彼は、なぜ必死で体を鍛えるようになったのか
ゴーゴーボーイのNAOKIくん (c)Kaori Sasagawa
「月に2、3回、クラブイベントで踊っています。きっかけはSNSでスカウトされてテキーラ・ボーイをやったことでした」
そう語るNAOKIくんは、ゴーゴーとしてすでに10年以上活躍しているベテラン。テキーラボーイというのは会場でテキーラをショット売りして回るスタッフのこと。露出の多い衣装で、いわばゴーゴーボーイの下積みのような存在でもあるようだ。
NAOKIくんの本業は美容師。原宿、キャットストリートにあるヘアサロン「attica BEAUTY PARLOR」で店長を務めている。鍛え抜かれた体に短めの髪、ヒゲを生やした男っぽい風貌はいかにもゲイ受けが良さそう。
しかし、意外にも20代の半ばまでは全く違うスタイルだったそうだ。
「もともとガリガリに痩せてましたし、服装や髪型も派手。いわゆる"ゲイ受けがいい"、男っぽいタイプではありませんでした。ゴーゴーを始めたころから本格的に体を鍛え始めたんです」
「今は週6回ジムに行ってます。食事にも気を使ってサプリもいろいろ飲んでます。タバコも吸わないし、お酒もほとんど飲みません。お客さんはしっかり体を見てます。体脂肪を落としているとき、いわゆる"絞れている"状態の時はやっぱり褒められます。だからトレーニングはサボれません」
(c)Kaori Sasagawa
週6回のトレーニングに食事制限と聞いてストイックだと思うだろうか。しかし、職業意識に基づくとはいえ、ゲイにとって肉体を鍛えることがいわば"モテる"ためであることを考えると、ストイックとは正反対のようにも思える。
NAOKIくんのように、ゲイが20代も半ばを過ぎた時に自分のスタイルを作ろうとすると体を鍛えるくらいしかないというのは事実なのだ。若い頃はスリムであることが魅力になるが、中年以降それはしばしば貧相にしか見えなくなる。
ゲイにとって自らは「見る主体」であり、かつ「見られる客体」でもある。ゲイにとって見られるための体作りは永遠のテーマとも言えるのだ。ゴーゴーボーイに限らず、ゲイがやたらと体を鍛えるのはそういう理由なのである。
■アジア最大級のイベントを目標に努力、海外でも活躍
テキーラボーイを経てゴーゴーとなったNAOKIくんは、メジャーなイベントへの出演を目指して努力した。
「とりあえずの目標はageHaに出ることでした。ageHaは東京にある大型イベントスペースなんですが、ここで年に数回、アジアでも最大級のゲイ・イベントが行われる。アジア各地から大勢のゲイが集まります。ゴーゴーなら誰でも出たいと思うイベントです」
ゴーゴーデビューから数年でageHa出演という目標を成し遂げたNAOKIくんは、後に台湾など海外イベントにも出演。2010年からは念願だったタイのソンクラーンで行われるゲイ・イベントへの出演も続けている。
「昔は誰でもなれるって感じじゃなかったんです。先輩も怖い印象でした。だからパフォーマンスも必死で練習したし、腹筋が割れてるのはマストだと思ってトレーニングもがんばりました」
今やゲイの間のアイドル的な存在となり、誰もがなりたがるようになったゴーゴー。そしてゲイイベントの数も増加したことでゴーゴーボーイがやや粗製乱造されている感は否めない。一部にはお客さんを盛り上げるというより自分が注目されることを目的にしているゴーゴーもいるようだ。
(c)Kaori Sasagawa
ゲイのモテスジであり王道を行くNAOKIくんは、特に強い政治的な主張を持っているわけではない。ただし、LGBTのアクティビズムに否定的というわけでもなく、むしろ賛意は持っている。
「5月に行われた東京レインボープライドのアフターパーティにも出演しました。ああいう運動はいいと思うし、これからもっと盛り上がると思います。僕も出来ることがあったら協力しますよ。うちのヘアサロンでも店頭にレインボーフラッグを掲げてますしね」
■それぞれの自己肯定のありかた
これまで特に積極的にアクティビズムに関わった経験はないものの、かといって毛嫌いするわけでもない。体を鍛えクラブで踊るというゲイ的な価値観のライフスタイルを楽しむNAOKIくん。セクシュアリティについての悩みなど全くないかに見える彼の素直な自己肯定はどこから来るのだろう。
「中学、高校まではゲイであるということについて、いろいろ考えて悩んだりすることもありましたね。すでに同性との経験はありましたが、それはやっちゃいけないことなんだと思ったり。18歳の時に、地元のハッテン場(ゲイ同士が性的な出会いを求める場所)で年上の人と知り合って、その人にゲイの世界についていろいろと教わりました」
「その人は、いってみればこの世界の師匠のような存在。この出会いでそれまでの悩みが完全にふっきれた。自分を受け入れてゲイライフを楽しめるようになったんです」
(c)Kaori Sasagawa
一般的には、ハッテン場での出会いというと印象の良いものではないだろう。しかし、そこでの出会いが孤立していた人をゲイ・コミュニティに結びつけ、その人を救うこともある。
一方、大学のゲイサークルで仲間とつながりアクティビストとして活動することで救われたという人もいる。どちらも救われたという点では等価なのだ。
ゴーゴーボーイとして活動することも、アクティビストとして活動することも、どちらもゲイとしての自己実現である。
マイノリティが生きて行く時、自分の居場所を見つけることはとても重要だ。ゴーゴーボーイのNAOKIくんにとってそれがゲイのクラブシーンだった。
「踊るのが好きだし、音楽が好きだし、好きだからやってるんです。これからもゲイのイベントを盛り上げていきます」
(取材・文 宇田川しい)
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