女性脱北ブローカー追った映画『マダム・ベー』 「人生の価値観に疑問を持つ契機に」と監督語る

中国の貧しい農村に嫁として売り飛ばされて脱北ブローカーとなった北朝鮮の女性密着した記録映画『マダム・ベー』が6月10日から公開される。ユン・ジェホ監督に聞いた。

映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』より

中国の貧しい農村に嫁として売り飛ばされて脱北ブローカーとなった北朝鮮の女性B(ベー)に密着したドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』が、6月10日から順次、全国公開される。北朝鮮に残してきた息子たちの将来を案じて脱北させようとしたり、ベー自身も韓国へ渡ろうとしたりする姿を捉えている。

モスクワ国際映画祭とチューリッヒ映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した今作品のメガホンを撮ったのは、フランスと韓国を拠点に活動する韓国出身のユン・ジェホ監督。ユン監督は来日した際にハフポスト日本版の取材に応じ「ベーを通して私たちが感じる人生の価値観に疑問を持つきっかけになればいいと思います」と述べた。

あらすじ:10年前、家族のため1年間だけの出稼ぎのはずが騙され中国の貧しい農村へ嫁として売り飛ばされた北朝鮮女性B(ベー)。憎むべき中国人の夫と義父母との生活を受け入れ、中国と北朝鮮の家族を養うため脱北ブローカーとなる。北朝鮮に残してきた息子たちの将来を案じた彼女は、息子たちを韓国へ脱北させ、自らも過酷な脱北の旅へと出る。命からがらたどり着いた韓国で、彼女を待ち受ける苦く辛い日々。生死を越えて彼女を追い詰める、母そして女としての葛藤。脱北者ベーの人生に、安らぎは、幸せは約束されているのか......。

インタビューに答えるユン・ジェホ監督=東京都渋谷区

ユン・ジェホ 1980年、韓国・釜山出身。フランス、ナンシーのエコール・デ・ボザールなどで美術、写真、映画を学ぶ。2011年短編『約束』が、アシアナ国際短編映画祭で大賞を受賞。最新作の短編劇映画『ヒッチハイカー』は、韓国政府の統一部の出資で作られ、『マダム・ベー』とともに2016年のカンヌ映画祭監督週間で上映された。

——ベーをどのような経緯で見つけ、撮影することになったのですか。

2011年ごろに『北朝鮮人を探して』というドキュメンタリーを中国で撮っていて、その後、劇映画の脚本を書くため脱北者と会い、ブローカーから芋づる式にたどり着いたのがブローカーのベーでした。ベーは最初はインタビュー相手を紹介してくれたのですが、彼女の家に行くと「私のことを映画にしてみない」と提案されたのです。

——ユン監督自身も魅力的に感じていたんですか。

2人の夫と2つの家族をもつ女性です。彼女の社会的地位は興味深いものでした。

また、ベーは私の母に似ているとも思いました。母は釜山の女性で激しく言葉を発します。怒っているわけではないんですが、強い口調で早口で、電話では自分の言いたいことだけ話して切っちゃうような人です。作品中、犬をめぐって夫婦喧嘩をするシーンがあるんですが、私の両親の夫婦喧嘩に似ていました。不思議な親近感を感じました。

——脱北者のベーは、中国の家族の中ではひっそりとした感じではなく存在感を示していて、予想外で印象的でした。

脱北者といっても内向きの人も外向きの人もいます。一般化はできないんです。暗いところで隠れて住んでいるというのは、メディアを通したイメージなのかもしれません。

——作品の後半で、ベーはソウルにたどり着いて幸せになるのかと思ったら、中国に残してきた夫のことを思い、複雑な感情を抱きます。また地味な制服に身を包んで清浄器の掃除をする姿に、中国でのたくましさや強引さは見受けられなくなりました。

分断が分断を呼び、別離が新たな別離を生みました。

ソウルでは、脱北者の夫の目の前で、毎日のように中国人の夫に電話をします。相当にあっけらかんとした、前衛的な人です。それを見て、私は切なさや悲しさに襲われました。ベーは最低限の幸福さえも得ることが難しいんですが、そこには社会の仕組みに悲劇さがあると感じてほしいです。また、映画を通じて人間というものはなんなのかと感じてもらえれば嬉しいです。

インタビューに答えるユン・ジェホ監督=東京都渋谷区

——撮影では、中国にいるべーら脱北者が韓国にたどり着く旅に同行しました。大変な点もあったと思います。

北朝鮮はこの映画をどう思っているかは分からないですが、韓国とは問題が起こりそうになりました。ベーと一緒にタイまで行って密入国しました。不法密入国で処罰を受けるので、韓国政府に助けを求め、手持ちの情報を全てバラしました。言えば助けてくれると思ったんですが、全く助けてくれませんでした。そういう政府だったんです。

仕方ないのでフランス政府に助けてもらい、その後、国外に追放されました。後に韓国政府から謝罪があり、和解しました。

——韓国政府はどうしてそんな対応をしたんでしょうか。

脱北した人と一緒に過ごしていることは韓国では好ましくないことです。これ以上、具体的には言えませんが。

——ベーはタイ警察の保護下に置かれ、その後、韓国で暮らし始めました。ソウルでの撮影は難しくはなかったのですか。

韓国で私は国家情報院に行って取り調べを受け、問題を全て解決してから撮影を始めています。タイで拘束されてから10カ月過ぎていました。

——中国での撮影は難しくはなかったのですか。

そんなことはないです。当局がベーの存在を知りませんので。片田舎で、住民同士が助け合っている場所でした。

——作品の中盤、ソウルの街を俯瞰で見せながら、子供が反共を訴えるスピーチをする場面があります。どういう意図なのですか。

韓国社会に存在するアイロニーを見せたいと思いました。韓国では、地下鉄など公共の場所の至る所にスパイ通報案内や反共のポスターが目に入ります。脱北した人たちは何気なく通り過ぎることができないものでしょう。脱北者の人生と私たちの人生はあまりに違い、そのアイロニーを苦々しく思いました。

——作品を撮り終えた後から現在まで、ベーはどんな暮らしをしているのですか。

ソウル郊外でバーを始め、1人で生きています。脱北した北朝鮮人と中国人の家族とも別に生きていて、お金が入れば送金しています。韓国のパスポートを手にしており、中国の家族の所に行ったりもしています。

——日本人へのメッセージを聞かせてください。

ベーは家族と離別し、自分の夢と幸せを探している女性です。共感できる部分を探しながら「ある人間の物語」として観ていただけるといいと思います。ベーを通して私たちが感じる人生の価値観に対して疑問を持つきっかけになればいいと思います。

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監督:ユン・ジェホ 2016年/韓国・フランス 配給:33 BLOCKS

6月10日、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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