日本国内における子どもの貧困率の2倍近い、沖縄県の子どもの貧困率。全国でもっとも高く、より深刻な状況となっている。沖縄県の貧困の連鎖の実態と、求められる対策について、NPO「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」沖縄代表の秋吉晴子氏に話を聞いた。(取材・文/松原麻依[清談社])
全国で一番低い平均所得 一方で生活コストは割高
2016年4月に公表された沖縄県の子どもの貧困率は29.9%(沖縄県(2016年4月)『沖縄県子どもの貧困実態調査結果概要』より)。これは全国平均、16.3%(内閣府(2015年6月)『平成27年版 子ども・若者白書』より)の約2倍の数値である。
貧困問題は決して単独で見ることはできず、その人の生まれた地域や家庭、教育環境など様々な要因が絡み合っている。
沖縄県では貧困率そのものも34.8%(戸室健作(2016年3月)『都道府県別の貧困率、ワーキングプア率、子どもの貧困率、捕捉率の検討』より)と高く、ワーキングプア率も25.9%(同)。全国の貧困率の平均は18.3%(同)、ワーキングプア率は9.7%(同)で、やはり沖縄県は全国で突出して高い割合を示していることが分かる。そして、県内に困窮した児童が多いのも、こうした環境の連鎖の結果だと考えられる。
「ここ最近の貧困報道で、私たちも自分たちの置かれている状況の厳しさに気づきはじめた」と、語るのは「しんぐるまざぁず・ふぉーらむ」沖縄代表として、13年以上シングルマザーの支援活動を続けてきた秋吉晴子氏だ。秋吉氏の出身は大阪府。1999年に沖縄に移り住み、自らもシングルマザーとして働き家族の生活を担ってきた。そうした中で、島で生活することの厳しさを実感したという。
「まず、沖縄の最低賃金は714円と全国で一番低く、この金額ではフルタイムで働いても生活保護以下の額にしかなりません。その一方で、車社会なので車の維持費にもお金がかかりますし、都市部の住居費も高い。所得の低さと生活コストが比例しているわけではないのです」(秋吉氏、以下同)
沖縄県の平均賃金は23万6300円(厚生労働省『平成28年 賃金構造基本統計調査』より)と全国で最も低いが、那覇市の住宅地の平均地価は福岡市と同じ水準で、家賃も決して安くない。また、都市ガスの普及率が低く、ほとんどの世帯がプロパンガスを導入しているため、公共料金も高くなりがちだ。加えて、生鮮食品をはじめとするさまざまなものは、県外から海を渡って卸されるので、本土の価格より高くなる品も多い。低い所得に見合わない生活コストだ。子どもの貧困問題は、こうした沖縄をとりまく現状の先にある。
貧困家庭に生まれた子どもは、経済的な理由から高等教育を受けるチャンスが減り、学歴はその後の収入に大きく影響する。生まれた時点でついてまわる格差は成人後もその子を貧困に陥れ、さらに次の世代の貧困へとつながっていく。そうした子どもの貧困の連鎖の構造は、ほかの地域でも見られることだが、沖縄県における貧困の連鎖はそれだけでは語れない部分があるという。
連鎖の出発点は沖縄戦 沖縄特有の貧困の構造とは
「沖縄が抱える貧困問題については沖縄戦の時代まで遡って考える必要があると思います。そこが連鎖の出発点ではないかと」(同)
県民の4分の1が死亡した沖縄戦は多くの戦争孤児を生んだが、それにもかかわらず、戦後は米軍の統治下となり児童福祉法の制定や必要な施設の建設などが本州よりも遅れて導入された。そうして最低限の福祉すら受けられずに育った子どもたちがそのまま大人になり、今に続く貧困の遠因になっていると指摘する専門家もいる。
「また、これだけ本州との距離も離れており歴史も違うことから、風土や人々の気質も当然ほかの都道府県とは異なります。本来なら教育にしろ、経済にしろ、その地域にあったシステムで運営されるのがベストですが、沖縄県は1972年の復帰後、すぐに中央の枠にはめられた。そうした歪みが沖縄を取り巻く困窮の原因の一つではないでしょうか」(同)
また、現在に至るまで続いている基地問題についても、秋吉氏は貧困問題の解決を阻むひとつの原因だと考える。
「米軍基地の存在は、沖縄でもっとも優先すべき問題のひとつとして扱われてきました。毎日のように基地問題が議論されていくなかで、人々が子どもや女性の暮らし、教育の問題に目を向けることはあまりなく、つい最近まで子どもの貧困が周知される機会がありませんでした」(同)
「何もかもが不利な状況で、沖縄では、なるべくして貧困が拡大していった」と、秋吉さんは語る。
対症療法では手に負えない 貧困問題は根本的な治療が必要
ますます貧困問題が深刻化する沖縄において、どのような対策が求められるのだろうか。自らもシングルマザーとして働きながら、10年以上支援の現場に立ち続けてきた秋吉氏は「子どもの貧困の解決には、"社会全体の底上げ"が必要」だと話す。
「たとえば、給食費や制服代など、子どもの学校にかかる費用の無償化を、所得にかかわらずすべての世帯に適用させるという手段もあります」(同)
中間所得層が減り、多くの人の生活水準が落ちている今、支援の対象外であってもそれなりに厳しい家庭が多い。より困窮している人のみに支援を投入することは批判を招く可能性がある。それは社会全体を不寛容にし、貧困の自己責任論が蔓延する原因にもなる。その点、すべての子どもを対象とした支援は、より多くの人の賛同を得やすいだろう。
「さらに、全体的な底上げという意味では『労働単価の引き上げ』が重要です。今の賃金で家賃・公共料金・医療費など必要最低限の支払いができて、それでも子どもを大学に行かせるまでの貯蓄が果たしてできるのか。そこから議論し対策を講じるべきだと思います」
秋吉氏の指摘する「子どもの教育の無償化」や「賃金の引き上げ」といった対策はすべて、貧困問題の根幹にかかわるものだ。沖縄県では、「子ども食堂」の設置やソーシャルワーカーの増員、児童館の設置など様々な問題解決策が提案されている。もちろんそうした対症療法的な支援も大切だが、それ以前に貧困問題には「根本的な治療が必要」だという。
「たとえば、頭が痛いからと言って頭痛薬を処方しただけでは症状は緩和されるかもしれませんが、頭痛の原因は取り除かれません。病気と同じで、貧困問題も本当に健康な体になるためにはどうしたらいいのか考える必要があります。対症療法と同時に、貧困を生じさせる原因となっている社会の仕組みや制度について、いま一度見直し、変えていくという、根本治療をする必要があると思います」(同)
「貧困問題の根本的な治療」は、沖縄県に限らず格差が拡大している日本全土に言えることだ。目に見えやすい対症療法的な支援は、支持も得やすいし資金も付きやすい。しかし、子どもの貧困問題は、もはやそれだけでは手に負えなくなっている。自治体や国が主体となって具体的施策を打ち出していくことが必要だろう。
(松原麻依:清談社)
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